7、逃亡×不穏の影
「重い」
カモフラージュの骨の下、本日の第一声とともに小瑠璃は目覚めた。
「いや、マジで重いんだけど……メタボったネズミでも乗ってるのかこれ……」
ぎゅうぎゅうと、正体不明の重圧が上から押してくる。やけに夢見が悪いと思ったらこれのせいかと、文句を言いつつ身じろぎした。
ナヴィはと見れば、ちゃっかり小瑠璃の体と骨が作った隙間に避難して、すずしい顔で眠っていた。朝ご飯はトンカツかなと思いつつ、起き上がるべく力を込める。
「えっ、ちょっ、なにっ!?」
すると、頭上からあわてた声が聞こえてくる。
つい最近というか昨日聞いた気がする声だが、気にしない。一気に立ち上がる。ちょっと力みすぎたのか、上に乗っていた骨が勢いよく吹っ飛んだ。
「きゃあっ!」
ばらばらばら、と吹っ飛んだ骨が雨のように降る中、何気なく骨の地面に置こうとした手が、骨ではなくもっとやわらかいものの感触を伝えてくる。
これは……胸だ。しかもデカい。
「あれ、ベル子ちゃん」
「ねえ今どこで判断したのかしら?」
ちょっとおどろく小瑠璃の目の前。
骨の雨がやむと、ぴくぴくと頬を引きつらせるベルフェゴールの顔が現れた。身の危険を感じた小瑠璃はぱっと手を離して、
「ごめんごめん。そんなことより、ベル子ちゃん骨だらけだよ?」
「あなたもよ」
二人は顔を見合わせて、おたがい、髪や服についた骨を払う。ベルフェゴールがコートの骨を払っているあいだに、小瑠璃はまだ眠っていたナヴィにかかと落としをお見舞いした。
赤いサンゴの木の下で、そんな感じに仕切り直しを済ませる。
それから、あらたまった調子でベルフェゴールが言った。
「ところで、ええっと、どうして私の最後の砦にあなたたちが?」
「比較的居心地がよかったもんで」
ぱんぱん、とまだまだくっついている骨の欠片を払いながら言う。
骨まみれの小瑠璃(と肩のナヴィ)を見て、ベルフェゴールはちょっと引いたようだった。
「……え、もしかして一晩中骨に埋まってたの?」
「弱者の生存戦略ってやつだよ。強そうなベル子ちゃんにはわからんか」
やや引き気味のベルフェゴールに、小瑠璃はやれやれと肩をすくめた。
まだ一日しか経っていないが……このダンジョンのモンスターは強い。馬鹿強い。ぶっちゃけレベルカンストさせてから来るダンジョンじゃね? と、昨日からそこはかとなく思っているが、そのお強いモンスターたちに比べると、どうも自分は弱い。チートってなんだよと小一時間問いつめたくなるほど、弱い。
それにひきかえ、ベルフェゴールはまちがいなく今まで出会った中で最強だし、なんといっても四天王だ。正直うらやましい。そう思っていたのだが、
「私が、強い? そんなこと……あるわけないじゃない」
ぼそっと言われた言葉を聞いて、小瑠璃は首をかしげた。
「急にどったの」
そう言ったベルフェゴールの表情がひどく悲しげなものに見えて……唐突なシリアスムードにやや困惑しつつ、なんでもないと首を振るベルフェゴールを見つめた。
「ごめんなさい、ちょっとね。……強いといえば、あなたが埋もれてたその骨。強い刺激を与えると引くほど燃えるから気をつけてね」
だからか。だからちょっと引いたのか。
一歩間違えれば土葬されつつ火葬されるという結果になっていたらしい。ここに来てからクッソ面白い死因しかないな、そう思いつつ小瑠璃はそっとその場から離れた。
まあうまくすれば火おこしに使えるだろう。適当に骨を拾ってポケットに突っ込んだところで、ベルフェゴールが「さてと!」と手を叩く。
その周りに、やたらとでかい火の球がいくつも浮かんでいた。戦る気っぽいなと判断して小瑠璃も身がまえる。
「さてと……昨日は動揺していつのまにか負けムードになってたけど、今日こそ、あなたのお夕飯はトンカツよっ! 負けないからねっ!」
「トンカツは朝ご飯にするつもりなんだけどな。……あ。そういえば、ベル子ちゃんに私たち自己紹介したっけ」
「えっ。してないけど、今すること?」
当然でしょとうなずいて、
「四天王最弱たるもの、戦いにおいて仁と礼を欠いてはいけませんぞ。あ、申し遅れましたが私は沙ヶ峰小瑠璃と申します」
「僕はナヴィさ!」
ふかぶかー、と頭を下げる小瑠璃とナヴィ。四十五度。隙だらけである。
が、ここでつられて頭を下げるのがベルフェゴールという少女だったようだ。
「よ、よろしくお願いします……?」
釈然としない表情ながら、そう言ってお辞儀を返す。
「今だっ!」
と、小瑠璃はナヴィを引っつかんで思いきりダッシュした。
「ちょ、仁と礼はどこいったのよっ!?」
「知らんな」
ベルフェゴールの抗議を却下して走る。
先んじて酸の泉エリアに突入した小瑠璃を、出遅れたベルフェゴールはあわてて追いかけながら、物体の動きを止める魔法〈スロース〉を発動させるべく右手を差し向ける。
その手から、見えない魔力の波が小瑠璃に向かって発射され……
現れた〈無敵〉のオーラに弾かれて、跡形もなく消えた。
「流石小瑠璃! 同じ手は二度食わないってわけだね!」
小瑠璃につかまれ、無敵オーラに晒されて、絶賛ダメージ中のナヴィが言う。
だがベルフェゴールは怯まなかった。
「敏捷のステータスは私の方がずっと上! すぐ追いついてあげるわっ!」
言うだけあってかなり速い。騙しうちで広げた差など、あと数秒もしないうちに埋められてしまうだろう。
「本当だ! どうしよう小瑠璃!」
しかし小瑠璃は動じずに言った。
「問題ないわ。というか、ナヴィはしゅうしゅう言ってる自分の体の心配をした方がいいんじゃないかな」
問題ないと聞いて、ベルフェゴールは走りながら怪訝な顔をする。
その顔が次の瞬間ぎょっと強張った。
走る小瑠璃の前には、いつのまにか巨大な酸の泉……いや、もはや酸の海と言ってもいいものが広がっていたのだ。
「くっ……」
自分の耐久でも、流石にこの中で鬼ごっこをすれば無傷ではすまない。ベルフェゴールはあわてて速度をゆるめる。だが小瑠璃は止まらなかった。
「下調べは昨日のうちに済ませてある。……だから、私がこのエリアに逃げてきたのは、別にまだここしか話に登場してないからとか、他の場所を描写するのが面倒だったとか、そんなメタい理由じゃないんだよ。わかった?」
「わ、わけわからないこと言ってんじゃないわよ!」
ベルフェゴールが怒鳴った。
そうしているあいだに、小瑠璃は酸の海の目と鼻の先にたどり着いていた。
「行くよナヴィ。〈無敵〉と〈超再生〉で、ここを無理やり押しとおる」
限界を迎えた〈無敵〉がいったん霧散する。
コンマ数秒の間を置いて、小瑠璃は再度〈無敵〉を発動させることに成功した。
そして思いきり踏み切る。
(無敵さん連発するのって思いの外きついな)
と、新情報を頭のすみにメモしながら、酸の海に勢いよく飛び込んだ。
「じゃそういうことでベル子ちゃん、アディオス」
「ちょ、ちょっと! なによそれっ! 待ちなさい! 待ちなさいってばぁぁぁぁあっ!!」
そんな叫びもむなしく……
酸の海に突入してすぐ、その姿はすっかり見えなくなってしまった。
――――
逃げられた。
ぺたりと地面にへたり込み、ベルフェゴールはちょっと泣いた。
「ステータスは私の方が上なのに……なんだろう、このものすごい敗北感……」
はあー、と大きくため息をつく。
ダメだ。最近、何をやってもうまくいかない。
今だって、まぬけな手に引っかかって……ああもう! と思わず髪をぐしゃぐしゃにしてしまう。
ああ、ふて寝したい。もっとうまくやれば逃がさずにすんだだろう。考えれば考えるほど、自分の馬鹿さ加減が嫌になってくる。
そうだ。
もっとうまくやっていれば、あの子を東に逃がすことは……
「…………東?」
呆然とした呟きが、可憐な唇から漏れる。
その次の瞬間には、あわてて立ち上がっていた。
「しまった……東には今、あいつがいる……!」
必ずしも遭遇するとは限らない。
けれど、もし、あそこにたどり着いてしまったら……
「追いかけなきゃ……!」
ぐしぐしと涙をふき、ベルフェゴールは立ち上がって走り出した。
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