12、小休止とお話

 



「前回……


 突如として怪物ヘルハウンドに襲われた私は、あわや死にかけたところをベル子ちゃんとナヴィに助けられ、命からがら逃げ出すことに成功した。


 ……だがしかし。安心したのも束の間、ベル子ちゃんは卑劣にも弱りきった私の油断に漬け込み、拘束することに成功する。

 いったい何を? そう聞く私に彼女は言った――私をここに送りこんだ神について話がある、と。


 緊迫する空気。鳴り出す腹の虫。何か食べたいな。はたして、その話とは? 


 ――今、衝撃の真実があきらかになる!!」


「話しづらいわ!」


 放たれた超高速のツッコミに対応しきれず、小瑠璃はふっ飛ばされて酸の泉に沈んだ――




   ○




「私が魔族だって話は初対面のときしたわよね?」


「話ってか、うん、怒鳴ってたけど」


 気を取り直し、酸の泉エリア。

 小瑠璃はこんがり焼けたチキンを食べるかたわら、なぜかいるブラッディオイルめがけてナヴィを投げ込みながら言った。

 ベルフェゴールは「うっ」と言葉を詰まらせて、


「それは、その、二ヶ月ぶりに人を見てテンション上がったというか……う、う、嬉しかったというか……」


 ごにょごにょと何か言ったあと、急に大声を出した。


「って、そっちはどうでもいい!」


 うるさい。

 小瑠璃は反射的に舌打ちしつつ、赤黒い粘液の中でもがくナヴィを見る。なんか死にかけていた。


「よっしゃ」


「よっしゃって言っちゃった!」


 思わず敵にツッコまれるほど、それはそれは美しいガッツポーズだったという。哀れナヴィは見捨てられ、猛毒ボディに完全にのみ込まれた。


「こ、小瑠璃……助け……〈加護〉じゃ〈猛毒〉は防げな……がくっ」


 ……返事はない。ただの半分溶けた毒殺死体のようだ。よっしゃ。


「逝ったか。ほれデロデロさん、君の働きを称えてチキンを進呈しよう」


 さりげない感謝の気持ちをこめて、チキンのかけらを投げる。


「ごぼごぼごぼっ! ごぼぼっ!!」


 返事なのかなんなのか、ぶくぶくと泡立つブラッディオイルをベルフェゴールは苦い顔で見ていた。


「あなたのそのクソ度胸と悪知恵はどこから来るの……」


 まるで爆発する汚物を見るような(まるでじゃないけど)侮蔑と忌避感の合わさった視線。それと同じ視線が小瑠璃にも向けられる。ちょっと心外である。


「度胸、根性、悪だくみこそ女の三種の神器なのよ」


 小瑠璃はしれっとそう言って、


「で、話それてるけど魔族がどうかしたの?」


「私がそらしたみたいな言い方やめてよ。……よく考えれば、初対面の名乗りは嘘じゃないけど、ちょっと誤解を与えるかもしれないと思ったの」


 そう言われ、ハテナマークが浮かんだ。


「どゆこと?」


 そうね……と、ベルフェゴールは口元に指をあてる。

 一方小瑠璃はなんかエロいなその仕草、と脱線しながら話の続きを待っていた。


「あなたは、魔族って聞いてどんなイメージを思い浮かべる?」


「んー、神様の敵、みたいな? 私は何か知らんけど、実際例のブツをめぐってブタ神様と対立してるんでしょ?」


「……まあ、そうね。他には?」


「あとは、なんとなく強キャラ揃いなイメージかな。この迷宮のてっぺん近くで魔王城でもかまえてると思ってた」


 思ってた。

 過去形で言った言葉にベルフェゴールがぴくりと反応する。


「でも、ちがうみたいだね。ベル子ちゃんってあのお城に住んでたの?」


 かすかに頷いて、ベルフェゴールは言った。


「昔は、もっと上層に進出してたこともあったらしいけどね。今は見ての通り。……もうわかったでしょ? 私たち魔族はね、別にアレーナを支配している最強の種族とかではないの」


 なるほど、とうなずく。

 確かにベル子ちゃんは強いけれど、あの犬と比べればだいぶ見劣りしてしまうだろう。それくらい、あれは圧倒的に強い。


 と思ったものの、ベルフェゴールが言いたいのは別のことのようだった。

 一呼吸置いて、それが告げられる。


「私たちは……大昔、あなたと同じように、神に転生させられてアレーナに来たご先祖様の末裔なのよ」


 ……


 …………


 ………………


 あー、うん、なるほど。


「今明かされる衝撃の真実に驚きを隠せないでいる」


「そう思うなら! せめてその手に持った肉を置きなさいよ!」


「僕、復活っ! ブラッディオイルに投げ込むなんて、ひどいや小瑠璃!」


「はいはい置けばいいんでしょ置けば」


 地面に置くのはちょっと抵抗があったので、ブラッディオイルに進呈することにする。ついでにドレスの胸元から顔を出したナヴィをひっつかみ、一瞬だけ巨乳になった虚しさとともにぶん投げた。


「なら私たちは同志?」


 ブラッディオイルに呑み込まれていくナヴィを見物しながら言う。

 もうちょっとおどろいてよ、という感じの釈然としない表情をしていたベルフェゴールは、そう言われると首を横に振った。


「そう単純な話でもないわ。ご先祖様をここに送りこんだ神と、あなたの言うブタ神はまた別の勢力なのよ……ま、どいつもこいつもクズ野郎なのは間違いないけど」


 助けを求めてあがくナヴィをじろっとにらみつける。


「私の中では割と好感度高いよ? ナヴィもブタ神様も」


 クズなのは否定しないけど。

 人の話聞かないし、空気読まないし、大事なこと言わないし。現在進行形で殺しててもまったく罪悪感がわかないのが、いっそ清々しい。


「あなたが最初に言っていた、神に敵対しているイメージはまさにその通りよ。私たち魔族は、私たちをこんな場所に送った神を憎んでる。いえ、あらゆる神とその手先を嫌悪していると言ってもいいわ。そこで今死にかけてるブタのこともね――」


「……ベルフェゴールはそう言うと、どこか遠い目になり、訥々と語りはじめるのだった……彼女たちが神を憎むこととなった……悲しきその顛末を……」


「だから話しにくい!」


〈ショックウェーブ〉! と怒鳴るついでにぶっ放された空間魔法がナヴィに命中し、一気にブラッディオイルの中へ押し込む。一部の隙もない八つ当たりだった。


「もががっ!?」という声がナヴィの最期の言葉となり、むごいことを、と思いつつ小瑠璃は拍手を送る。

 ベルフェゴールはため息をついて小瑠璃に向き直った。


「第二の人生を幸せに過ごしたくはないか? ……そう唆されて、私たちのご先祖はアレーナにやってきた。ここがどんな場所か、聞かされることもなく」


「ひどい神様だね」


 うちの神様はちゃんと教えてくれたよ? 

 出発五秒前くらいだけど。


「それでも、強い人たちがいる世代はよかったの。最初はご先祖様たちも、神の命令を守ってアレーナを攻略していたわ」


(彼女の言っていることは本当だよ。第3層までの情報が多少なりと明らかになっているのは、魔族一派のような先人のはたらきによるところが大きいんだ!)


(うわ、復活した)


 ふたたび胸元からはい出てくるナヴィ。

 それを、今度はベルフェゴールがひっつかんだ。


「でも!」と怒鳴りつつ、ナヴィを思いっきり振りかぶる。


「今、私たち魔族はこんな迷宮のはしに追いやられて、滅びかけてる。こいつらがわけのわからないものを巡って争ってる駒にされて、ねっ!」


 ぶん投げられたナヴィが酸の泉に着弾し、青い水を辺りに跳ね散らした。ちょっとだけ回復した〈無敵〉を発動させる小瑠璃の隣で、ぽたぽたとベルフェゴールに飛沫がかかっていく。

 じゅうじゅうと煙が立っているのも気にせず、ベルフェゴールは言った。


「そいつの正体はもうわかったでしょう? あなたは私と来るべきなのよ」


 そのセリフを聞きながら、無敵になったついでに泉のナヴィを回収。尻尾をつまみ、ぶらぶらとブタをゆらしつつ首をかしげた。


「それはかまわんけど、その場合こやつはどうなるの?」


「言わなくてもわかるでしょう? その畜生とはここでお別れよ」


 まあそうなるよね。


 たしかに、ご先祖が悪質な詐欺に引っかけられ、そのせいで自分たちが滅びかけているとなれば、この怒りようもおかしいことではない。むしろ当たり前だ。

 とはいえ……


 ちがう勢力っていうなら、別にナヴィは悪くないんだけど。

 そう思いはしたものの、何故だろう、全然弁護する気にならない小瑠璃である。 


「さあ、さっさとそいつを捨てなさいっ」


 さてどうするかとナヴィを見る。

 ナヴィも小瑠璃を見上げて、わかってますよと言わんばかりにうなずいた。


「小瑠璃……あくまで僕はナビゲーターだ。一番大事なのは君の意志だって、ちゃんとわかっ「別に聞いてないけど」ひどいや!」


 だって聞く必要なんかないし。

 何も聞かなくても、答えは最初から決まっているのだから。


「そうだね、ナヴィは私のナビゲーターだ」


 ナヴィを肩に乗せる。それで言いたいことは伝わったようだった。ベルフェゴールは「……どうして?」と眉をしかめた。


「二日前に私から逃げたとき、そいつはあなたの〈無敵〉でダメージを受けてた! 〈無敵〉っていうのはそういう魔法なの! それは、あなたが心の底ではそいつを味方だと思ってない証拠なのよっ!」


 え、〈無敵〉さんにはまだそんな秘密があったのか。


「なるほど」


 くわしいな、と思いつつ、小瑠璃はいったん肩に乗せたナヴィへと手を伸ばす。


「わかってくれた?」


 ぱあっと表情を明るくするベルフェゴールにうなずきながら、ナヴィの顔面をぎゅっとつかむ。

 うごぉっ、とせつない声がして、流石のベルフェゴールも「へっ?」と目をまるくした。


「そのまま流れるように〈無敵〉!」


「えええっ!?」


 今できる全力の〈無敵〉だった。アイアンクローを食らっていたナヴィは当然、それに巻き込まれることになる。


 だが。


「……ダメージを、受けてない……?」


「いや小瑠璃のアイアンクローが〈加護〉をすり抜けててすごく痛ぃぐはぁっ」


 ナヴィにダメージがいかないようにしよう、なんて考えて発動しているわけではもちろんない。そんな器用なことできないし。

 ……今まで考えもしなかったが、〈無敵〉のたびに服がはじけ飛ばなかったのは、実は奇跡だったのかもしれない。


 とにかく自分はいつのまにかナヴィを仲間認定していたのだと、実験結果は非情にも告げていた。

 いまいち実感がないが、人間関係なんてそんなものなのだろう。ここでの体験がめちゃくちゃ濃いせいもあるかもしれない。


「ベル子ちゃん、見ての通り」


〈無敵〉を解除して、何故か痙攣しているナヴィを肩に戻す。何故かぼとりと地面に落ちた。なんでだろう。


 ベルフェゴールを見ると、鋭い目でこちらを見すえていた。


「……残念ね」


 言いながら右手を小瑠璃に向ける。すさまじい魔力がそこで渦巻いている。

〈スロース〉が来ると、まあ何度も見ているので察せられた。


「でも、言ったでしょう? 力ずくでも来てもらうわ」


 今までのどこかゆるい雰囲気は影も形もなく、傲然とした声が、洞窟に反響する。

 小瑠璃も一気に表情をひきしめ、〈スロース〉が放たれる前に〈無敵〉を発動……はしなかった。

 不本意な青色ツインテールをゆらして、首をかしげる。


「ベル子ちゃんはさ、私を殺す気ないんでしょ?」


 ぴくりとベルフェゴールの眉が上がる。

 どういう意味? そう聞いてくる視線に、続けて言う。


「〈無敵〉のある私を捕まえておけるの?」


 …………あ、と小さな声がベルフェゴールの口から漏れた。


 そう。

 現状、ベルフェゴールは小瑠璃よりも強い。それは確かだ。初対面のときはなんか勝てそうだったが、殺そうと思えば普通に殺されるだろう。

 だが、〈無敵〉が発動しているあいだだけは、ベルフェゴールは小瑠璃に手を出せない。

 つまり、捕まっても、とどめさえ食らわなければ何度でも〈無敵〉を使って逃亡を図ることができるのだ。


 ベルフェゴールは、それに今、気づいた!


「……あー、その、うん。そこは、が、がんばるっていうか。その……えっと……」


 一瞬で顔を真っ赤にするベルフェゴール。しかも涙目。まさに恥ずか死ぬ五秒前といった感じだった。

 小瑠璃はそんなベルフェゴールを無表情で見つめながら、


(前から思ってたけど……この子からかうの超楽しいな)


 などと思っていた。




 ――――――




「……わかったわよ。あなたのこと、あきらめるわ」


 しばらくのあいだ、小瑠璃を前にしてしどろもどろに言い訳していたベルフェゴールだったが、説得も実力行使も望み薄だとわかったのか、肩を落としてそう言った。


 ちょっと後ろ髪を引かれつつ、くるりと背中を向ける。その背中に、小瑠璃はふと違和感のようなものを覚えた。


「じゃあね。運がよければ、また会いましょう」


 と手を振るベルフェゴールは、悲しげで、それでいて何かを決意したような……

 いったい、なんなのだろう?


「ベル子ちゃん」


 思わず呼び止めると、不満そうな視線が返ってくる。


「なによ。私はもうあなたに用がないんだけど?」


「ごめんごめん。最後に一個だけ聞いていい?」


 ベルフェゴールは無言で先を促した。

 小瑠璃は、黒焦げになった人骨、廃墟、そしてヘルハウンドのことを思い出しながら、聞いた。


「これから、どうするつもり?」


 ベルフェゴールの肩が微妙に跳ねて、確信する。

 やっぱり。ベル子ちゃんはヘルハウンドに……


「……そんなこと、あなたには関係ないでしょ。別に、仲間でもなんでもないんだから」


 戦いを挑むつもりなのだろう。

 しかし、素直に話す気はなさそうだった。


「それもそっか。じゃあねベル子ちゃん、お達者で」


 仕方ないので、あきらめてお別れすることにする。


「ふんっ。だから、ベルフェゴールよ」


 そう言うと、ベルフェゴールはまるで最後には仲間になるクール系ライバルキャラのように、暗闇へと消えていくのだった……


「いやクール系ではないけどね」



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