第223話 木立のなかの二人
昼さがり。
昼食を終えた俺は、
「モーリスお兄様の演出には本当、驚かされました」
「まったくだよ……騒動のあと、コンスタンティン様の私室で同席したんだが、そのとき俺の本名を告げた理由を聞いてもニタニタしているだけで教えてくれないし」
「ふふ。お兄様にも考えあってのことだと思います。七日後の任命式が今から待ち遠しいです」
考えあって、ね……
そのことについて俺なりにいろいろと考えてみたのだが──結局モーリスの頭の中のことなど俺がわかるはずなかった。
唯一これか、と思えるのは七賢人議会に向けての牽制ぐらいのものなんだが……
「ただの嫌がらせじゃないことを願いたいよ」
そう言いながら俺は、モーリスのにやけ顔を頭から振り払った。
「ラルクロア様。もう素性を知られたのですからお昼は湖畔の白宮にいらしてもよろしいのでは……なにもあのような場所で……」
ミレアは食堂の片隅で、隠れるように昼食をとっていた俺になにか言いたい様子だ。
「いや、意外とあそこはいい場所だぞ? 眺めもいいし」
「ですがラルクロア様……」
気遣ってくれるのは有難いが、面倒事に巻き込まれたくない。
ラルクロア=クロスヴァルトとはつまり無魔の黒禍なのだから。
学院だけでなく都中に知れ渡ってしまったら、今までとは違う生活を余儀なくされるだろう。
もう手遅れかもしれないが。
幸いなことに、今日はまだクラス以外の生徒に見られていないようだが、なるべくなら今まで以上に目立つような真似は控えたい。
「普段通りにしていろってライカ教官からも言われてるしな。──だがミレア。どうして俺をそう呼ぶ?」
さっきからミレアは同級生らしからぬ敬称で俺の名を口にする。
「ふたりきりのときはお許しいただけませんか? 何度も都を救っていただいたラルクロア様に対して相応の敬意を払いたく思いますので」
「クロスヴァルトを出た時点で俺は平民だ。それは今も変わりはないんだが」
「…………」
「……まあ、ふたりきりのときに限ってというのなら……」
黙るミレアに渋々そう言うと──
「ありがとうございます!」
ミレアは美しい顔を綻ばせた。
◆
「それで例の件、なにかわかったか?」
俺は午後の実技訓練が始まる前に情報を整理しておこうと早速ミレアに訊ねた。
「はい。まずあの衛兵はお兄様が派遣した兵で間違いありませんでした」
「それはどうやって調べたんだ?」
「え……? クレイドルお兄様に直接お訊ねしましたが」
「直接……そうか。まあ、それが一番手っ取り早いよな……」
モーリス曰く、クレイドル殿下の件は水面下で、とのことだったが……
そのことはミレアに伝えていなかったのだから、いまさら仕方のないことだろう。
「なぜあの場所に兵などを、と質問したところ、特に意味は無い、とおっしゃっていました」
意味は無い……
「殿下はどのような御顔をされていた?」
「執務をされながらでしたので、表情まではわかりませんでした。ですが、ほかにもいろいろと質問したところ、お前には関係のないことだ、と、最終的には叱られてしまいました」
まあそうなるだろな……
「そうか。ありがとう。祠の封印についてはどうだった?」
「魔術指南の先生や、城で最年長にあたる婆やにもそれとなくお伺いしてみたのですが……封印の解き方は誰も知らない様子でした」
封印の解き方の手がかりはなし、か……
「……そうか。わかった。ありがとう」
「ラルクロア様の方はいかがでしたか?」
「昨日一日かけて関係のありそうな書物を片っ端から読み漁ってみたが……こっちもあまり有益な情報は得られなかった。地揺れの原因も特定できず、地下神殿についてもどの書物にもそれらしいことは書かれていなかった」
「そうですか……」
「ただ、それでもいくつかはわかったことがある」
俺はミレアに、地下は迷宮のようになっていて都中に張り巡らされていることや、大昔にはその迷宮で発掘した魔道具などが高値で売られていたこと、そして何百年も前に落盤事故があった後は完全に閉鎖されたことなどを伝えた。
「……それはわたくしも知りませんでした」
「かなりの事故だったそうだからな。二度と立ち入るものが出ないよう、厳重に封鎖されてきたんだろう。そのことを知るのは今ではごく少数だと思う。そして最後に、これが一番の収穫だが──」
俺は立ち止まり、ミレアの方へ身体を向けた。
ミレアも俺にあわせて立ち止まると、ふたりは向き合う姿勢になった。
「──地下の空間は青の湖と地下水路で繋がっているということ。要するに地下にも湖が存在するということだ。このことがわかっただけでも時間の無駄にはならなかった」
「地下にも湖が……でもそのことがなぜ一番の収穫なのでしょうか」
ミレアが不思議そうに首を傾げる。
俺は再び歩き出しながら説明を続けた。
「残された魂。まだ記憶に新しいと思うが巨神を形成していた核となるモノだ。そしてそれは青の湖の底に沈殿していた。ということはつまり──」
「まさか、繋がっている地下の湖にもその残された魂が?」
ミレアが正解を言い当てる。
「そう考えるのが妥当だ。城の水路が再び黒く変色した理由もこれで説明がつく」
「で、では近いうちにまたあの恐ろしい魔物が!?」
振り返ると青い顔をしたミレアが両手で口を押さえている。
「そこまではわからないが……可能性はある。俺は今夜そのことを陛下に報告するつもりだ」
「なんてこと……」
「なに。相手が判明すれば対策が打てる。しかもアイツには二度も、いや、一度か。とにかく完膚なきまでに討ち滅ぼしたんだ。何度現れようが敵じゃない」
俺がそう説明すると、ミレアも安心したように俺の横に並んだ。
余計な心配をかけないように、加護魔術を封じ込める闇の精霊云々の件についてはまだ伏せておいた。
「陛下に報告する夜にはまだ時間があるから、午後の実技訓練が終わったら書物院でもう少しいろいろと調べてみるつもりだ」
「調べ物のことなら……書物院は魔術科学院だけではなく、武術科学院にもあるのです。こことあちらとでは保管されている書物が異なりますので、もしかしたらなにか新しい手がかりが見つかるかもしれません」
「それは朗報だが……武術科か……この制服で入っても大丈夫なのか?」
「そうですね……それについては──」
◆
──なるほど。
それなら最悪見つかったとしてもなんとかなりそうだ。
地下神殿までの古地図でも見つかろうものなら……
よし。
多少の危険を冒すだけの価値はあるだろう。
「それなら頑張って向こうに行ってみるか……ミレアはどうする?」
「わたくしもお手伝いさせていただきたいのですが……今日はシャルのお見舞いに行こうと考えていたのです」
「シャルロッテ嬢? そういえば今日は休みか」
「はい。連絡もせず休むなど、シャルにしては珍しいので心配で……寮にはいないようなので、舞踏会の夜からお屋敷で休んでいると思うのですが」
「そうか。じゃあミレアはシャルロッテ嬢を──」
ん!?
そうか!
昨日の少女、誰かに似ていると思ったらシャルロッテ嬢に似ているんだ!
「ミレア。シャルロッテ嬢に妹君はいるのか?」
「はい。いらっしゃいます。リルフィアちゃんという今年で十歳になる、とても可愛らしい妹さんが」
「このくらいの背で、白い髪の?」
「そうです! でもどうしてラルクロア様がリルちゃんのことを?」
やはり!
あの少女はシャルロッテ嬢に会いにきたのか!
そうだったのか。これでスッキリ……ん? いや、まて。
シャルロッテ嬢は屋敷にいるんじゃないのか?
「──いや、実は昨日の朝、その妹君らしき少女を学院内で見たんだが……シャルロッテ嬢を探しているようだった」
「リルちゃんがひとりでここに?」
「付き人はいないようだったが……」
「もう。リルちゃんったら、また抜け出してきたのかしら……でも、そうまでして会いたかったのね。リルちゃんはシャルのこと大好きだから」
「いや。だとしたらシャルロッテ嬢はどこにいるんだ? 屋敷にいないから妹君はここに来たんじゃないのか?」
「あ。そういわれてみれば……」
「そのうえ寮にもいないとなると……妹君と入れ違いでどちらかに戻ったのならいいが」
「そうしましたらわたくしが確認してみます。まず寮へ行ってみて、いないようでしたらお屋敷に」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
あの晩はヴァレッタ先輩も見かけなかったと言っていたな。
まあ、側仕えもいることだし、どこかで倒れている、なんてことはないだろうが……
ただ、以前の件もあるから心配といえば心配だ。
ミレアには、今夜城に行ったときにでもどうだったか教えてくれ、と頼み、その話は終わった。
ひと通りの話が済み、講堂へ続く小道まで戻る途中、
「顕現祭での巫女役だが──神秘的でとても素晴らしかったと思う」
感想が遅くなったと謝りつつ、ミレアを称えた。
「ありがとうございます……わたくしがしっかりとお勤めを果たせたのも、約束通りラルクロア様が見ていてくださったからです。とても安心できました」
「それは良かった」
「あの……七年後、もしもまたわたくしが巫女に任命されたら……そのときはもっと……お近くで見ていてください……」
「そうだな。……そのときはそうするよ」
「ほ、本当ですか!」
「え? ああ。構わないが──」
「近くの意味を……いえ、や、約束です!」
「……」
俺はあまりにも喜ぶミレアに、罪悪感のようなものを感じた。
「ミレア。ひとつ質問なんだが──」
七年後、どうなっているかわからない。
もしかしたら魂の解放が済んでいるかもしれない。
そうすればミレアは……
そのとき、ミレアは……
「質問、ですか?」
「──今のミレアの記憶から俺のことが綺麗さっぱりなくなったとしたらどうする?」
「え? わたくしの記憶からラルクロア様が?」
突拍子もない質問に、ミレアは一瞬眉を寄せるが、すぐにふっと笑みを浮かべると
「そのようなことあり得ません。わたくしがラルクロア様を忘れるなど、魂を抜かれでもしない限り、あろうはずがありません」
「……。ま、そうだよな……いや、おかしな質問をして悪かった。忘れてくれ。っと……そろそろ戻ろうか」
屈託なく微笑むミレアを見て、そしてその隣に涙するエミルの顔を並べてしまった俺は、卑怯にも質問をなかったことにした。
そして俺とミレアは青い芝生の上を歩き、講堂へ続く小道へと向かった。
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明日の投稿はお休みさせていただくかもしれません。
次回投稿についてはツイッターでご連絡します。→@shirohi_jp
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