5、魔族四天王〝怠惰〟のベルフェゴール……改め、ベル子ちゃんです

 



 単刀直入に言うと……ものすごく美少女。


 いや、目の前の女の子の話。

 いきなり他人様の背後をとった上、すっごい大声で『魔族四天王なんちゃらなんちゃら!!』と鼓膜に大ダメージを与えてくれやがったときはなんだこいつと思ったが、よく見なくても超がつくほどの美少女ではないか。


 ふわふわの赤い髪、勝ち気そうな金の瞳。

 年はたぶん14か15で、同年代。低い背に似合わない、やけに丈の長いクリーム色のコートをはおっている。魔族とかなんとか言っていたのを裏づけるみたいに、羊っぽい巻き角が頭の横から生えていた。


 で、胸がデカい。


「…………………………」


 デカい。


「…………………………とりゃっ」


 とりあえず問答無用で放っておいたグーパンはあっさり避けられ空を切った。


「ちょ、なんで初対面の人の胸に攻撃撃ち込んでくるわけ!?」


「いや胸が沈むかなと思っ……間違えた。急に耳元でおっきい声出されたから、びっくりしてつい」


「あ、それはごめんなさい」


 あれ、素直に謝ってくれたぞ。

 意外にいい人なのかなと思いながら、小瑠璃は初撃が失敗に終わったのでさりげなく距離をとる。

 と、すっかり出鼻をくじかれたという感じの彼女がおずおずと言った。


「その、ついテンション上がっちゃって。……ええっと、もう一度言うわね。私はベルフェゴール。ベルフェゴール・メラン・ディー。魔族四天王の一人よ」


「ほう、四天王とな」


 四天王といえば、あれか。あーるぴーじーとかでけっこう定番なやつか。

 まあ、別にいてもおかしくはない。なにしろこの世界はダンジョンなんてものがあり、モンスターがひしめいているファンタジー世界なのだから。

 だから魔族がいてもおかしくないし、四天王が立ちはだかって『ククク……だがヤツは四天王の中でも最弱……』なんてやりとりがあってもおどろかない。…………でもね?


 ちょーっと、早すぎないかな?


 と、そんな小瑠璃の疑問をよそに、似合わない厳つい名前を名乗った超絶美少女ベルフェゴールがきつくナヴィをにらみつけながら言った。


「空間の歪みを感じたから見に来てみれば……そこの神使! まーた罪もない一般人をこんな場所に送り込んできたわけっ!?」


「小瑠璃、あの娘強いよ。気をつけて!」


「会話してあげなよ」


 まあ強いのはわかる。なにせ四天王だ。…………魔王とか、ひょっとして魔神とかもいるんだろうか、アレーナここ

 この初期状態でそんなのに遭遇するのは流石に御免だなーと思いつつ、今も大概なことに気づいて小瑠璃は乾いた笑いをのみこんだ。


 ……まあとりあえず、まずはこの状況を切り抜けないといけない。魔族だし、あきらかにナヴィを敵視しているし、一応この人は敵陣営のお方なのだろう。

 小瑠璃はそう判断して、よーし頑張って戦おうぜなんてことは微塵も思わず、迷わず逃げの一手を打つことにした。


「まあ、いいわ。今はそっちの貴女に用が……」


 さいわい、さっきさりげなくとった分で若干だが距離は空いている。流石私は先見の明があるなと思いながら、ベルフェゴールを遮って言う。


「というわけで、私逃げますんで」


「へ?」


 何が『というわけで』なの? みたいな顔をする彼女を置き去りに、くるっと背を向けて猛ダッシュ。


「おお、我ながらめちゃくちゃ速い」


「転生補正に加え、〈魔装〉で変身している恩恵だね!」


 小瑠璃の肩にしがみついたナヴィが言う。なるほど。道理で今なら百メートル五秒切れそうな気がするわけだ。

 しかし、それで逃げ切れるかは別の話みたいだった。ベルフェゴールが小瑠璃の背中に右腕を向けながらぼやく。


「……なにあの子、行動にためらいがなさすぎるんですけど」


 その手のひらから放たれた魔力の波を、当然みたく感じ取れるようになっていることにツッコむ余裕はなかった。


「まずい! 小瑠璃よけて!」


「ごめんもう食らった」


 全速力で走っていた足が突然ぴたりと止まる。走る勢いのまま、小瑠璃は思いっきり地面に倒れ込んだ。


「体が、動かない……?」


 最初は足だけに起こっていた現象が、ゆっくりと全身に広がっていく。よく見ればすぐ前に酸の泉があって、あっぶねーとつぶやいた。こんな状態で落ちてたらと思うとゾッとしない。


(いったい、何が……?)


 そう思っていると、悠然と歩いてきたベルフェゴールが小瑠璃の隣に立った。


「所詮、成り立ての転生者ね。そんなあなたが四天王でも最弱の、このベルフェゴール様から逃げようなんて夢のまた夢というものよ」


「何故そんな誇らしげに最弱を名乗れるのか」


 口だけはまだ動く小瑠璃である。

 ていうか、ん? 今転生者って言った? けっこういるのか、そういうの。


「これは……〈スロース〉の魔法!」


「ちょいちょい話ぶった切ってくるね君は」


 まあナヴィが話を聞かないことはすでに察しているので別におどろかない。黙って続きを聞くことにする。


「いいかい小瑠璃、この世界の生き物はみんな、『魔法』や『スキル』を持っている! この魔法は〈スロース〉! あらゆるものを自在に停止させる魔法だ!」


「なるほど。して対抗策は?」


「……ねえねえ、とどめさしていいかし「ごめんちょっと待って」あ、うん」


「で、対抗策は?」


「対抗策か……魔力のステータスがもっと高ければ、あるいは防ぐことができたかもしれないね」


「待って。今すごい初耳のシステムが出てきたんだけど」


「説明してなかったかい? 魔法やスキルと同じく、この世界の生き物はみんな『ステータス』というものを持っているんだ!」


 それ絶対説明してないよ? 読み返してみ? と言うヒマもなく話は続く。


「そして他の生き物を倒すことでレベルアップを重ね、どんどん強くなっていく! それがこの世界のシステムなんだ! ちなみに小瑠璃の初期ステータスは僕らが独断で振り分けておいたよ!」


「ふざけんなと言いたいけど、オーケーわかった。で、魔力は?」


「……正直、ノリで物理に振りまくったことは担当者各位を代表してすまないと思っているよ!!」


「ふざけんな」


 てめー今日の晩ご飯はトンカツだかんな。

 そんなそこはかとない虚無感とともにベルフェゴールの方をちら見すると……あ、もうちょっと待ってくれそうだった。

 あとなんかものすごく同情されている。


「大丈夫、あなたが負けても別に殺しはしないわ。ただちょっと私に拘束されるのと、今日の夕飯が何故かトンカツになるだけよ」


「それはありがたいけど、私負けるの大嫌いなの」


「えっ、逃げるのは?」


「逃げるは勝ちにカウントします」


 とはいうものの、ここから逆転する方法はなさそうだ……いや、待てよ?


 この世界の生き物はみんな、スキルや魔法を持っている。ナヴィはそう言った。それは自分も例外ではないはずだ。

 つまり――ここから先、なにかしら都合のいい特殊能力による怒涛の逆転劇が用意されてる可能性だってなきにしもあらず、ではないのか。


 ――いや、そうに違いない。


 そう、求めるのは逆転の一手。

 もう〈魔装〉があるとかそんなことは置いといて、目の前の希望をつかみ取るべく、小瑠璃は全力で手を伸ばす。


「ねえナヴィ、私の魔法とかスキr」


「ごめん! ひとつスキルをプレゼントしようと思ってはいたものの、あとからサプライズで適当にあげようと思ってたからまだ用意してないんだ!」


「クソッタレが」


 ここまでか、小瑠璃は目を閉じる。

 だが天はまだ彼女を見捨てなかったようである。


「ランダムルーレットでいいなら今すぐ用意できるよ?」


「じゃあそれで」


 さっき適当に用意するとか言ってやがったし、それならむしろランダムでかまわないと小瑠璃は思った。別にやけくそになったわけではない。

 とはいえ、文字通りの賭けだと気を引き締める。


「……あ、ごめんねベル子ちゃん、待ってもらって」


「あ、ううん、私もちょっと見届けたくなってきたからってベル子ちゃん!?」


 突然のあだ名に驚愕する魔族四天王はさておき。

 ありがとう、と謎の友情とスルースキルを同時に発動させつつ、どぅるるるるるるーっとどこからともなく鳴りはじめるルーレットに、小瑠璃は己のラックの全てを賭けた。


 そして、


「おめでとうっ! 小瑠璃は〈無敵(インビジブル)〉の魔法を習得したよっ!!」


「ストップくらい言わせてよ」


 文句を言った瞬間、全身を虹色のオーラが包み込む。

「きゃあっ!」とオーラに触れたベルフェゴールが当然のように弾き飛ばされた。


「そ、それは〈無敵〉!? さながら星を入手した配管工のごとくあらゆる干渉を跳ねのけ、触れた敵をことごとく消し飛ばすという、あの〈無敵〉!?」


「ベル子ちゃんなんでマ●オ知ってんの」


 相手の謎知識に首をかしげつつ、今なら勝てそうな気がしていた。

 光に包まれた自分の体を見下ろす。〈スロース〉の魔法も〈無敵〉で打ち消されたのか、体は自由に動かせるようになっていた。


「来ちゃったよ、怒涛のご都合逆転劇。ものすごい雑なやつが」


 しかし、どれだけ雑だろうとこのチャンスを逃す手はない。


「くっ、今日のところは見逃してあげておいてあげるっ!」


 あわてて離れようとしたベルフェゴールの腕をがしっとつかむ。無敵状態になるだけでなく、心なしかスピードも上がっているようだ。ステータスとやらに補正でもかかっているのかもしれない。検証が必要そうだ。


「ちょ、痛い痛い痛い痛いめちゃくちゃ痛いっっ」


 虹色のオーラに浸食されて涙目になるベルフェゴールの声を聞きつつ、〈無敵〉の性能スペックについて分析していく。


「あれ、消滅しないよ? レベルとか熟練度が足りてないのかな?」


「怖いこと言わないでよっ!」


「接触面積の問題かな。ちょっとぎゅっとしてみていい?」


「や、やめてよ。死んじゃう……」


 だが小瑠璃は無慈悲な無表情で、


「とりあえず、ベル子ちゃんには実験台になってもらおう」


 直後、いたいけな少女の悲鳴がダンジョンに木霊した。



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