6、ステータスは尻に浮かぶ

 



「なんだかんだでベルフェゴールを追いつめることには成功したものの、今一歩のところで〈無敵〉が切れて逃げられてしまったね、小瑠璃」


「そうだねナヴィ、前回と今回のあいだの微妙な隙間を埋めてくれてありがとう」





 とりあえず、ベルフェゴールが体勢を立て直してやってきたらひとたまりもないので、ナヴィを肩に乗せて洞窟内を移動中である。


 ぐねぐねと曲がりくねり、しかも、それがどこまでも続いている……そんな巨大洞窟の中で、あいかわらず、酸の泉がキノコに照らされて光っている。


 そこらじゅうに生えた、光るキノコ。

 点々と続く酸の泉。

 濡れた岩の壁、そして地面。


 ときどきよくわからない生き物の骨が転がっているが、延々と、この単調な風景が続くことはまず明らかだと思われた。


「さしあたって寝れるとこ探してるけど、見つかりそうにないね」


 小瑠璃はきょろきょろと辺りを見回しながら言った。ちなみに青いドレスはまだ脱げていない。何故だ。

 ……いや、よく考えれば危険なときは脱げないって、この迷宮の中で危険じゃないときの方が少ないのではなかろうか?


「僕の知る限り、人が住めるような場所じゃないからねえ、ここ」


「ははは」


 初見のモンスターを何匹か避けつつ、一時間も歩いたところで小瑠璃はあきらめた。

 寝床は次に目に入ったそれっぽいところで妥協しようと決め、着るものは、しばらくこの青いドレスで我慢することにする。

 これがせめて制服なら……


「あ」


 いや、よく考えれば、最初に着ていた制服は酸の泉で溶けてしまっている。

 つまり自分は、変身が解除されれば痴女になってしまうと、そういうことになるらしい。


「……」


(――どうしたんだい? 無言で僕の首なんか絞めて?)


「うわ、びっくりした。急にテレパシー使わないでよ」


「驚いてる風には見えないけど、ごめんよ!」


(あと使えるなら使えるって言ってよ)


(ごめんよ!)


 あまりにもあんまりなナビゲーターの能力発覚のあと、無限に続くかと思われた酸の泉エリアを抜け出し、ちょっと開けた場所に出たところで、とりあえず仮の寝床が決まった。


 一言で言えば、でっかい枝サンゴのような物体が木のように突っ立っている、その根元だ。

 あざやかな赤色のサンゴは、飽き飽きしていた酸の泉エリアとは一線を画する美しさだったが、寝床に選んだ理由はまあ、わかりやすいから。


 モンスターの骨がうずたかく積もっていて、隠密性も高い。

 貝塚ならぬ、骨塚とでも言うべきか。まともな感性の現代人ならちょっとお近づきになりたくない場所だろう。


「小瑠璃ってすごいや。魔法少女の衣装はダメなのに、こんなところで寝るのはいいんだね!」


「こんなところに送ってくれた一人とは思えない言葉をありがとうよ」


 こちとら好き好んで骨に潜りたいわけじゃないぞ。

 妥協と、妥協と、妥協と、機能性との兼ね合いなのだ。流石に酸の泉がごろごろしているエリアで寝たくはないし。なんせ寝返りで池ポチャしたらそのままあの世に逝きかねないのだ。


「じゃあ、ひとやすみしたら食料確保に行こっか」


 よっこいしょと骨塚の上に座り、うすぼんやりと光っているサンゴの木(仮称)にもたれかかる。

 体育座りである。


「そうだ。今のうちにステータスを確認しておかないかい?」


「……ああ。そういや、そんなんあるって言ってたっけ」


 じゃあお願いできる? と言うと、ブタはくるっと反対側を向いて、


「お安い御用さ! これが今の小瑠璃のステータスだよ!」


「唐突にケツを向けてきたのは、さっき首をしめたことに対する無言の抗議?」


 微妙に嫌そうな無表情で言った小瑠璃は次の瞬間、ブタのお尻に浮かび上がる文字を見て普通に嫌そうな無表情になった。


 浮かび上がった文字によると……


 沙ヶ峰小瑠璃/種族:魔法少女/女性/15歳

 住所:○○県○○市○○○○4-32

 電話番号:○○○-○○○○○○

 メールアドレス:○○○○○○○@mine.ne.jp

 身長/体重/スリーサイ…………


「今はもう意味のない不要な情報の羅列に驚きを隠せない」


「本命はその次だね。消すよ!」


「ちょっと待って。種族:魔法少女ってなに。ねえ、さらっとヒューマンやめてない?」


「魔力のステータスに関しては、本当にすまないと思っているよ!」


「話聞いてよ」


 LV1

 パワー:1012

 耐久:1053

 器用:843

 敏捷:784

 魔力:12

 総合闘級:竜級

 称号:ニート

 アクティブスキル:〈無敵LV1〉

 パッシブスキル:〈魔装:青色魔法少女LV1〉〈超再生LV1〉〈ド根性LV1〉〈加護LV1〉〈厚顔無恥LV1〉


「ツッコミどころ満載なんだけど、とりあえず、ひとつずつ処理していこうか」


「何かおかしなところがあったかい?」


「じゃあまず軽いところから。なんでパワーだけパワーなの?」


「力じゃ1文字で並びが悪いかと思って」


「パワーならよかった理由がわからない。……まあ、これはいいや。で、くわしいステータスの数値はよくわからないから飛ばすとして、次はその下、まだ学生の身であるにもかかわらずなかなか不名誉な烙印を押されているんだけど」


「ニートのことかい?」


「ニートのことだよ」


 そう言うとナヴィはドヤ顔で振り向いて、


「大丈夫。称号っていうのは、ステータスの持ち主が成し遂げてきた偉業に対する勲章みたいなものなんだ! だから、あとからこれ以外にも色々手に入ると思うよ! ……たぶん!」


「私がニートであることの説明がまるでできていない上に今たぶんって言ったよね」


「称号はね、ステータスが成長する傾向にも関係があるんだ。これから取得するスキルや、魔法少女の武器なんかにも影響してるんだよ!」


「そうなんだ」


 まさかの真スルーに、もういいや、と小瑠璃もスルーをスルーしてうなずいた。


 ナヴィが言っているのはつまり、たとえば超絶イケメン完璧超人という称号があったとすると、なんかこう完璧っぽいスキルが手に入ると、そういうことなのだろう。何も思いつかないけど。


「話はわかった。じゃ、いつかは設定しなおせるのね?」


「もちろんさ。でも小瑠璃の場合は資質的にニート系以外選択できないよ?」


「クソが」


 ニートしか選択できないとは、ニートの中のニート、ニートオブニートとでも言いたいのだろうか。

 ……まあいいや。ちょっとニートがゲシュタルト崩壊してきたし、いったん追求をやめることにする。


「で、最後だけど、このスキルなに?」


「〈厚顔無恥〉かい? これは精神系スキル全般を防ぐ精神防御系スキルの最高峰でね、極まればあらゆる精神攻撃を無力化することができるんだ」


「もっと名前考えてあげようよ」


「ちなみに、〈魔装:青色魔法少女〉は変身時にステータス補正を与えるスキル、〈超再生〉は読んで字のごとく自己治癒力を飛躍的に高めるスキル、〈ド根性〉は直接死亡させてくる系統のスキルを軽減あるいは無効化し、〈加護〉は受けるダメージをランダムに軽減するのが主な効果さ!」


「兄貴がよくやってるゲームでいう、生存スキルガン振りってやつだね」


「転生させるとき、君の元々の才能に見合ったステータスを元に補正を加えていったんだけれどね、〈厚顔無恥〉と〈ド根性〉とあと〈超再生〉はいじるまでもなく最初から付いてたよ!」


「なにその憎まれっ子世に憚るを体現したみたいなデフォルト構成」


 非常に不本意だけど……どうせツッコんでもきりがない。さっさと切り替えて次の話題に移ろう。

 次はステータスの話。こっちの詳細については、だいたい想像がつく。ナヴィの説明もたいして食い違ってはいなかった。


 パワーはまんま、物理的な力にかかる補正。

 耐久は肉体の防御力と生命力に関係する補正。

 器用はどれだけ体をうまく動かせるかにかかわる補正で、たとえば器用1などという悲しい生き物がいたとして、敏捷のステータスが高くても突進しかできない宝の持ち腐れ状態となる。

 次に……敏捷はあれだ、スピードだ。


 最後の魔力だけは少し曲者なのでくわしく説明する。

 RPG風に言えば、魔力は魔法攻撃力、魔法防御力、そしてMPを一つのステータスで兼ねている。魔法を使って魔力を消耗すればするほど、自分の魔法の威力が下がり、外敵の魔力に対する抵抗力は落ちていくのだ。無駄にリアルだった。


「それで、私のステータスは高いの?」


「そうだねえ、下に総合闘級というのがあるよね。これはステータスとスキルの強さを合わせた総合的な評価なんだけど」


「うん。私は竜級とあるね」


「読んで字のごとく、竜と互角に戦えるって意味だよ」


「予想以上に人外だった」


「ステータスは……たしか、普通の人間だと平均80ってとこかな。ちなみに転生前の小瑠璃は平均300相当だったよ。よく交通事故なんかで死ねたね! HAHAHA!」


 余計なお世話だ。

 でも、このステータスなら意外とやっていけそう……? 

 そう思っていたらナヴィが言った。


「アビスに棲む生き物は最低でも竜級なんだけど、ざっくり言うと、マロククネズミの成体が平均1300、敏捷は2000近くさ」


「すっごい、まったく強さを感じなくなった」


 ここはホントあれだな。頭おかしいな。

 まあ、子供であの強さだったのだから、確かに親の力は推して知るべしである。一刻も早く強くならねば、どうやら上層に上がるどころか生きるだけでも苦労しそうであった。


「ところでさ、具体的に、強くなるにはどうすればいいの?」


「モンスターを倒して経験値を吸収するんだ。たとえば敏捷の高い相手だと、経験値を吸収したとき一緒に敏捷が上がったりするといった感じだね」


 そして、今までどれだけの経験値を吸収してきたかというのはレベルを見ればわかるようになっているのだという。

 つまりレベルとは、今までどれだけ経験値を吸収したかを判断するための、ただの指標ということらしい。


「なるほど」


「まあ、そんなに急がなくても適当でいいんじゃないかな! 小瑠璃にはベルフェゴールを一撃で退散させた〈無敵〉があることだし!」


「その〈無敵〉さんはさっき十秒ちょいしか保たなかったんですが」


 威力も低かったようであるし、それもこれも魔力12のせいに違いない。小瑠璃は己のステータスが色々と噛み合っていないことをあらためて実感した。


「ま、続きは食料確保してから話そ」


 どっこいしょと立ち上がり、骨を踏みしだいて広場を出る。

 なにはともあれ、腹が減っては戦が出来ぬとは世の真理なのだ。



 そして数時間後……



「〈無敵〉を駆使して、なんと酸の泉を泳いでいる魚を捕まえましたー」


 びちっびちっと跳ねる魚を二匹持ちつつ、元いたサンゴの木の下に帰ってくる。

 ここに来て初めての食料だ。わかりにくいが、ちょっとだけテンションが上がっていた。


〈無敵〉さんがものすごく使える魔法であると気づいたのもテンションアップの一因だった。

 十秒だけとはいえ、酸の泉で自由行動ができるのはデカい。

 さらに、今手に持っている魚は自分と同じくらいの大きさなのだが、天敵がいないのかやたら動きが遅く、それでいて探せばけっこう見つかる。


 おわかりいただけただろうか。〈無敵〉さえあれば獲り放題なのである。

 毒のないことはナヴィに確認済み。もし仮に味が多少アレだとしても、食べられるならそのくらい我慢してやろう。

 そんなことを思いながら……小瑠璃は小躍りしつつナヴィに聞いた。


「ナヴィや。もう一度聞くけど、毒はないんだよね?」


「ないよ!」


「じゃ、なんとか火を起こして食べよっか」


 だが――


「ただ、今の小瑠璃じゃその魚は耐久が高すぎてどうにもできないと思うよ!」


「もっと早く言ってよ」


 台無しじゃねーか。


 しかたなく魚を捨てると、魚たちはずりずりとヒレで這いずって元の住処に戻っていった。


 歩けるのか君たち。

 そして肺呼吸できるのか。


 ぐう、と鳴るお腹をさすりつつ、食べるものがないかと周りを見た。

 が、もちろん骨しかない。


(水はあちこち流れてるんだけどな、ここ)


 一気にやる気がなくなったので、しかたなく本日の食糧調達は断念する。

 小瑠璃はおもむろに骨をかき分け、サンゴの木の下に穴を掘りはじめた。


「どうしたんだい?」


「体力温存のために寝ます。ナヴィ、明日こそ食い物にありつくよ」


「もちろんさ! 小瑠璃が寝るなら、僕もそろそろ寝るとするよ」


 そう言ってナヴィは、小瑠璃がスタンバイしている穴に入る。

 なんで一緒に寝るつもり満々なのかなと思ったものの、小瑠璃はだいぶ面倒になっていたのでスルーした。

 カモフラージュに軽く骨をかぶって、即席の骨ベッドが完成する。


「じゃあ、おやすみナヴィ」


「おやすみ! 小瑠璃!」


 転生一日目。

 波乱万丈な一日が、なんだかんだの低空飛行で終わりを告げたのだった。




 ――――




「はぁ~、今日も散々な一日だったわ」


 ふわふわの赤い髪をゆらして、珊瑚の木の広場に一人の少女がやってくる。

 羊の角、金の瞳、丈の長いクリーム色のコート……数時間前小瑠璃を襲撃した〝怠惰〟の魔族、ベルフェゴールであった。


「皆とははぐれたままだし、人間の女の子には殺されかけるし……私の癒しはこの、この辺りではめずらしい珊瑚樹だけ……ふふふ……」


 うんしょ、とサンゴの木の根元に座る。なんか変な感触がしたが気にしない。

 体育座りである。


「いったい、いつまでこんなホームレス生活を続けていればいいのかしら……」


 膝の上にあごを乗せ、ひとりごちる。


(――君は相変わらず、修行が足りない……)


 ふと思い出した声に、思わず表情を歪めた。


「それもこれも、全部あの化け物のせいよ……」


 ほう、と切なげな吐息が出ていく。

 いつのまにかそれが、すぅすぅと可愛らしい寝息に変わっている。


 なんだかんだ疲れていた小瑠璃とナヴィは絶賛爆睡中だったため、実は存在していた意外な家主の存在にはとうとう気がつかなかったそうな。



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