8、ステ上げステ上げニワトリ狩り




 再びベルフェゴールと遭遇し、なんとか逃げおおせてから二日後……


「今思えば、惜しい寝床をなくしたな」


 相変わらず、青い水たまりとキノコばかりの洞窟地帯。

 ぴちゃりぴちゃりと間断なく落ちる水滴の音は、神経質な人間がこの辺りに足を踏み入れたなら、絶対に、何があっても眠らせねーぜという気概に満ちている。

 そんな、徐々にバカ広いことが判明しつつある酸の泉エリアを歩きながら、小瑠璃はぽつりとつぶやいた。


「そうかい? 僕はどこでも快適だけどな」


「それはあんたが私の腹か内腿しか寝床にしてないからだよ」


 現在、逃げた方角が東だったので、新たな寝床を求めてそちらを探索しているところである。


 ナヴィ曰く、東にまっすぐ行けば酸の泉エリアを抜けるとのこと。

 その先には、サンゴの木があったところのように骨と岩が主な場所、もしくは緑でいっぱいの楽園のような場所がある、かもしれないらしい。ちなみに、前者を骨と岩エリア、後者を植物エリアと仮称した。そのまんまである。


 まあ、あくまで「かもしれない」なので、過度な期待はできない。

 ぶっちゃけ今の小瑠璃は、自分が東に向かえてるのかどうかも自信がないものの、まあいいかと悟りきっている状態である。


「まあ、私の自前の勘もノーとは言ってないからいいんだけど」


「何か言ったかい?」


「んー? どうもナヴィといると不安だなぁって言ったの」


「そんなことないよ!」


 と肩の上のブタは言うが、果たして本当にそうだろうか?

 チート扱いのステ振りを物理一辺倒の無茶苦茶にするわ、スキルは用意してないわ、しかも全部説明するの遅いし大雑把だし……あとブタだし……いいところ、一つもなくない?

 ぶっちゃけ私が今無事なのって九割〈無敵〉さんのおかげだよ? ありがとう無敵さん。万歳無敵さん、無敵さん万歳。


 だいたいそんな内容のことを小瑠璃が言うと、ナヴィはそんなことないよ! ともう一度繰り返した。


「小瑠璃のレベル上げだって順調じゃないか!」


「カモというか、なんとかまともに戦える相手が見つかったからね」


 そう言って、小瑠璃はずりずりずり、と今までさりげなく引きずっていた物体……本日の晩ご飯を持ち上げる。


 それは、小瑠璃と同じくらいの背の高さの、目が三つある鶏であった。

 マグマのように赤黒い羽毛と、分厚い岩盤をも引き裂く大ぶりな爪を持っている。それくらいここなら皆できるよ、とは言ってはいけない。


「ローランドソクシニワトリだっけ。謎に語呂がよすぎて一発で覚えたわ」


 見た目もそうだが、力、耐久、敏捷がおよそ1000、器用が600、魔力1400という色々と人智を越えたニワトリさんである。それでも魔力以外雑魚と言われてしまうのがアレーナの恐ろしいところだ。


 が、このニワトリの取り柄はステータスの数値ではない。凶悪スキル〈死の魔眼〉こそ彼らの武器なのである。

〈死の魔眼〉とは、魔眼シリーズというスキル群の一種で、スキル所有者の目を見た相手の生命力を奪い、死に至らしめる効果を持つ。

 対処法としては、耐性を持っているか、魔眼の魔力をものともしないくらい魔力を上げるか、そもそも目を見ず戦うという離れ業を披露するしかない。ローランドソクシニワトリはそんな凶悪な相手だった。


 ただ、小瑠璃は〈ド根性〉によって即死耐性を持っているため、なんとか戦えなくはない。それでもステータス負けてますが。相手、複数な時点で詰みますが。


「ちょっと欲張った狩場に来たせいで、複数エンカウントに対しては逃げを繰り返すしかなくなった……そんなことってあるよね……」


 ひとりごちる小瑠璃を、ナヴィは耳元で怒鳴って励ました。


「ローランドソクシニワトリは小瑠璃の魔力を補うにはうってつけの相手だよ! がんばって!」


「まだ朝ご飯とお昼ご飯で二体しか狩ってないけど、上がってる?」


「…………ちょっとね!」


「ちょっとか」


 まあ千里の道も一歩から。

 経験値を得たとき、ステータスの上り幅には一定の法則があるらしい。というのも、もちろん個人の才能など諸々の要素も絡んでくるのだが、一般に自分と相手のステータスに差があればあるほど、上り幅は大きくなっていくのだとか。

 その理論でいくと、自分の魔力はソクシニワトリと比べればゴミカスなので、他のステータスよりは成長早いらしいのが幸いか。


 魔力を強化すれば、なによりも魔法である〈無敵〉さんが強化されるだろう。

 チートと銘を打ちつつ、何故か特化したはずの物理ステータスでさえ近辺最弱の名を欲しいままにしている小瑠璃にとって、〈無敵〉さんの強化は急務である。

 魔力が上がれば、


 ・単純な威力

 ・防御力(これは今でも十分だが)

 ・一度の持続時間と連発限度回数

 ・使用時にかかるステータス補正


 これだけの要素が一度に強化されるとのこと。ちなみに、無敵さんは何気にステータス補正までしてくれる超有能だったことが検証しているうちに発覚した。


 現在の持続時間は約11秒、休憩を挟まずに連発できる限度回数は、おそらく三回。いざというとき危険なので試してはいないが、二回の時点で次はヤバいなと感じたのでそんなところだろう。このあたりは命に直結するため、ぜひとも向上させておきたい。


 と、すっかり〈無敵〉が相棒になりつつある小瑠璃。

 その前方から、もう何度か聞いたニワトリの声が聞こえてきた。


「噂をすれば影だよ、小瑠璃」


「む、明日の朝ご飯か」


 まあ、どっちがご飯になるかはわからないが。

 さっと岩陰に隠れる。安定と信頼の酸の泉さんが後ろにひかえていた。雨の日の水たまり並みにどこにでもいるのやめてよ、と思いつつ相手の様子をうかがう。


 少し離れたところでは、小瑠璃が持っている死体と同じ、赤黒い毛色をした三つ目のニワトリが周囲を見回している。獲物を探しているのだろう。

 ならば、望み通り行ってやるまでである。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 小瑠璃は岩陰に晩ご飯とナヴィを置き、足音を忍ばせて走った。

 きょろきょろと首を回す相手の背後に回り、細い首に回し蹴りをお見舞いする!


 が、寸前で気がつかれ、パワー1000の蹴りは空気を引き裂きカラぶって、近くの岩壁に荒々しい横線を引くだけに終わった。


「ちっ、しくじったか」


 ……強化されたのはいいけど、いまいちまだ感覚に慣れないな。

 舌打ちする小瑠璃の目の前で、ニワトリが嘴を開き――吼えた。


「ガアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!」


 …………ニワ、トリ? 


 と最初会ったとき思ったが、今も思った。

 人と同じ程度の大きさながら、ニワトリは赤い翼を大きく広げて威嚇してくる。嘴こそあるものの、厳つい顔はもはやドラゴンかワイバーンの類と言ってよかった。


(まあ、ニワトリは恐竜のひ孫みたいなもんだからな……。ナヴィ、一応ステータスちょうだい)


(了解さ!)


 ナヴィの声とともに、小瑠璃の脳裏に相手のステータスが表示される……そんなんできるんなら最初からやれよ、とのツッコミを受けた、テレパシーによるステータス表示であった。

 なんでも、尻表示は正式な作法で、より格調が高いらしい。知ったことか。


  ローランドソクシニワトリ

  LV49

  力:1012

  耐久:976

  器用:643

  敏捷:998

  魔力:1423

  総合闘級:竜級

  称号:なし

  アクティブスキル:〈死の魔眼LV8〉〈ドラゴンブレス・炎LV4〉〈咆哮LV9〉〈ソニックブラストLV6〉

  パッシブスキル:〈竜鱗LV3〉〈炎熱耐性LV7〉〈氷結耐性LV5〉〈呪詛耐性LV8〉〈超再生LV2〉〈猛毒爪LV3〉〈威圧LV2〉


 ドラゴンだねこれは。うん、ドラゴンだ。

 ステータスを見るかぎり、岩場に置いてきたニワトリさんとさほど変わらない個体のようである。まあ歴戦な個体とか言われてステータス補正かかっても困るが。


(ところで、なんで力は力なの? パワーじゃないの? 誤字?)


(誤字じゃないよ。小瑠璃のパワーがパワーなのはね、小瑠璃のステータスには最新のフォーマットを使っているからだよ!)


 なにその無駄かつ不快なこだわり、と呟いたところで、相手が動く。

〈咆哮〉で〈威圧〉を強めたニワトリの、その額、それを見た者を殺す第三の眼が、カッと見開かれた。


「おっと」


 小瑠璃はすばやく視線をそらし、相手の眼を見ないようにする。(?)とナヴィが疑問符を送ってきたが、説明している時間がもったいないので黙殺した。

 小瑠璃の動きを見たニワトリが、グルル……とほくそ笑むように唸る。目の前の相手が、所詮自分の魔眼からは逃れないただの獲物であると確認したゆえである。


 そう確認したことを、小瑠璃も確認したところで、戦いがはじまった。

 次の瞬間、開かれた相手の嘴から、灼熱の竜の炎が大気を沸騰させて迸り出ていた。


「げ」


 と声を漏らしつつ。

 並の生き物なら反応さえできずに焼失する、避けたところで余波によって灰と化すその竜炎を、小瑠璃は横っ飛びになんとか回避する。


 避けた小瑠璃の目の前に、すさまじい速さで、爪を使った蹴りが迫っていた。


 体勢を崩された上、敏捷の差は歴然。しかもまともに相手を見ていない小瑠璃に、かわす術とてない。

 爪は防御のために交差させた腕へと赤い線を刻み、吹き飛ばされた小瑠璃の巻き添えで、後ろにあった壁がものの見事にえぐれて割れた。


 マロククネズミの子供にじゃれつかれたときもそうだったが、力が四桁もあれば、地形を変えるくらい日常茶飯事なようである。

 ぱらぱらと破片をこぼし、起き上がった小瑠璃の脳裏に、ナヴィの声。


(どうしたんだい小瑠璃? 痴呆か何かで〈ド根性〉の存在を忘れてしまったのかい?)


(ちゃんと覚えてるよ……ちょっと、実験してるだけ……)


 ちょっと余裕ができたので返事をしておいた、ものの。

 その隙をついて、そもそも隙をつく必要もないほどの速度で、ド級のニワトリキックが何度も襲ってくる。


「っと、とと、無茶苦茶ぐいぐい来るな」


 やはり、敏捷の差は歴然。そりゃそうだ、相手の敏捷が1000近いのに対して、こっちはせいぜい800しかないのだから。

 相手の力とこちらの耐久が拮抗しているおかげでダメージこそ少ないものの、このままではじり貧だ。


 両腕をクロスさせ、急所だけは守る。青いドレスが蹴りの衝撃で弾け、爪で切り裂かれていく。猛毒がきいてきたのか、ちょっと熱っぽくなってきた。

 超再生さんがんばれと励ましつつ、守勢に回る。回る。


 決して第三の目を見ようとしない小瑠璃に、ニワトリは遠慮無用とばかり、さらに攻撃を激しくした。


 ――弱い。


 というのが、彼の小瑠璃に対する感想である。

 目の前の獲物は、力や耐久は自分と同程度のようだが、敏捷が話にならない。こちらの目を見ない程度の知能はあるようだが、それがかえって動きを鈍くし、ただでさえ大きな速さの差をさらに大きなものにしている。


「ガアァッッ!」


 思いがけず楽な獲物に、彼は歓喜し、その歓喜のまま、渾身の蹴りを放った。

 なんとか受けた小瑠璃は、踏ん張ったのちに吹っ飛ばされる。仰向けになって倒れたすぐ隣で、どこにでもあることに定評のある酸の泉が青く光っていた。

 こえー、と思いつつ小瑠璃は、


(そろそろいいかな)


 赤い翼を広げ、ニワトリは大きく羽ばたいた。小細工も何もない。真っ向から飛んでいき、爪の一撃を放つべく体勢を整える。

 その額にある第三の眼を、小瑠璃は起き上がり、しかと見つめた。

 

 ――?


 何を思ってそうしたのか、彼にはわからない。

 魔眼の力を理解していたから、今まで目をそらしていた。そうではないのか?

 ……いや、どちらにせよ、これで蹴りを放つまでもなくなった。魔眼の魔力はすぐさま標的の体内に浸透し、生命力を奪っていくはずだ。 


 勝敗はすでに決した。

 あくまで惰性として、彼はすでに体勢に入っていた蹴りを中断することなく、小瑠璃へと飛び続けることを決めた。


 その逡巡が、その油断が、勝敗を分けた。


「それを待ってた」


 軌道は真正面。視界はクリアー。殺気の抜けた蹴りを、小瑠璃は真っ向から受けきり、相手を捕まえることに成功する。

 ガ、ガアッ!? と、何が起こったかわかっていないニワトリを両手で抱きしめ、魔法の名を唱えた。


「〈無敵〉」


 虹色のオーラが小瑠璃の体から溢れ出し、その体を包む。

 小瑠璃にとっての異物であるニワトリを、オーラは抱きしめたところから容赦なく消滅させにかかる。

 小瑠璃が猫をかぶっていたのだと、ニワトリはそこでやっと気がついた。


「騙してごめんよ。だが騙される方が悪い」


 最初の咆哮など影も形もない悲鳴を聞きながら、小瑠璃は無表情でうそぶく。

 一応は命を賭けた真剣勝負、騙す騙されるも勝負のうちなのだから。


 そもそも何故騙すような真似をしたのかというと……こちらと相手のスピードの差が大きすぎた、これに尽きる。

 何度か敵と遭遇してわかったのだが、魔力ほどではないにしろ、小瑠璃は敏捷のステータスが低い。攻撃力、防御力で拮抗していても、結局はそこで負けてじり貧になってしまう。


 岩陰に置いてきたニワトリは、そこを〈無敵〉と〈ド根性〉でなんとか、本当になんとか押し切ったのだが……かかった時間と消耗度合が、これからやっていけるのか不安になる程度には酷かった。


 ゆえに騙し討ち。

 魔眼が効く相手だと思い込ませ、ボコボコにされる演技(だったらいいな)をしつつ、油断を誘う。そうしてやってきたチャンスで相手を拘束して、虎の子の〈無敵〉をかますのだ。

 以上が一日一晩寝ながら編み出された、対ニワトリ攻略作戦である。


 思いつきだけどうまくいったな、私天才だな、とニワトリの悲鳴を聞きながら自画自賛していると、隣にあった酸の泉が目に入る。

 それを見て、


「ニワトリさん…………ごめんね」


 このままでも倒せるだろうが……〈無敵〉と時間を節約したかった小瑠璃は暴挙に出た。ニワトリを抱きしめたまま、酸の泉にぼっちゃんと落ちたのである。


 無敵のオーラを食らって叫びまくっていたせいか、酸の水がなんかやばいところに入ったらしいニワトリさんが二度と動かなくなるまで、そう時間はかからなかった。



 ―――――

 ―――

 ― 


 

「よし、いい具合に羽も皮も内臓も溶けたし、先にこっちのチキンを加熱します」


 ニワトリの経験値もろもろを吸収したあと、小瑠璃は泉から上がった地面に戦利品を置き、ポケットから例の引くほど燃える骨片を取り出した。

 ライター感覚で使っているが、この骨、ホントに引くほど燃える。


 マッチ棒程度の大きさの欠片を手に持って、チキンを置いた地面にあてがった。「〈無敵〉」と言いつつサッと擦ると、十メートル近くある天井に届くほど燃え上がった炎が、小瑠璃ごとチキンを包み込む。

 十秒ちょっと待ってから、小瑠璃はこんがり焼けたチキンを持って炎を出た。

  

「小瑠璃、無事かい? いや、小瑠璃じゃなくてチキンの話だけれど、無事かい?」

 

「無事無事。上手に焼けましたー、よ」

 

 ついでにお前は焦げ肉にしてやろうか?

 そう言いかけた視線が、ナヴィの背後ではたと止まる。

 

「ねえナヴィ、その後ろのデロデロなに?」


 ナヴィがふり向くと、下手したら小屋くらい飲み込んでしまえそうなサイズの赤黒い粘液状の物体が、どろどろでろでろと地面に広がりつつ近づいてきていた。


「ブラッディオイルだね。スライム最強種の一角で、高レベルの〈猛毒〉に〈超再生〉を持ってるけど、性格はいたっておだやかさ。チキンの匂いにつられて来たんじゃないかな!」

 

「へー、こんなおどろおどろしい外見なのに」

 

 血色のボディに、見慣れつつあるニワトリの骨が大量に浮かんでいる様子はなかなか恐怖心を煽る。見たところこのスライムに目はないので、なすすべなく呑み込まれ、毒でやられてそのまま消化中なのだろう。


 ……あれ? でもニワトリさんはドラゴンブレス(炎)とか遠距離攻撃も持っていたような。ま、いいか。


「ごぼ! ごぼぼぼ! ごぼんぬっ!」


 ナヴィの言葉にうなずくように、赤黒い粘液がぶくぶくと泡立ち、犠牲者の骸が無念そうに震える。これはもしかしなくとも、チキンを要求しているのだろうか。

 となると……このまま燃えさかる炎を背景にチキンを持って仁王立ちしていれば、おそらくは小瑠璃もニワトリたちと同じ運命であろう。

 

「背に腹はかえられないか。じゃあ半分だけね、デロデロさん」

 

 無念だが仕方ない。まだちょっと燃えている焼きたてチキンを引きちぎり、振りかぶって投げる。

 その直前「あ」とナヴィが声を上げた。

 

「そういえばブラッディオイルの体は……火をつけたら大爆発してしまうんだ!」

 

「だからかニワトリさん」


 このあとめちゃくちゃ爆発した。



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