14、骨ときどきオバケ、のちキノコ




「いい加減チキンばっかで飽きてきた」


 との小瑠璃の一言で、一行は骨と岩エリアにやってきていた。


 洞窟のあちこちをモンスターの骨が埋め尽くしている。

 コケだらけの植物エリアから魔族城(骨と岩エリア)に迷い込み、ベルフェゴールと酸の泉エリアに逃げたあと、あらためて入りなおした形となる。

 ちなみに、この前寝ていた上をベルフェゴールに座られた場所も同じ骨と岩エリアだが、そことは二日ほどの距離があった。


 いったいなぜ、わざわざこんなところにやってきたのか?

 もう一度、いや、何度でも言おう。


 チキンに飽きたからである、と。


「よく考えたら、もう何日も鶏肉しか食べてないんだよ……しかも味ついてないやつ……」


「僕もだよ!」


 ナヴィが言った。そりゃそうだ。


「もし内緒で他の物食べてたら……ひどいよ?」


「目が怖いよ、小瑠璃」


 失礼な。

 いや、まあそのくらい許してやろう。ちょっといいことがあったから、それに免じて。


 というのも、ちょっとだけだが〈無敵〉さんの性能が上がったのである。

 むなしみを抱えたレベリング作業による魔力の伸びは微々たるものだったが、元がゴミな分変化も大きかったようだ。一度の持続時間が10秒も伸び、頑張れば5、6回連続で発動することもできるようになった。


 強さ的にはまだまだでも、これで生存率は劇的に向上したはず……

 そう思い機嫌がよかった小瑠璃は、


「ねえナヴィ、聞いてもいい?」


 さっきからずっと、すぐ目の前で不思議な踊りを踊っている骨の集合体を見つつ、肩の上のナヴィに聞いた。


「なんだい小瑠璃?」


「今あそこで愉快な踊りを披露してる彼だけど、もしかして骨っぽい外見のクッキーでできてる可能性は……」


「ないよ!」


 だろうね。


 ネズミ、ニワトリ……そしてまだ見ぬ色々なモンスターの骨が組み合わさり、キメラのようになっている相手の姿は、かなりおどろおどろしい。不思議な踊りを踊ってさえいなければホラー映画に引っ張りだこだろう。

 そんな敵を見て、ナヴィは叫ぶ。


「こいつはキマエラ・マカブル! 死んだモンスターたちの残留思念が骨に乗り移ったアンデッド・モンスターで、なんと「不思議な踊りで生き物の魂とか生命力を吸い上げて、自分の力にしているのね」よくわかったね小瑠璃!」


「まさに今やられてるもんで」


 経験値の光によく似た何かが胸から出て、骨のモンスターに吸いこまれていっている。生命力の減少に加え、あとなんとなくステータスも下げられている気がした。普通に放置するとヤバいやつだ。


 しゃーない、殺るか。


 骨という時点でだいぶやる気が削がれていた小瑠璃は、しぶしぶ〈無敵〉を発動させ、踊りまくる骨のキメラに跳び蹴りをかました。

 どごん! とやばい音がして、四つあるニワトリの頭蓋骨のうち三つが吹き飛び、ばらばらになった骨が周囲に散らばる。


「あれ、意外と弱い?」


 それとも〈無敵〉さんが強化された恩恵? アレーナ産モンスターとは思えないあっさり感を不思議がっていると……


「ダメだ小瑠璃、君が蹴ったのは本体じゃない!」


 なんと、骨の残骸から黒いもやのようなものが出はじめたのではないか。


「ああ、なるほど……あの黒いもやが本体なのか」


 そうとわかればさっそく、無敵が持続しているうちに追撃をお見舞いしておく。


 一歩踏み込み、腰をひねり、パンチを打つ。

 躊躇も遠慮も一切なしの右ストレートが、黒いもやに吸いこまれるように命中……はしなかった。

 繰り出したパンチごと小瑠璃は相手をすり抜ける。


「おろ?」


 いつのまにか肩を離れて飛んでいたナヴィが、小瑠璃に向かって叫んだ。


「キマエラ・マカブルは完全な〈幽体〉なんだ! この世の攻撃は一切通用しない!」


「OK逃げるね」


 もっと早く言ってよ、と言っている時間はない。

 ちょうど〈無敵〉が解けたこともあって、くるっと背中を向ける。まったく割に合わない相手だったぜ、とナヴィを拾って呟き、走り出した小瑠璃を、なんと敵は追いかけてきた。


「げ、速いな」


 強化されたとはいえ、まだまだ敏捷の低い(アレーナ比)自分では、とてもじゃないが逃げ切れそうにない。


「安心して! あの状態のキマエラ・マカブルに攻撃能力はないから!」


「じゃあなんで追いかけてくるんだ……」


「たぶんだけど、小瑠璃に憑依して殺したあと、自分の体にするつもりなんじゃないかな!」


「あるじゃねーか攻撃能力」


 もっと早く言ってよ。


 あわてて〈無敵〉を発動させようとしたが、一歩遅かった。

 無防備な体に黒いもやがまとわりつく。だんだん力が抜けて、まぶたが重たくなっていく……


「小瑠璃! 気を強く持って! 憑依を跳ねのけるんだ!」


 そんなナヴィの声を聞きつつ、


(今日こそ晩ご飯はトンカツだ……)


 そう決めたのを最後に、小瑠璃の意識は途絶えた。



 ○



「ガアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!」


 ローランドソクシニワトリが一匹……


「ガアアアアアアアアアアアアァァァァオオゥッッ!!」


 ローランドソクシニワトリが二匹……


「ガアアアアアアアアアアアアァァァァニンンガガッッ!!」 


 ローランドソクシニワトリが、三匹……


 お花畑に座らされている小瑠璃の周りを、咆哮というか奇声を上げながらグルグル回っている。


「君たちさっき飛び蹴りで砕かれた恨みかね」


 どうやらここは精神世界――いわば小瑠璃の脳内のようだ。あの黒いもやが小瑠璃を乗っ取ろうと、ここまで入り込んできたのだった。


「それにしても、自分の脳内がお花畑って、なかなかクるものがあるな……」


 呟きつつ現状確認。

 骨で後ろ手に拘束された上、正座させられている。


「〈無敵〉……は、発動しないか」


 あれか、メンタルオンリーな世界だからか。

 うーんどうしようか、と頬をかこうとして、縛られているのでできなかった。


 目の前では、あの黒いもやがモゾモゾ動いている。


(何してるんだろ……)


 と見ていると、


「ぐ、るるるるる……!」


 聞き覚えのあるうなり声に、小瑠璃の体がびくっと震える。

 そう、黒いもやはいつのまにか、巨大な黒い犬の形を取っていた。


 ギラリと剥き出しになった牙。


 地獄の火のように赤い目。


 ヘルハウンド。


「なるほど、そうやって憑り殺すのね」


 わざわざヘルハウンドの形に変わったのはそれが小瑠璃の一番のトラウマだからだろう。

 獲物の恐怖心を煽り、精神的に屈服させる。なかなかいい趣味してらっしゃるなと無表情で思う。


「でもね……」


 言いかけたとき、ヘルハウンドが牙を剥いた。

 大口を開け、肩に噛みつく。とたんに、現実と変わらないものすごい痛みが走った。


 口から出かかった悲鳴を、歯を食いしばって耐える。

 ちらりと見てみれば、左肩がなくなっていた。


「だからどうした」


 今度はファイアボルトの連続攻撃を受けて花畑ごと焼き払われた。

 骨の拘束は解け、巻きこまれた奇声ニワトリ三人衆と一緒に、小瑠璃は黒こげの骨になる。


 その骨が、尻尾の一撃で無慈悲に砕かれる。

 しかし、小瑠璃は死んでいなかった。


 現実世界ではないここでは、どうやら肉体的に死ぬことはないらしい。

 だがここが現実でないとわかっていても、獲物は痛みと恐怖によって消耗し、やがて消滅するか、取り込まれる……と、そういう寸法だと見た。


「本気で性質悪いな、君……」


 砕けた骨から再生した小瑠璃がよろよろと立ち上がりながら言う。

 これは気合い入れてないと本当に殺られそうだ。もっと言うと、そんな究極的メンタルブレイク状態で死んでまともに転生できるのかあやしい。それ関連の知識はまったくないが、精神攻撃で魂がおしゃかになる可能性はなきにしもあらずだ。


「二重の意味で負けられない戦いが今、はじまった」


 もう始まってるぞ。そう言わんばかりに、ヘルハウンド(仮)は新たな攻撃を繰り出す。

 といっても、さっきのような直接攻撃ではない。

 周囲の景色が変わる。黒こげのお花畑から、見覚えのある廃墟へと。

 黒こげの骸骨が転がった、魔族城の町中に小瑠璃はいた。


 今度は何する気かと見ていると、転がった人骨が次々と浮き上がり、周りを取り囲む。そして、


〝お前も、すグにこうなる……〟


「おお、しゃべった」


 なるほど、自分がどうなるか客観視させることで恐怖を与える、と。外堀からじわじわ埋めていこうというわけか。

 骸骨たちは口々に言う。


〝熱い……熱いィィぃ……!〟


〝我ラは、苦しんで、苦シんで、苦しみヌいて、死ンだ……〟


〝お前モ、そう、なルのだ……〟


 次の瞬間、小瑠璃の体が燃え上がった。

 ひゅっと息をのんだ拍子に、火が喉を焼く。その痛みも気にならないくらい、全身がひどいことになっていた。


「――――――っ! ――――――――――っっ!!」


 自分が叫んでいるのかどうかもわからない。どうでもいい。

 それどころじゃなかったし、それどころじゃないなんてことさえ、考えられもしない。


 どうすれば楽になれるのか。そんなことしか考えられないくらいの、苦痛。それが骨になるまで続く。

 再生してからもしばらく、小瑠璃は動けないでいた。


(……まさ、か、踊る骨に、こんな目にあわされるとは……)


 ヘルハウンドはともかく、ベルデゴーレムなんかよりずっと凶悪に感じるのは、たぶん〈無敵〉が封じられているせいだろう。

 今まで〈無敵〉さんがいたから、即死や悶死確定の極悪攻撃を前にしても余裕ぶっこいていられたのだ。それがなくなればどうなるかは自明の理。火を見るより明らかというやつである。


「さすが〈無敵〉さん……いないときでも存在感パないな……」


 そんなことを言っているあいだに、精神攻めは次なる段階へと進んでいた。

 いつのまにか目の前に立っていたのは、魔族の少女ベルフェゴール。


「ベル子ちゃん……」


 ボロ雑巾みたく転がりながらつぶやく。

 このただっぴろい迷宮で、ナヴィ以外では唯一会話ができる、自分と同年代の少女。

 たぶん敵なんだけれど、からかうと超楽しい、そんな女の子。


「い、いや……来ないで……!」


 そんな彼女が、ふたたび現れたヘルハウンドを見て恐怖の表情を浮かべる。

 ヘルハウンドはなんのためらいもなく、彼女に火を吐いた。


「あ、ぁああああああああああっっ!!」


 目の前で火だるまになるベルフェゴールを見て、小瑠璃は幻とわかっていても目を見開く。

 ベルフェゴールは絞り出すような悲鳴を上げた。


「助けてっ! お願い、熱いのっ! 助けてぇっ!!」 


「…………!」


 必死に伸ばされた手が小瑠璃の肩をつかむ。当然火が燃え移り、小瑠璃はさっきと同じ火だるまになった。


「…………」


 でも、今度は何故か、我慢できる。……それどころか、たいしたことないとさえ思えてくるのだから不思議だ。

 炎に包まれながら、小瑠璃はぼそりと言った。


「それは悪手だな、くそ幽霊」


「ぐるぅ……!?」


 顔色ひとつ変えない小瑠璃を見て、ヘルハウンドが初めてたじろぐ様子を見せる。

 所詮それが偽物の限界だった。


「あー、うん。確かに、君は面倒な相手よ」


 過去形なのは、もうなんだか負ける気がしないから。


「でもね……」


 と、最初言いかけていたことを言う。


「謙虚さの塊みたいな私だけど、実は〈厚顔無恥〉なんてスキルを持ってるのだよ」


 たしか、精神攻撃を防ぐ高位スキルだ。このスキルを前にして、精神攻撃など無駄無駄無駄、である。


 ……殺られかけてたけど。


「けど、君をぶっ倒す方法はもうわかった」


 ようするにあれだ。気合いだ。気合いで負けていてはお話にならないのだ。

 でも、もう一度言おう。――なんか今は負ける気がしない。


「〈無敵〉」


 呟けば、さっきは出なかった虹色のオーラが体を包む。

 これはもう、勝ったな。おそらく幻聴だろうが、なんかいい感じの逆転BGMが聞こえてくる。

「ぐ、るる……!」とあとずさる偽物に、


「ほらほらおいで。何体分の残留思念か知らないけど、みんなまとめて経験値にしてやんよ」


 一瞬、相手は怯えたように体をゆらした。

 それを認めたくないかのように、ひときわ大きく吠えた偽物が、勢いよく飛びかかってくる。


 その鼻っ面へ、小瑠璃は思いっきり〈無敵〉込みのグーパンをかました。



 ○



「おはよナヴィ。突然だけど今日の晩ご飯はとんかつに決まったわ」


「とんかつかあ! おいしいよね、あれ!」


「その反応は流石に予想外」


 ブタ神様もそうだけど、お前らは自分がブタだという自覚がないのか。

 いや、もしかしたら羽の有無とかで区別してるのかもしれない。人間と猿も、他から見れば同じに見えるのかもしれないし……


 まあそんなことはどうでもいいか。


「どのくらい寝てた?」


「ほんの二、三分さ! キマエラ・マカブルはきちんと倒したかい?」


「うん。経験値ついでに成仏させてきた」


 流石だね! と歯を光らせるナヴィにチョップをかます。かきーん、と小さな星が散って攻撃が軽減される。〈加護〉が発動したときのエフェクトだと最近気がついた。クソが。


 死んだ目で舌打ちしつつ、


「死にかけたし痛かったし怖かったんですけど。なぐさめろ」


「おつかれ!」


「軽い。あと、私の命にかかわる情報は最初に言ってよ」


「大丈夫さ、僕は小瑠璃を信じてるからね!」


 かきーん、とまた星が散った。ド畜生。


「まあ結果オーライだよ! 肉を切らせて骨を断つってやつさ!」


 いっぺん本気で食糧にしてやりてえ…… 

 小瑠璃はそう思いながら、かまわず喋るナヴィを壁にこすりつけつつ、変なダンスに見とれて止まっていた食糧探索を再開した。

 とりあえず、踊る骨には二度と近づかないことに決める。トラウマその二である。


「肉は肉でも喉笛切られるとこだったんだけどなー」


 骨、骨、骨……それがいつまた踊り出すかと全力ダッシュの準備を整えつつ、骨と岩の洞窟を進んでいく。

 コケに駆逐された植物エリアと違って、キノコは普通に生えているようだ。初めの頃に拾ったはいいものの使い道がなく今も魔法少女衣装のポケットに入っている惚れキノコ。それと同じ種類のキノコがちょくちょく生えては道を照らしている。


 と、はたと閃くものがあった。


「……あー、なるほど。肉を切らせて骨を断つ、か」


 首をかしげるナヴィに、


「うん、その作戦もらった」


「よくわからないけど、お役に立ててよかったよ!」


 なんだかんだで許されたナヴィを連れて歩いていると、キノコの中に、初めて見るキノコがあった。


 オレンジに白の水玉模様という、ここアビスにまともな物体があるのかというツッコミはさておき、あきらかにヤバげなキノコである。

 しかもデカい。背丈は八十センチ近くあるだろうか。


「あのキノコは……マンドラゴラ!」


「秘薬作れそう」


 くわしくはないけど、マンドラゴラって歩く植物とかそんなんじゃないのか。キノコなのか。と、兄がゲームしている隣で身につけた程度のファンタジー知識しかない小瑠璃は思った。


 が、


「非常に美味だよ!」


「採取します」


 おいしくいただけるならなんでもいいや。

 キノコをひっつかみ、ずぼっと引っこぬく。すると、冬虫夏草よろしく人型の何かがひっついていた。


「む」


「ふェ?」


 どうやら女の子っぽい。意外とかわいい。ナヴィが言った。


「気をつけて! そいつ動くよ! あと叫ぶよ! 叫び声を聞き続けたら死んでしまうよ!」


「そっか。じゃあいただきます」


「きゃアあああああああアああああああぁぁぁぁ許シてぇぇぇ殺さなイでぇぇぇぇっっっ!!」


「叫ぶってかしゃべってるなこの娘」


 だが、生憎と即死攻撃はあんまり効かない。さくっと黙らせたあと、マンドラゴラちゃんはおいしくいただかれる運びとなった。


 このあとステータスを確かめてみると、〈ド根性〉さんのレベルが1上がっていた。



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