3、覚醒の魔法少女(笑)



 

 どこからか声がする……


「小瑠璃……小瑠璃……僕の声が聞こえるかい?」


 誰の声だっけ……ああ、謎の声さんの声だ……


 ……体がやたら重い。そういえば、ネズミの子に体当たりで吹き飛ばされ、さらに壁にぶち当たってぶち抜いて酸の泉に池ポチャしたんだった。我ながらひどい目にあったもんだと、小瑠璃はぼんやりした意識のまま感心した。


「大丈夫かい? 胸と背中は痛くないかい?」


 うん、大丈夫だよ……なんでだろうね、胸や背中よりむしろ、足が痛いんだ……


「それはまだ足が酸の泉につかっているからだよ?」


「一気に目ェ覚めたわサンキュー」


 一瞬気絶していたようである。一瞬でよかった。

 ばしゃっと足を引き抜く。ちょっと溶けてヌルっとしているが、まあ、歩けそうだ。よかったよかった。ほんとによかった。


「よくないよ! 一部、筋肉がむき出しになっているよ!」


 こら、せっかく人がポジティブシンキングしてるんだからグロいこと言わないでよ。そう思いつつ小瑠璃は言った。


「女は度胸、そして根性なのよ」


 足など何も痛くはない。そう思いこむのだ。

 すると、まちがいなく錯覚だが足の痛みがやわらいでいくではないか……今度は胸と背中の痛みが再発したではないか……


 差し引きゼロだったわ。


「まあ休んで治るものでもなし。リハビリがてら薬になるものでも探そっか」


 我ながら無茶苦茶言ってるなと思いつつ、小瑠璃はよっこらせとちょっと溶けた足で立ち上がった。あ、普通にめちゃくちゃ痛い。

 でもまあイけるでしょと根拠のない自信とともに歩き出そうとしたそのとき、謎の声さんが言った。


「このあたりに薬になるものはないはずだよ!」


「マジかー」


 一気にやる気をなくした小瑠璃はどっこいしょと座りこんだ。

 つるっつるを通りこしてぬめっぬめの美肌をさわる。うーん激痛。だがもう少しでぬめっぬめを通りこし、どろっどろに溶け出していたことを考えれば、まあ。


「しかたない。我慢するしかないか」


 サクッと割りきると、謎の声さんが首をかしげる気配。

 どうしたの? なにか言いたいことあるの? と思っていると、


「なぜ変身しないんだい? 変身すればそのくらいの怪我なんてことないのに」


「はぁ?」


 と思わず素っ頓狂な声が出た。


「待て待て。お互いもっと歩み寄ろう。私の気のせいじゃなければなんだけど、初耳だよね? そのワード」


「そうだったかい?」


「そうだったよ。さもチュートリアルはすでに終わってるぜみたいな雰囲気出してるけど、ちがうからね? さっきから割とちんぷんかんぷんだからね?」


「――わぉんっ!」


 と、そのとき聞き覚えのある鳴き声が洞窟の向こうからやってきた。

 いやな予感を感じつつ声の方を見てみれば、吹き飛ばされてきた先から走ってくる黒い影が見える。ええいこんな時にと思うまもない。めっちゃ速い。


「なんかさっきの子が追ってきてるくさいんすけど」


「やばいよ小瑠璃! このままだと殺されるよ! じゃれつきで!!」


「サザン●ラか私は」


 ゴ●ンダでも可。ともあれ、このままでは第二の人生の方がクッソ面白い死因になりそうだった。

 できればそれは避けたいが、足のでろでろ化がさっきより進んでいて立てない。酸のスリップダメージは泉を出てもしばらく持続するようだ。性質悪いな。


「小瑠璃! ヤツのじゃれつきを耐えきるには変身するしかない! 変身するんだ! 早く!」


「変身してなおフルボッコ前提なのは置いとくとして、さっきから一言も変身方法に触れてないことに早く気づこう?」


 そう思い口に出しもしたが、空気を読んで、なんかこう、それっぽいポーズ(?)を取ってみる。

 突如としてまばゆい光が小瑠璃の全身を包みこんだ。


「こんなんでいいんだ?」


 アバウトすぎだろと思っているあいだにも、ボロボロだった制服が変化していく。


 両足の爪先からはじまって、くるぶし、ふくらはぎ、ふともも、腰回り……同時並行で指先、手、腕、肩……と変化していき、光は最後には青い粒子になって、一気に弾けた。


「おー、なんか変身した」


 無表情で言う小瑠璃の体はいつのまにか、魔法少女テイストのなんかそれっぽい青色のドレスに包まれていた。


「あ、変身って魔法少女なのか。てっきりラスボス第二形態みたいなのだと思ってセリフ考えちゃったよ」


「よし、次は念じるんだ! わが手に武器を!」


「相手してよ」


 しょうがないなと小瑠璃は念じた。どうやらこのお話は魔法少女モノらしいので、なんかこう、いい感じのステッキでも出ればいいな、と念じた。


 ガンタッカーが出た。


「どうすんのこれ。お父さんがよく使ってるやつじゃん」


 ぽわわわ~んと青い光が手のひらに集まって、そして生まれた物体を、死んだ目で見つめる。


 お値段はりますよと言わんばかりの、無駄にゴツゴツとしたボディ。

 魔法少女()要素など微塵も感じさせないメタリックな光沢。


 唯一の良心といえば、ドレスと同じ青色を基調としているところだろうか。かといってドレスに似合うかといえば「うーん……」なのが絶望的に救えない。


 別名ステープルガンともいうそれは、ホッチキスの親玉にして、日曜大工に大人気のガンタッカー。ホッチキスよりだいぶパワフルに針を撃ち出してくれる、ガンタッカーである。


「ホントどうすんのこれ」


「今だ! その装備をがしょんがしょんと言わせることで相手の興味を引き、突進力を削ぐんだ!」


「なるほど」


 小瑠璃は考えるのをやめた。


 がっしょん! がっしょん! がっしょん!


 心なしか目をキラキラさせて、マロククネズミの子供は吐き出される針を見つめる。いったい何がおもしろいのだろ……もとい、どうやら気は引けたようだ。


 こうして無事突進力がダウンしたネズミの子。それを全身全霊で、


「受け止めるんだ、小瑠璃!」


「よっしゃ」


 変身で身体能力が上がったのか、立てないながらもなんとかふんばりのきく体勢を取って、神経を集中させる。


 放り捨てられたガンタッカーが泉に落ちてせつない音を立てた。というか溶けた。「哀れな……」と自分でやっておいて思いつつ、気にするのはやめる。


 なにせ、ここで吹っ飛ばされればガンタッカーと同じ運命、酸の泉に池ポチャである。それはいただけない。一度ならネタで熱湯風呂に入らされる程度の被害だが、そう何度もつかっていてはまるで本職のリアクション芸人だ。


 小さな体が地面を踏んで、何が気に入ったのかふたたび小瑠璃の大平原……いや、くぼ地につっこんでくる。お前今度は爆心地にする気か。

 こなくそ、と強化された動体視力でそれを見きり、すばやく両手で受け止める。


 ずん、と重い衝撃。相手は野球のボールサイズなのにもかかわらず、手首が折れそうになる。ふんばった足がめちゃくちゃ痛くて笑ってしまいそうだ。

 だが、耐えた。


 受け止めたネズミを、とにかくどこでもいいので、洞窟の闇に向かって全力でぶん投げる。相手はものすごい勢いで飛んでいき、すぐに見えなくなった。


「どうよ謎の声さん。世界最強のネズミがなんぼのもんだ」


 よし、とガッツポーズ。

 ここがどんな危険なところか知らないが、生きのびてみせるぞ私は。そう、一連の攻防によって微妙に上がったテンションで思う。


 ともあれ、これで危機は去った……

 かに見えた。


「流石だよ小瑠璃! その調子であと一時間! 耐えてみようか!」


 んん?


「どういうこと?」


「マロククネズミの子供はね、一度興味を持ったものにはしつこいんだ!」


「なるほど」


 死んだ目で闇の向こう側を見ると、ちょうど、再度突撃を敢行し、五秒で戻ってきたネズミの子がそこから飛び出してくるところだった。


 足は……スリップダメージ継続と、下手に受け止めたせいでさらに悪化している。どうも逃げられそうにない。


 ぽりぽり、と頬をかく。


「マジかー」


 一気にやる気をなくした小瑠璃は、あきらめてボコボコにされた。



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