第3話 タブー

「お帰りなさいませ、社長」

「うむ」


 会社に戻ると、澄玲すみれの丁重な出迎えを受けた。最近はおかえりすら言ってくれないことが多いのに、珍しい。

 俺はコートを渡しながら言った。


「なにかあった?」

「お客様が二名いらっしゃいました」

「へえ」


 数時間の話にしては多いな。誰も来ない日すらあるのに。


「それ、本当の客?」

「片方は」

「じゃあ客じゃない方から聞こう」


 ソファーに座った俺に、澄玲は名刺を差し出した。そこに書いてある会社名を見て、俺は顔を歪ませる。うちの業界では知らない者は居ない、『非合法』記憶移植業の最大手だ。しかもこいつ、役員じゃん。


「何の用だ?」


 独り言のような俺の呟きに、澄玲が答えた。


「記憶を消す方法についてお聞きしたいそうですよ」

「あれ、なんでそのことを知ってるんだ」

「さあ、存じ上げません。連絡が欲しいとおっしゃっていましたが」


 べつに大々的に宣伝してるわけじゃ無いんだがな。

 もしかしたら、暮葉から漏れたんだろうか。口止めしておけばよかったかもしれない。


「まあいいや、また来たら適当にあしらっておくよ」

「はい」

「客の方は?」

「こちらです」


 次に渡された名刺には、名前と連絡先以外、会社名も役職も何も書いていなかった。ちょっと不思議な名刺だ。


「特別な記憶が欲しくてうちに来たようです」

「うん」

「お金は多少高くなっても構わないそうで」

「ほう」

「ただし、絶対に内密にして欲しいとのことです」

「嫌な予感がしてきた」

「その方が欲しい記憶は……」


 澄玲は少し言いよどんだあと、一気に言った。


「人を殺した記憶です。可能なら、殺されたのはなるべく子供、それも女の子がいいそうです」


 俺は天を見上げた。たまーに来るんだ、こういうのが。


「だめだめ。うちではそういうのは取り扱ってませんって断っといてよ」

「承知しました」


 澄玲は軽く頭を下げた。


 半分黙認されている『非合法』な俺らの仕事だが、タブーというものがある。犯罪の記憶の移植と、あまりにも大量の記憶の移植だ。前者は証拠隠滅や、罪の意識を消すことによる再犯を防ぐため。後者は移植元の人体に悪影響を及ぼすためだ。


 名刺を返すと、澄玲は首を少し傾けながら言った。


「記憶をねつ造することはできないんですか」

「簡単に言ってくれるなあ。それができたら学者になってるよ、俺は」


 ノーベル賞ものだぞ、多分。


「まあ、近いことはできなくはないが……いや、殺人なんて無理だな、やっぱり」

「どういう記憶ならできるんですか」


 若干前のめりになって聞いてくるものだから、俺はきょとんとした。


「なに、澄玲さん、作って欲しい記憶でもあるの? 俺頑張っちゃうよ?」

「……いえ、特には」


 彼女は姿勢を正してそっぽを向いた。怪しい。


「まあいいか。暮葉くれはと話付けてきたから、スケジュール調整よろしく」

「かしこまりました」


 書類をまとめて渡すと、澄玲は非の打ちどころのないお辞儀をした。

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