2、転生→裏ダン=\(^o^)/オワタ




 転生した、という実感はほぼなかった。まあ、そもそも死んだ実感からしてほぼなかったのだが。


 転生した小瑠璃は、とある国の王族として生まれ、美貌と才能と人望を兼ねそなえた完璧超人王女ということになっていた。


 なんてことはなかった。




 目を覚ました小瑠璃は、いつもの制服姿で、けれどまったく見覚えがない洞窟の中に立っていた。


 ちょっと見ただけだが、とんでもなく大きな洞窟だとわかる。

 地面や壁はたっぷりとしめっていて、天井からポタポタと水滴が落ちてくる。あちこちに生えたキノコはぼんやりと白く光って、アリの巣のように入りくんだ洞窟を照らしていた。


「ふむ、どこだここ」


 つぶやきに反応して、どこからか声がする。


「世界迷宮アレーナの第1層――深淵回廊アビスさ!」


「1層とは思えない圧力を感じる」


 1層でアビスなら、他の階層はいったい何ビスなんだ。

 あと世界迷宮ってなんだろう。やっぱり世界一の迷宮ってことなのだろうか。と、そんな疑問はスルーして声は続けて言った。


「アレーナには今のところ三つの階層が確認されているんだ。探し物は3層より上なはずだよ!」


「あ、上に上がるんだ」


 じゃあ上ってみるかと、小瑠璃は歩き出した……ものの、どこをどう行けばいいのか、見当もつかない。


「ねえねえ謎の声さん、上に行く道はわかるの?」


「もちろんさ! 上層に上がれそうなポイントはばっちり頭に入ってるよ!」


「なんだ有能じゃん。なら楽に……」


「――ただ、現在位置がわからない」


「無能だったかー」


 これは、先に衣食住を確保するべきだろうか?


 薄々そんな予感はあったが、どうやら自分に与えられた第二の人生は、第二の人生という名の迷宮サバイバル生活だったようだ。重たい。

 まあなんにせよ、周りを把握しないとはじまらない。上を目指すにしろ、生活基盤を整えるにしろ、必要なのは情報だ。


「とりあえず歩くか」


 そう言って、しばらく、歩きつつ巨大洞窟を観察していく。

 危ないもの、利用できそうなもの、寝床にできそうなところ……謎の声(無能)と会話しつつ、ひとつひとつ、確かめていく。


「ところどころのくぼみに青く光る水が散見されますけれども、あれはなんでしょうか解説の謎の声さん」


「酸の泉だね! 普通の人間なら、さわった瞬間あとかたもなく溶けてしまうよ」


 こえー。


「そこらじゅうにある光るキノコ、食べられる?」


「食べられるよ。でも強い魅了の魔力を持っていて、食べると最初に見たものに一目ぼれしてしまうんだ」


「なるほど、天然の惚れ薬なのか」


「うん。魅了チャームにかかって酸の泉に猛アタックを繰り返すネズミとか、たまに見られるみたいだね!」


「あ、非生物に対しても魅了適用されるんだ?」


 超こえー。

 そんなキノコだが、ひょい、と酸の水たまりを飛びこえながらもぎ取る。非常食にはなるだろう。たぶん。


「ネズミとかいるんだね。こんな場所でも」


 と、そう言ったとき、目の前を小さな黒い物体が通りがかった。

 噂をすれば影、ネズミだ。


「もしかして、あれ?」


 謎の声は「うん!」と元気よく返事したあと、


「アビスに生息するモンスターの一種、『マロククネズミ』の幼体だよ!」


 と言った。

 小瑠璃は一瞬それをスルーしかけて、「……モンスター?」と繰り返した。ようするに、あれか、迷宮と書いてダンジョンと読む世界なのかここは。


「あー、なるほど、そういう世界観ね」


 聞いてねーぞと心の中でブタ神様に呪詛を吐く。こちとら快諾してやったんだ、事前に行き先の説明するくらいサービスしてよ……まあいいや。


 立ちどまった手乗りサイズの黒いネズミが、わんっ! と鳴いてこっちを見てくる。ネズミってなんだろ……いや、もう何も言うまい。きっと人間がめずらしいのだろう。


「めずらしいといえば、ここって他に人いるの?」


「いないよ!」


「マジかよ」


 聞いてねーぞと思いながら、小瑠璃はちょっと複雑な胸中になった。ということはつまり、下手したら一生ひとりぼっちなのか、私……


 ナチュラルに謎の声を除外しつつショックを受ける小瑠璃へと、くぅーんと鳴きながら子ネズミが近づいてくる。


(かわいい)


 そう思った小瑠璃は無表情で言った。


「食べれる?」


「(病原菌さえ無力化できれば)美味だよ!」


 なら確保しよう。……ものすごく聞き捨てならないことを言われた気がするけど。


「ちっちっち、怖くないよ、おいで。君は今日の晩ご飯だ」


 突如展開された悪魔の罠に対して、子ネズミはじつに無邪気だった。わぅんっ! と尻尾をふって、ものすごい勢いで走ってくる。

 遠慮もなにもない、そう、まるで帰宅直後の飼い主に飼い犬が突進して、そのままじゃれつくみたいな……

 というか普通に突進だった。


 手乗りサイズの体が差し出した腕を通りすぎて、ぺったんこの胸板にぶつかる。

 あれ? なんか衝撃強くない? と思った次の瞬間、


「ぐっはぁぁっ!?」


 女子が出してはいけない声を出しつつ、信じがたいことに洞窟の壁をぶち抜いて、何十メートルも吹っ飛ばされていた。


「ごほっ、げほっ。え、なにあいつ」


「『マロククネズミ』は世界最強のネズミさ。人なつっこいけど、小さなドラゴンと思ったほうがいいね」


「ドラゴンって……マジ?」


「うん、マジ」


 えー、そんなのいるの? この洞窟。

 そう思いながら、謎の声に納得のうなずきを返す。


「なるほど、酸の泉に猛アタックをわけだ」


 酸といえば、なんか全身がじゅうじゅういってますね。


「溶けてんじゃねーか」


 飛ばされた勢いで酸の泉に入浴していたらしく、入浴剤のしゅわしゅわを彷彿とさせる泡立ちが周りで起こっていた。死ぬわ。

 突進を食らった胸と壁にぶつけた背中が死ぬほど痛むが、うめきつつ、なんとか脱出しようと体に力をこめる。


「うわ、制服が溶けて痴女みたいになってる……あれ、その割に体はそんなに溶けてないね……」


「転生補正のおかげだよ。転生前だったら最初のじゃれつきでミンチだったね」


「ああ、そういやチートくれるって言ってたっけ」


 ていうかミンチて。

 どおりで、胸に穴が開いたような感覚があるわけだ……よく見ればマジであるし穴、開いてないものの、めこっとへこんでるし……


「生命力だとか、耐久力だとかを超強化したんだ。ここのモンスターを相手にするなら弱すぎるくらいだけどね!」


 それチートって言わなくね? だとか、じゃあもっといいチートよこせよ、だとか、言いたいことはたくさんあったが、ちょっと気の滅入る現実を察してしまって、それどころではなかった。


 胸がへこんだこt……って、ちがう。気にするとこはそこじゃない。


 ここのモンスターを相手にするならと、謎の声は言っていたけれど、なるほど。

 こんなのいるの? じゃない。

 こんなのしかいないのだ、ここは。


『そんくらいせんと五秒で死ぬぞい』


 ブタ神様の声が脳内でリフレインする。


 五秒で死ぬぞい……


 死ぬぞい……


 ぞいっ……ぞいっ……


 ぞいぞいうるせえぞと思ったところで、すぅっと気が遠くなる感覚。


「あれだ……チート使って終盤にレベル1勇者放りこんで、わざと殺して遊んでた兄貴のゆがんだ性癖を見てしまったときと、同じ気分だ……がくっ」


「細かすぎて伝わらないよ小瑠璃」


 どうやら、前途は思っていたより多難なようだ。

 なんとか泉からはい出たところで、意識は完全にどこかへ飛んでいってしまった。



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