第222話 友の有難さ



「──はい。わかりました。それでは失礼します」


 教員棟を出た俺は、朝の木漏れ日の中を講堂へと向かった。





 ◆

 




「おはよう、ラルク君。おとといは大変だったね。昨日は休めた?」


 俺が講堂の門をくぐると、同じタイミングでフレディアが合流してきた。


「おはようフレディア。昨日は一日中書物院に籠って調べ物をしていたよ。もう目が霞んで……そういえばフレディア。昨日の鍛練はどうしたんだ?」


「あ……ごめん。勝手に休んで。実は姉上が帰してくれなかったんだよ。ほら、例のバシュルッツの王子の件とかいろいろあって……」


 フレディアは結局この二日間、城に用意されたレイア姫の部屋に泊まったという。

 エルナ姫の対策やらで昼夜話し合ったそうだが、結局有効な策は見いだせなかったそうだ。


「まあ、焦らずに計画を進めて行くよ。で、ラルク君はどうして反対方向から?」


「ああ。俺はライカ教官に朝一で呼び出されていた。──クロスヴァルトのことで」


「あ……。そうか。なんかいろいろと大変そうだね。本当のことを言うと僕もとても驚いたよ。でも……ラルク君の私的なことにあまり踏み入っても……それに僕にも秘密はあったし。だから僕でできることがあったらなんでも言ってね。喜んで力になるから」


「助かるよ。正直この先、どうなるかわからないからな。近々、父であるクロスヴァルト侯爵と俺は、陛下とクレイモーリス殿下を挟んで茶会なるものを開くことになるそうだが」


 おとといの夜、モーリスが勝手に決めたことをそのままフレディアにも教えた。

 俺は何度も断った。

 だが、最終的にモーリスはコンティ姉さんをも味方につけて、強引に俺の首を縦に振らせたのだ。


「へ、陛下とお茶会……す、すごいね……さすが大貴族の……あ、そ、そういうつもりでは……」


「別に気にしていないさ。でもその茶会とやらで俺の今後の身の振り方が決まるんじゃないかな。といっても俺は平民には変わりないけどな。さっきライカ教官からも『変に意識せず今まで通りにしていろ』と釘を刺されたよ。まあ、だから今まで通りの付き合いで頼むよ」


 ライカ教官に関しては、学院内の派閥争いを気にして忠告してくれたのだろう。


「そ、それはもちろんだよ! 僕はラルク君が誰であっても態度を変えるつもりはないよ! それが友達ってものじゃないか!」


「フレディアならそういってくれると思ったよ。さっきも俺のこと気遣って門のところで待っていてくれたんだろ? さあ、講義が始まる。教室に入ろう」


「あ……う、うん……」



 友の理解を得た俺は、一本線の生徒が座る講義室の扉を開いた。





 ◆





 講義室に入ると──予想とは裏腹に、だった。

 それぞれが気の合う仲間と談笑している。


 地上班も、地下探索班もいるのだが……


 特段変わった様子もなく、俺のよく知っている風景だった。


 任命式のことで、興味本位から根掘り葉掘り質問攻めに遭うかと身構えていたが……


 どうやら杞憂だったようだ。



「おはようございます。ラルク。フレディアさん」


 数歩進むと、一番前に座るミレアが普段と変わらぬ挨拶をしてきた。


「おはよう。ミレア。今日から講義を受けられるんだな」


「おはよう。ミレサリアさん。良かった。今日からまた一緒だね」


 俺とフレディアも意識せず、いつものように挨拶を返す。


「はい。ご心配おかけしました。数日の遅れを取り戻すよう頑張ります」


 顔色も良い。

 やせ我慢や強がりなどではないようだ。

 神と対話をする巫女の務めには、俺の想像を遥かに超える気力と体力が必要なのだろう。

 わずか七歳のときからそんなに大変な任務を担っているなど……

 ミレアの青巫女に対する姿勢には心から敬服してやまない。


『ラルク。後でお時間を』


 通りざま小声で短く告げるミレアに、俺は小さく頷いて返事をするのだった。




 ◆




「ねえ。なにがあったの? なんだかみんな余所余所しいの」


 席に着くと早速ジュエルが話しかけてきた。

 このリューイ、勘だけは偉く鋭いからなかなかに侮れない。


「ん? そうか?」


 俺はとぼけて返事をするが


「気付かないの? ラルクが入ってきたとき、なんだかみんなの動きが一瞬止まったような気がしたの」


 やはりジュエルは敏感だった。


「そんなわけないだろう。気のせいだよ。それより昨日の釣りはどうだったんだ?」


 俺が絶妙に話を逸らすと


「あ。そうなの。これ、ラルクにお土産なの」


 パッと嬉しそうな顔をしてジュエルが卓上に取り出したのは──


「うわあっ!!」


 思わずフレディアが叫び声を上げるほどに、不気味な姿をした超巨大な魚だった。

 左右の目玉はボコンと飛び出し、舌はデロンと伸びきっている。


「はい。怪龍魚。やっぱりラルクには幼魚よりこれくらいのが一番なの」


 そう言ってジュエルは不敵に笑うのだった。




 ◆




「わ、私は逃がしてあげようって言ったのですが……ジュエルがラルクさんに持って帰るって聞かなくて……」


 リュエルが申し訳なさそうに魚を籠にしまうと、


「これ釣り上げるのに三アワルはかかったの」


 ジュエルは籠から飛び出している魚の頭をペチペチ叩きながら自慢する。


「昨日、なんだかラルク疲れてるように見えたの。だからこれ食べて元気になってもらおうと頑張ったの」


 え? ジュエルがそんなことを考えて……?

 そうだったのか……


 いや、でも、これ食べられるのか……?


「びっくりするほど美味しかったの」


「え……」


 まさかこれを食べたのか!?


「そ、そうか……そいうことなら有難くいただくよ……」


 俺は水浸しになった机を拭きながら、ふたりに感謝するのだった。





「さあ、午前の講義を始めるぞ!」


 そうこうしていると、ライカ教官が入室してきて講義の開始となった。




 いつもと同じ日常の始まり。


 ジュエルにはああ言ったが、やはり俺はそのことが少しだけ気にかかりクラウズを見るが──クラウズは静かに講義を受けているだけだった。


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