第183話 路地裏



 この通りを少し行ったあたりだったよな……


 昼時ということもあって、出店が建ち並ぶ通りはどこも観光客でごった返していた。

 だが、七年前に比べて体格が良くなったということと、着ている制服の効果もあってあのときとは比較にならないほどに歩きやすかった。


「──しかし先輩が出店で食事をするなんて、少し意外で驚きました」


 少し後ろを振り返って、ヴァレッタ先輩に話しかける余裕すらある。


「私は美味しいものだったらなんでも食べるの、それに──」


 警らに目を光らせているのか、それとも良い匂いを漂わせている店への好奇心からか、しきりとあちらこちらに視線を配っていた先輩が俺の目を見て


「──七年に一度なんだし、楽しまなきゃ損よ?」


 そう言うと、いっそう瞳を輝かせた。


 こうして屈託のない笑顔を浮かべる先輩を見て判断するに、怪しい人物を探しているから──ではなく、美味しそうな食べ物を調査するため、好奇心丸出しにした目線だったのかもしれない。


 そんなことを考えたら、貴族であり学院一位の魔法師であるヴァレッタ先輩も、普通の少女と変わらないように見えてきた。







「ありました! あそこです!」


 七年前に店が出ていた場所付近までやってくると、そのときと同じ、パンの絵が描かれた看板を見つけることができた。

 どうやら今年も営業しているようだ。

 七年前の記憶だけが頼りだったが、あっさりと見つかったことに、そして変わらずに出店していたことに安堵した。


 まあ、ここのパンが好きでコンティ姉さんのところへ行った帰りには必ずといっていいほど通っていた店なんだから、迷うことなく来ることには自信があった。


 営業しているならロティさんのお土産にできるな。

 明日はロティさんも好きなこの店のパンを買って館に行こう。


 開かずの間に吸い込まれていったパンを思い出して、懐かしい思いが込み上げてくる。




「凄い人だね……」


 フレディアの言うとおり、今年も凄い行列ができている。

 しかし──今年は並んでいる人数の割には進みが早い。

 奥側からは包みを持った客が次々と出てくる。


「さあ、私たちも並ぶわよ!」


 行列の進み具合を見て午後の巡回に間に合うと判断したのか、ヴァレッタ先輩が真っ先に最後部に並ぶ。

 

『これに並ぶの……?』


 フレディアが、信じられないと、いった様子でぼそっと呟くと「これも勉強だよ!」とアリーシア先輩がフレディアの肩を叩く。

 アーサー先輩は……すでにヴァレッタ先輩の後ろに張り付いていた。


「口に合わなかったら申し訳ないが、一度食べてみたらどうだ?」


 俺もフレディアの肩に手を乗せてそう言うと


「いや、違うんだ。食べてみたいんだけれど、こういう列に並んだことがなかったから……」


「さぁさぁ、貴公子クン、急がないとお昼抜きになっちゃうよ」


 気おくれする貴公子の背中をアリーシア先輩が押すと、俺たちもヴァレッタ先輩の後ろに並んだ。





 ◆





「美味っしいぃ!」


「ふぅむ、悪くない……というか、美味いな」


「ホント! ラルククンやるじゃん!」


「あんなお店でこんなに美味しいものが出てくるなんて……」


 建物の陰に移動して、それぞれ購入したパンを頬張る。

 どうやら概ね好評のようだ。


 予想以上に早く買うことができたのも良かった。

 制服の効果で特別に先に提供してもらった──というわけではない。

 

 たしか七年前はお姉さんがひとりで切り盛りしていたと思ったが、今年はそのお姉さんに加えてもうもうひとり、男の人がカウンターの中に立っていた。

 つまり、ふたりで客を捌いているので、その分効率が良くなった、というわけだ。

 

 「でもこれなんの肉だろう……」フレディアはパンに挟まっている煮込み肉が気になるのか、中身を繁々と見つめている。


 フレディアはパンに挟む具材の豊富さに目移りしてしまい、その中から三つ選ぶことができずに長いこと迷っていた。

 そんなフレディアに、後ろがつかえていることを暗に伝えると、焦ったフレディアは慌てて俺と同じものを注文したのだ。

 だからフレディアは自分が何を食べているのかもわからないのだが……実は俺にもその肉がなんの肉なのかはわからない。

 美味しいからなにも考えずに食べていたが……几帳面なフレディアにはどうやら気になるようだった。


千針土竜スティンガーモールではなさそうだけどな。まあ、こういうのはあまり気にしない方が良いんじゃないか?」


千針土竜スティンガーモールって、ラルク君、モグラなんて食べたことあるのっ!?」


「ん? ああ、子どものころ、自分で狩っては丸焼きにして食べてたぞ?」


「モグラの丸焼き……うぇ゛……食事中にやめてよ……」


「フレディア……俺がしているのも食事の話なんだけどな……」


 モグラって普通の人は食べないのかな?

 俺はモーリスから教わったから当たり前のように食べていたけど……


「私たちはもうひとつ買ってくるけど、ふたりはどうする?」


「あ、僕も行きます! ラルク君は?」


「いや俺はもう十分だ。ここで待っているよ」


 俺がそう答えると、ヴァレッタ先輩とアリーシア先輩、アーサー先輩、そしてフレディアは再び行列に並びに行ってしまった。

 ふたつ目を買いにいくとは、フレディアもなんだかんだと言いながらも気に入ったようだ。

 にしても……アーサー先輩ならまだしも、ヴァレッタ先輩にアリーシア先輩もまた並ぶとは。

 

 俺は建物の壁に背中を預けると、行き交う人たちの楽しそうな顔を見ていた。


 そういえばあの店は今年もあるのかな……


 ふと、七年前に果物に似た卵を買った店のことが頭に思い浮かんだ。

 商売っ気があるんだかないんだかわからない、片言の共通語で話す店員がいた店だ。


 たしか妹さんにご飯を食べさせるためって言ってたっけ……

 まさかあれが寝小丸と同じ魔物の卵だったとは驚いたよな……


 機会があったら覗いてみようか、なにか珍しいものが手に入るかもしれない──などと考えていると、俺が建っている狭い路地の奥から人の気配を感じ、そちらに視線を向けた。


「ん? あれは……なにをしているんだ……?」


 すると、体格から男に見える三人の人物が、手にした大袋になにかを押し込もうとしている様子が見えた。


 冒険者が野良犬でも捕まえて小遣い稼ぎをしているんだろうか──。

 

 都を徘徊する野良犬を捕まえると、冒険者の組合ギルドから報酬がもらえるそうだ。

 以前コンティ姉さんから、増える野良犬に頭を抱えていることを聞いていたから、俺はてっきりその類かと思ったのだが──


「いや、あれは……犬じゃない……子どもか!?」 


 ここからでは確認することが難しいが、男たちが袋に入れようとしているのは子どものようにも見える。


「まさか──」


 誘拐──。


 ヴァレッタ先輩が過去に対処した事件、その中には誘拐もあった。


 ヴァレッタ先輩たちの方へ一瞬目を向けるが、ここからでは行列に並ぶ先輩たちは目視できない。

 そもそも人通りが多くて、目立つ制服姿であっても瞬時に見つけることは困難だ。


 どうする!


 路地の奥へ視線を戻す。

 男たちはなにやら手こずっているのか、まだその場に留まっている。


 アリーシア先輩の"眼"であれば、あの男たちがなにをしているのか見極められたのだろうが、俺にはそこまで視ることができない。


 ヴァレッタ先輩が戻るまでこの場で待機して、合流したら男たちを追いかけて問い質すか?

 いや、本当に誘拐だとしたら、それでは間に合わない恐れがある。

 仲間が何人潜んでいるかもわからないし、分散して逃げられてしまえば追跡することも困難になってしまう。

 三人程度であれば俺ひとりでどうにでもなるが、もしあの袋の中身が子どもだったとして──人質にでも取られてしまったら厄介だ。


 そうこうしているうちに男たちは作業を終えたのか、その場から立ち去ろうとしている。


「よし」


 俺は、間違いだったとしても頭を下げれば済むだろう──と覚悟を決めて、男たちのところへ向かった。







 ◆







「おい、まだか! 早くしろ! ったく、手際の悪い野郎どもだ! 腹くらいなら殴ったってわかりゃしねぇンだ! 痛い目みせて大人しくさせろよ」


「ちっ! ならお前も見てねぇで手を貸せよ! 手を出す度胸がないんなら黙ってろ!」


「手を出すのはアンタらの仕事だろ? いいからさっさと袋にぶち込めよ! 早くしねぇと案内してやンねえぞ!」


「黙れ、案内屋、報酬は先払いしてある。お前は黙って俺たちを安全に都の外に出せばいい」


「ンだよ! なら早くしろってンだよ!」


「よし、こっちは終わったぜ! 熊、そっちはどうだ」


「今終わる。案内屋、誰にも見られていないだろうな」


「おいおい、見張りの分は貰ってねえっつうの! アンタらが値切らなきゃもうひとり見張り役を──」


「黙れ、お前に渡した報酬には見張りも含まれている。言った通りにしろ」


「おいこら! ンなこと聞いてねえぞ! だいたいこれっぱかの報酬で地下通路を案内しろってのも割にあわねぇンだぜ? だいたい紅い狼の紋っつったら──」


「お前もこいつらと一緒に行くか?」


「な、なンだよ! 脅しかよ! ったく、これだからあいつからの依頼は御免なンだ……わかったよ、ほら、見張っててやるから早くしろ! だいたい認識阻害の魔道具使ってンだ、俺らに気付くような奴なんて──」


「すみません。ちょっとお伺いしたいことがあるのですが──」


「──ッ! だ、誰だてめえッ!?」





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