転生少女の裏ダンジョン攻略記~チート転生したけど敵の方が強かったもよう~

アオイライト

一章:迷宮ホームレス編

1、ブタの神様と女子中学生



 それは、四月のとある一日のこと。

 始業式の帰り道を歩いていたはずの沙ヶ峰小瑠璃さがみねこるり(15才)は、なぜか、どこまでも白い空間に立っていた。


「おっかしいな。幸せになれるクスリの類はキメてないはずだけど」


 ぽりぽりと頬をかきつつ、小瑠璃は無表情でつぶやく。


 不思議な空間だった。

 天井はどこまでも高く、壁はどこまでいっても見当たらず、床はあるのかないのかわからない。

 空間いっぱいに、神秘的な白い煙が立ちこめている。が、何かおかしい。


 これは……うーん、何のにおいだろう?


 考えて、はたと思い当たる。そうだ。ブタのしょうが焼きだ。そこらじゅうから、なぜか、今晩作ろうと思っていたブタのしょうが焼きのにおいがしているのだ。意味わからん。


「ねえブタさん、ここはどこですか?」


 あまりに意味わからん状態なので、思わず隣にいるブタに話しかけてしまった。何言ってんだ私と思った。


「ここはな……天界じゃ」


「……」


 何言ってんだこいつ。


「うわ、クスリを摂取した可能性がだんだん否定しきれなくなってきたな……どうしよっか、うちの親そういうの厳しいんだよね」


 それか、現代社会の過剰なストレスによって生み出された幻覚だろうか。今年とうとう受験生になってしまった私の心の弱さが、このしょうが焼きのにおい漂う謎空間と、一匹のブタを生んだというのだろうか。


 そう思って、小瑠璃はちょっとだけ自分のセンスに絶望しながら、無気力な目でブタを見つめた。

 ブタはなんか思いっきり小瑠璃を見下して、こう言った。


「小さき者よ……ひかえおろうっ! 我はぁ、神なりぃぃっ!」


「なんだ神様か」


 幻覚じゃないなら安心だ。

 親に怒られる筋合いも自分に絶望するいわれもないと判明したので、ノリに任せて跪いておく。で、言った。


「あの、帰っていいすか」


「駄目だ!」


 ブタはニャーと鳴いて首をふった。ブタってなんだろうと小瑠璃は思った。よく見たらなんか天使っぽい羽も生えてるし。


「や、でも今日うちの母親8時帰宅なんで、私が飯作ってお風呂わかして洗濯物取り込まねばいかんのですよ」


「――貴様、わしがブタに見えておるな?」


「話聞いてよ」


「貴様こそよぉく聞けい! それは貴様の欲望の証左。貴様の方こそが、食欲に憑りつかれた浅ましきブタぁ! 服を着たブタぁであることの証ぃっ! ぬぁぁんたる愚かしさっ! 吾輩はブタではなぁいっ! 翼持つブタ、神なるブタであぁぁぁぁるっ!」


「ブタじゃねーか」


「さて、貴様を呼んだのは他でもない」


「すごいな、さっきから驚くほどコミュニケーションしてないぞ」


 今んとこ全く全然これっぽっちも状況を把握できてないんですけど。まあ、別にいいっちゃいいんだけど。

 そんな中途半端な思いは案の定スルーされ、ブタは大声で怒鳴った。 


「小さき者よ、聞いておどろけぃ!」





 そうして自分がすでに死んでいることが二秒で明らかにされたのだった。





「まるで心当たりがない」


「正直、貴様をクッソ面白い死因で殺してしまったことはすまないと思っておる」


「なんすかそれ」


「うむ、記憶が混乱しておるのだな。実はな、こうな、我が食い終わったバナナの皮を地上に投げてな。始業式とやらの帰り道、貴様がそれを踏んだのだ」


「……なるほど。それで?」


「すべったものの何事もなく着地した貴様は、その翌朝、交通事故で死んだのじゃ……」


「バナナ関係ねえ」


「そこで我は思いついた。慈悲深くも貴様を転生させてやろう! とな」


「相手してよ」


「転生先は一日一晩寝ながら考えてある。赤子からやり直すのも面倒だろう、貴様は貴様のまま旅立つがよい。それが我にできるただ一つの償い……おお、忘れるところじゃった。貴様に一つ使命を与える! ありがたく聞けい!」


「……えーっと」


『それ実質転移じゃない?』


 とか、


『償いなら使命与えるなよ』


 とか、


『そもそも償う必要ないから普通に処理してよ』


 とか、色々、言うべきことはあったのだろうが、


「なるほど」


 面倒なのでこれで済ました。

 だって人の話聞かないんだよこの人。


「転生した世界のどこかにある『とある物』を手に入れ「なるほど」形はわから「なるほど」しかし見れば必ず「なるほど」名も、先入観を与えないため伏せておいた方が「なるほど」……」


「なるほど、だいたいのことは察した」


 話を聞き終わり、無表情でうなずく。


「ようは転生させてやるとか言って恩を着せつつ、あなたみたいな神様(笑)でも簡単には見つからないその何かを私に探し出せというのね」


「うむ、その通りである!」


「あなたみたいな清々しいクズは嫌いじゃないよ」


「そうか! では、貴様のメリットは特にないが、やぁぁぁってくれるなっ!?」


 ブタはやけに力のこもった口調で言った。骨の髄までクズだな、ある意味すごいなこの人と思いつつ、たぶん目をつけられた時点で詰んでたのだろう小瑠璃はこくりとうなずいていた。


「よかろう。ちなみにイヤだと言っていたら?」


「くくくく、次の転生先をブタにしてくれようぞ……!」


「さも罰ゲームみたいに言ってるけど、あなたの種族だよね? いやまあ、引き受けるから関係ないんだけど」


「では旅立ちの覚悟はよいな? 覚悟がなくとも今すぐ旅立ってもらうが、覚悟はよいな?」


 じゃあ聞くなよと思いながらうなずく。すると、床に穴があくんだろうなーと思っていたのだが、ブタがガバッと大口を開けた。食うのか。別にいいけど。


 まあそれはそれとして、本当の予想外はこのあとだった。


「おお、そうじゃ。言い忘れていたが、転生するにあたり、貴様には力を与える。いわゆるチートというやつだな」


 チート……? なるほど、そういうのもあるのか。

 そんなことを思ったものの、これも予想外とは少しちがう。本命はその次、


「くれるって言うんならもらうけど、捜し物にそんなの必要?」


 そう聞かれたとき、神様はさらりと言った。


「そんくらいせんと五秒で死ぬぞい」


「マジかよ」


 いや、そんなさらりと言うことじゃなくない? むしろ最初に言うことじゃない?

 って、なにさっさと吸い込んでなかったことにしようとしてるのさ。


 こんなふうに色々言いたいことはあったが、ゆっくりおどろいているヒマも「ちょっとタンマ」と言う隙も「どんな魔境に飛ばす気だあんた」と聞く時間もなかった。吸引が開始され、小瑠璃はブタの口に呑みこまれていく。


 暗くてあたたかい闇の中、ゆっくりと、意識も何もかもが溶けていく感じがした……









「……沙ヶ峰小瑠璃、であったか。……信じるしかあるまいな。我が嗅覚が選び出した、あの者を……」









 とかなんとか、唐突なシリアスムードに神様が突入しているとはつゆ知らず、うすれつつある意識の中で、小瑠璃は気力を振りしぼって口を開く。

 どうしても、これだけは言わなければならぬと、自分を叱咤激励しつつ、言った。


 私も言い忘れてたけど……

 口調とか、せめて一人称くらい統一しようよ、ブタ様……





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