9、死にかけた一日1
前回のあらすじ:ブラッディオイル・爆☆発
「彼? 彼女? には悪いことをしてしまった」
「チキンもまとめて炭になってしまったしね……でも大丈夫! ブラッディオイルは高レベルの〈超再生〉を持つほぼ不死身のモンスターだよ! すぐ復活するさ!」
「なるほど」
ほぼ不死身の猛毒生物(爆発物)ってそれ最高に性質悪いな、と思いつつ、小瑠璃は酸の泉エリアの一部を吹っ飛ばした大爆発の負い目から口には出さなかった。
「にしてもナヴィ、毎回思うけどよく生きてたね」
首を傾げつつ聞く。自分には〈無敵〉があるけれど……
こんな低魔力でも圧倒的な防御力を誇る彼には、やはり脱帽である。反応さえ間に合えばどんな攻撃が来ても死ぬ気がしないのは流石チートと言うべきか。手に入れたのチート関係ないけど。ルーレットだけど。
そんなことを思っていると、ナヴィはちょっと自慢げに「ふふ」と笑った。
「僕はこの世界に来るにあたって〈EX加護〉を与えられているからね! 超高確率でダメージ99.99%カットさ!」
「なんでだろ、君が私よりいいチートをもらっていることに、おどろくほど驚いてない私がいる」
マジかー、と、そこはかとなくやる気を削がれつつ、そんなもの最初からなかったので実は問題なかったりする小瑠璃は、依然として東を目指し、酸の泉エリアを歩いていた。
落ちる水滴に、くぼみに溜まっている青い酸の水、さらには洞窟を薄く照らしているキノコの数々……
これ、親の顔より見たんじゃない? と濃い体験のせいで錯覚しつつある景色を、さりげなく警戒し、見回しながら腹をさする。
「食いっぱぐれたのと〈無敵〉を連発したせいで、限界が近いかも。そろそろ他のエリア……できれば植物エリアに着いてくれるとうれしいな」
そうすれば木の実くらいあるだろと思って言うと、
「まだ全然余裕そうだよ?」
肩に乗ったナヴィが、微妙に腹の立つ顔で聞いてくる。
「それは私の表情筋が死んでるせいだ。苦痛が表に出ないこの顔面のせいで、体育の持久走とかではよくしごかれていたのよ」
「そうだったのかい。ごめんよ、小瑠璃。これからはちゃんと君の体調も考慮するよ!」
「わかってくれればいいの」
こうしてお互いの理解がさくっと深まり……
さて、じゃあちょっと休憩するかと小瑠璃が言おうとしたところで、きらりとブタ畜生の歯が光った。
「よし、じゃああと50キロ歩いたら休憩にしようかっ!!」
小瑠璃は無言でナヴィを肩から降ろし、蹴り飛ばした。
―――――――
――――
――
―
結局、ナヴィをドリブルしつつなんなく50キロを踏破してしまった小瑠璃は、「悔しい……でも着いちゃった」などと真顔で言いながら、今、おそらく植物エリアの入口と思しき場所に立っていた。
「なるほど。私の体調を考慮した結果、いけると判断したわけね」
腹は立つものの、少しはナビゲーターらしいところあるじゃないか、と見直しているとナヴィは、
「ううん、偶然だよ?」
「君のそういうとこ、私は好きだよ」
ただそのうち刺されるかもしれんよ? ロースとヒレとバラとその他に分けられて、油であげられるかもしれんよ?
……無視されたので会話を切り上げ、植物エリアに向き直る。
といっても、めぼしい植物はあまりなかった。というかコケしかない。見える景色はそのまんま、酸の泉エリアにびっしりとコケを生やしたような感じだ。
詐欺じゃん、とそれを見た小瑠璃は一人思った。いや確かに、いろんな植物が生えているとは一言も言われなかったけども。
「木の実はなさそうね」
壁に生えたコケを無表情でむしりとる。
むしった壁がぞぞぞぞっと元通りになり、手に持ったコケが爪のあいだから体内に侵入しようと動いているのを見つめつつ、ナヴィに聞く。
「食べれる?」
「胃壁が緑色になったあげく栄養吸われて衰弱死していいなら食べられるよ!」
小瑠璃はむしったコケをさっさと捨てた。
「餓死の三歩手前くらいになったら焼いて食べよう」
酸の泉の中にまで生えているところを見ると、胃酸程度では対抗できなさそうであるが、火で炙ればいけるだろう。たぶん。
「でも、〈超再生〉を持っているようだから、少しでも生きてる部分があったら即緑色だよ?」
「そのスキルなんとなく割とレアなイメージだったんだけど、皆持ってるね」
デフォなの? と聞くと、アレーナだけだよ! と返されたのでマジパネェと返事をした小瑠璃は、とにかく食べるものを探して探索を開始した。
とはいうものの、見事にラインナップが変わり映えしない。三十分ほど歩いた戦果は以下の通りである。
・マロククネズミの群れ(気づかれる前に逃亡)
・ローランドソクシニワトリ×2(命からがら逃走)
・酸の泉在住、サカナ(硬すぎて食えない)
うん、変化なし……と言いたいところだが。
(ううん、一部変化もしてるのかしら)
一度気がついてしまえば一目瞭然なのだが、酸の泉エリアに生えまくっていた惚れキノコの群れが、ここにはほとんどない。
かわりと言うべきか、酸の泉の光がより目立ち、植物エリアは薄青い光で満ちている。
その光を栄養にして、エリア全体にびっしり生えているのがコケだ。
このエリアは、どこまで行ってもコケばかり。何か植物由来の食べ物でもあるかと思ったのだが、とんだ期待外れ。
ったく、こけにしやがってよ。
…………コケだけに。
と今一歩のところで言いそうになった激寒ギャグを小瑠璃はなんとか呑みこみながら、通路をふさいでいる大岩を上った。
岩肌を覆っているコケを見つめて、
(他の植物が少ないのは、たぶん、このコケのせい)
じゅくっと、岩をつかんだ拍子にコケから水分が出る。
高い再生能力に、さっきの意志を持ってそうな動き……
ごごご……
「ん?」
ごごごごごご……!
「小瑠璃、震えてるのかい?」
「いや、これ足場がゆれてる」
ごごごごごごごごごっっ!
というヤバげな音とともに、なんと、小瑠璃が上っていた岩が勢いよく立ち上がった。
投げ出された小瑠璃は、空中でナヴィをキャッチしつつ猫のように体勢を整え、コケだらけの地面に着地。さっきまで自分がいた場所を見る――
全高5メートルはあるだろう、びっしりとコケに覆われた岩の巨人がそこに立っていた。
「強そう」
というか、間違いなく強いと勘が言っている。背中、ぞくぞく言ってるし。
さらに不安を煽ることには、対峙しつつナヴィに情報を要請しようとすると、めずらしく真面目な声が聞く前からやってきた。
「こいつはベルデゴーレム。ステータスは、わからない」
わからない?
そんなことあるのだろうかと思ったが、今は詮索している場合ではなさそうだ。
「小瑠璃、こいつとは戦うだけ無駄だ。今の君じゃ手も足も出ないだろうし、早く逃げた方がいい」
「わかった」
ナヴィのどこか焦った声を聞きながら、そう言ったときすでに、小瑠璃はきびすを返してダッシュしていた。
ここに来て早四日、生きとし生けるものに対する判断基準が食べられるかどうかになりつつある自分にとって、岩とコケの怪物は百害あって一利もない。いくら食う物に文句を言えない環境とはいえ、流石に人間は無機物を消化できないのだ。付け合わせは食ったらヤバイやつだし。
しかも、相手は明らかな強敵と来ている。
そういうわけで一目散に逃げ出した小瑠璃を、ベルデゴーレムは当然、黙って見逃がしはしなかった。
相手の外見は純粋な人型、ではなく、複数の岩の塊が不格好に繋がって生み出された、準人型とでも言うべきアンバランスなもの。
頭はなく、胴体が顔といわんばかりの体型は、一見はユーモラスであり、のどかな森でひなたぼっこでもしていればさぞかし絵になることだろう。
しかし、それが、
どぉん! どぉん! どぉんどぉんどぉんどぉんどぉんっ!!
地面に何か恨みでもあるのだろうか? そう言いたくなる爆音(足音)を響かせつつ、すさまじい速さで追ってくるのだからたまらない。
「むっちゃ速くてうけるんですけど。これ、ベル子ちゃんより速いんじゃない?」
負けずに走りながら言うものの、口調ほど余裕はない。
いや、むしろ一欠片の余裕もない、そう言っても過言ではなかった。
「ヤツの敏捷は1300相当だっ! マロククネズミの成体を除けば、アビスではかなりの速さだよ!」
本当に、あっ、と言うまに追いつかれていた。そのくらい速かった。
すぐ後ろでベルデゴーレムが岩の拳を振りかぶる。と思えば、重量級の拳は早くも、こちらの体にぶち当たる寸前まで来ているではないか。
かすっても死ぬな、生身なら、と小瑠璃はぱっと見で察した。その体はすでに、〈無敵〉の虹色のオーラに覆われている。
そして、着弾。
洞窟が――沈んだ。
衝撃波が飛ぶ。
それに巻き上げられて、砕けた地面の破片が飛ぶ。
沈んだとは比喩でもなんでもなく、さっきまで小瑠璃が立っていた洞窟の地面は拳によってへこみ、直径10メートルにも届こうかというクレーターに変わっていた。
「……化け物じゃん」
クレーターの中心で地面に埋まっていた小瑠璃が、呆然と呟く。
いや、今までも化け物ばかりだったんだろうけど、これは別次元だ。ニワトリさんをサバンナの王ライオンとするなら、このゴーレムはさしずめ陸生動物の王アフリカゾウさんだろうか?
……ダメだ、たとえが微妙すぎる。
「……」
とにかく、こんなものが出るとわかっていれば、サンゴの木の下で捕まっていたほうがまだマシだった。
少なくとも、問答無用でペチャンコにされる可能性はなかっただろう。
結論。
私を捕まえられなかったベル子ちゃんが全て悪い、そう責任転嫁しながら、小瑠璃は舞い上がった破片と煙にまぎれて移動し、少し離れた岩陰に身を隠すのだった。
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