第194話 交流戦4 『魔法師の戦い』
「──どうだ、いたか?」
フレディアの勝利に沸く観覧席。
クラウズ=ノースヴァルトは、使いに出していた男子生徒が戻って来るなり、掴みかかる勢いで訊ねた。
「いや。どこにもいない」
生徒が首を振る。
クラウズは納得がいかない様子でもう一度周囲を見渡す。
しかし先ほどと同じように、何度確認しようが目当ての人物の姿を捉えることはできなかった。
「どういうことだ……」
値千金の勝利を収めたフレディアに向かい、大声援を送る生徒らの中にその姿はなかった。
「他の席に紛れ込んでいるとか……?」
「いや、俺たちは決められた席で観戦しないと欠席扱いになる。執拗に成績への拘りを見せるあいつが評価を下げるような真似はしないはずだ」
「でも……だとしたら……」
クラウズと生徒とが顔を見合わせる。
「一学年でここにいないのは、今試合に出たフレディアと線なしだけだ」
「つまり……」
クラウズが魔法科学院の選手が控える特別観覧席に目をやる。
「……ああ。そういうことかもしれないな……」
クラウズ=ノースヴァルトはラルクの実力に薄々気が付いていた。
もしや『線なし』は自分など足元にも及ばない魔法師なのではないかと。
夥しい数の矢を一纏めに消し去った風魔法。
完全に制御がされていた飛行魔法。
押し寄せる矢を弾いた魔法障壁。
そのどれもが常識外れな魔法だった。
自らの体を盾に、自分を漆黒の矢から守ってくれた男──。
平民であるのに、誰よりも真っ先に敵に立ち向かっていった男──。
クラウズはラルクが学院を救ってくれたことを知っていた。
そしてラルクがあの場に居合わせなければ、学院だけにとどまらず、王国をも崩壊していただろうことを知っていた。
しかし貴族としての体裁が邪魔をして、平民のラルクに素直に感謝することができずにいたのも事実だ。
形式上の礼は言ったがそれだけだった。
クラウズの行動原理の根幹をなす、あるべき貴族としての姿──。
それを崩してしまうことは、今のクラウズにはできなかった。
しかしクラウズは、いつしかラルクのことを必要以上に意識するようになっていった。
なぜこんなにも気になるのか──。
嫉妬か、羨望か、はたまた敵意か──。
あげられる
クラウズがラルクを目で追うようになったのは、その影に青い髪の少年──キョウを重ねて見ていたからだった。
都の窮地に颯爽と現れてミレサリアを救い出し、見事に都を救ってみせた魔法師。
クラウズは父に連れられていった顕現祭の式典で、その魔法師を目にしている。
船の上でミレサリアから騎士の任を命じられた魔法師は、自分と同じくまだ幼い少年だった。
自分もあんな魔法師になりたい──。
そしてミレサリアを護る──。
その日からクラウズに明確な目標ができた。
あれだけの魔法師であれば魔法科学院に入学してくるはず──。
年も近いから、もしかしたら友達になれるかもしれない──。
憧れの魔法師。
理想の魔法師。
そんな魔法師と魔法について朝まで語り合いたい──。
七年前の顕現祭は、七歳のクラウズが本格的に魔法師としての鍛錬を積むきっかけとなった日でもあった。
憧れの魔法師キョウと、なぜだかラルクが重なって見える。
そしてクラウズはラルクの一挙手一投足から目が離せなくなっていた。
そんなラルクが交流戦に出るかもしれない──。
クラウズは三階にある特別観覧席をいつまでも見ていた。
◆
「ひ、姫! わ、若が! け、剣で勝ちましたぞ!」
来賓用の観覧席で老騎士が大声を上げる。
「わ、わかっている! 出場しただけでも驚きだというのに、あの子があれほどの剣技を……」
シュヴァリエール公国、一の姫レイアは劇的な勝利を飾った弟から目を離すことなくそれに答えた。
「我がシュヴァリエール公国もこれで安泰ですなっ!」
しかしレイアは今度はそれに答えなかった。
破顔する老騎士とはま逆の険しい表情を浮かべ、フレディアを見ている。
この短期間であれほどまでに……
いったいあの子になにが起こったというの……
もしかしてこのことにもラルク様が……
そこまでに考えが至ったレイアは、どこからともなく湧いてくる空恐ろしい感情を抑えることができなかった。
◆
「──729点は優に超えていたぞ、フレディア」
試合場を後にするフレディアの背中に賛辞を送る。
聞こえはしないが思いは伝わるはずだ。
試合を終えた選手はここへは戻らずに、医療室に行った後、別の部屋で試合を観戦することになっている。
フレディアに怪我はなさそうだが、どうかゆっくりと休んでほしい。
「ほんと、凄い魔法だったわね。さすが光の貴公子君。これでますます人気が出るわよ」
ヴァレッタ先輩が「まずは一勝!」と嬉しそうに頷く。
「あんな光魔法の使い方もありなんだな」
「光魔法の剣とは考えたもんだね。正直あれは僕でも交わせるかどうかわからないよ」
ハウッセン先輩とアーサー先輩もフレディアの魔法に驚きを隠せずにいる。
「あんなの始めて見た。光魔法ってあんな強力な攻撃にも使えるんですね。エミリア教官は光魔法使えます?」
アリーシア先輩が並んで観戦していたエミルに質問する。
「私は使えませんよ。本来は補助的側面が強い属性魔法ですから、あれほど威力のある攻撃魔法を行使してみせたフレディアは規格外ですね」
「ふ~ん。あ、ラルククン! ラルククンは光魔法使える?」
アリーシア先輩が今度は俺に話を振ってくる。
俺がアリーシア先輩の方へ顔を向けると、同時にこちらを見たエミルと目が合う。
が、エミルはすぐに目を逸らし、誰もいない試合場へ視線を落とした。
「いえ。俺も光魔法は使えません。使える魔法師が他にいたとしても、フレディアのような魔法を行使することは不可能でしょう」
「え? どうして?」
俺の回答にヴァレッタ先輩が俺を見た。
「エミリア教官が説明された通り、元来光魔法は生活補助の魔法です。伝報矢や魔光、道しるべを残す光跡などがその例です。フレディアはその光魔法を、魔素を大量に集めることによって集束させる技量を持っています。そして集束させた光を剣に蓄え、三倍もの長さのある光の剣に変化させたのですが、通常の魔法師はその分の魔素を集めることができません」
「へ~え。え、じゃあ実際に斬ったのは剣ではなくて光だったってこと?」
フレディアの真似だろうか、剣を振り下ろす仕草をしたヴァレッタ先輩が首を傾げる。
「剣が伸びて見えたのは錯覚です。剣の長さは元のまま、集束させた光が剣のように見えたのです。それだけでもフレディアの特異性がうかがえますが、あの剣。おそらくあの剣自体が魔法媒体となる性質を持っているのではないでしょうか。俺も始めて目にしますから断定はできませんが、魔剣のような業物かもしれません」
「魔剣……魔剣使い……おお! 貴公子君なんか凄いんですけど!」
俺の説明にアリーシア先輩が目を輝かせる。
「魔法師であれど、あくまでも剣で勝利するところがあいつらしいですね」
俺はそう話をまとめた。
剣のことはからっきしなようでいた男の先輩ふたりも、魔剣は気になるのか、そのことについて熱く語り始めている。
「次は私かぁ! これはちょっと気張らないといけませんなぁ!」
アリーシア先輩が窓の外を見ながら伸びをする。と、
「──ねえ、なんかあの男の子すっごいこっち見てるんだけど」
なにかが目についたのか、俺らを振り返って、とある箇所を指さした。
俺もアリーシア先輩の指先を眼で追うと──
「あれは……クラウズ=ノースヴァルト……」
「ああ。あの子がクラウズクンかぁ。っていうかめっちゃ睨んでるんですけど!」
アリーシア先輩が言う通り、クラウズはこっちを凝視していた。
俺たちがいる観覧席の中は見えないはずだが、次に試合場へと下りてくる選手が気になるのか。
それとも俺が生徒専用の席にいないことを訝しんだのか──。
きっと後者の方だろう。
どちらにせよ、間もなく俺は観衆の前に姿をさらすことになるのだが。
「──失礼します。第二回戦の選手をお迎えにあがりました」
そのときノックとともに扉が開かれ、案内の男が姿を見せた。
「よっしゃ! じゃあちょっくら行ってきますわ!」
アリーシア先輩が両肩を交互に叩きながら扉へ向かう。
「頑張ってね! 貴公子君の後に続くのよ!」
ヴァレッタ先輩に続いてみんなが声援を送る。
そして控室兼観覧席に残るのは五人となった。
◆
アリーシア先輩が危なげなく勝利し、続くハウッセン先輩が武術科の槍使いに惜敗すると、アーサー先輩も二刀使いの剣術師の前に負けを喫した。
「もう! ちょっと魔素がないくらいで! ほんっとに男はだらしないんだから!」
ヴァレッタ先輩が憤る。
「あくまでも仮説ですから……」
「に、してもよ!」
俺は取り繕うが、ヴァレッタ先輩の怒りは収まりそうにない。
明らかに精彩を欠いた様子の先輩ふたりだったが、それも致し方なかった。
おそらくだが闘技場内は今、極端に魔素が枯渇した状態にある。
通常であればそんなこと起こり得るはずがないのだが、フレディアの行使した魔法がそれだけ強力だったということだ。
無論、本人に悪気があってしたことではないが、負けた先輩たち、それにもし魔法科学院が負けた場合、他の生徒たちから不興を買わないようにするためにも丁寧な説明が必要だろう。
先輩にそのことを伝え、『しばらく試合時間を空けるよう学院側に交渉してはどうですか』と提案してはみたのだが、『それもすべてひっくるめて魔法師の戦い』と却下されてしまった。
魔素がどの程度で満たされるかもわからない、交流戦にかけられる時間にも限りがある、と言う。
逆に『すべての魔法師に起こりえる状況のため、そのことを知らしめる機会にもなった』と言い、今後の課題にすると意気込んでいた。
勝ちには固執するが、自然のありようを覆してまで、というような真似はしないようだ。
そのことに、魔法師としての強い信念を持つヴァレッタ先輩に尊敬の念を抱いた。
まあ、本人は魔素をそれほど必要としない加護魔術師だから、そう言っているのかもしれないが。
とにかくこれで残る三試合、一敗しか許されなくなった。
「さあ、次は私の番ね。──その前に線なし君。ちょっと話せるかしら」
ヴァレッタ先輩が普段見せない真剣な表情で俺を見る。
ちらっとエミルを見るが、エミルは静かに目を閉じたままでいた。
「時間がないわ。ついてきて」
そう言うと先輩は扉から出ていく。
なんの話か不明だが、それなら俺もエミルのことを聞いてみよう──と、先輩の後を追った。
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