第184話 黒と灰色



 怪しい行動をとっている男三人に向かって一歩踏み出したとき


「なんだ……? 仲間か!?」


 いつからそこにいたのか、三人だった人影がひとつ増えて四人になっていることに気が付き、俺はほんの少しだけ警戒を強めた。

 相手が三人だろうと四人だろうとたいしては変わりはないのだが、ひとり増えたということは、さらに仲間が増えるかもしれない。


 それにあの四人目……こうも上手く気配を殺すとは……


 とにかくあの集団が悪事を働いているのだとしたら、速やかに捕縛した方が良さそうだ。


 四人目の人物は、ここからでは背中しか見えない。

 黒いローブの頭巾フードを被っているので、男か女かもわからない。

 なにやら三人の男のうちのひとりに話しかけているようだが──


 ん? 仲間割れでもしてるのか……? 


 先にいた男が、四人目の人物に向かって大声で喚きだした。

 

 それとも仲間じゃないのか……?


 すると次に背の高い男が喚いている男を強引に横に追いやった──かと思うと突然、四人目の人物に対して腰の剣を抜いたのを見て


「──リーファッ!」


 俺は咄嗟に風奔りを行使した。


 と同時、右手に氷の剣を生み出す。


 男が剣を振り下ろそうとするまさにその瞬間──四人目の人物と大男の間に割って入り、氷の剣で大男の剣を受け止めた。

 キィン、と硬く澄んだ音が、ほぼ同時に建物の壁に反響する。

 ひとつは右手に持つ氷の剣と、男が振り下ろした大剣が激しくぶつかり合った金属音──と、もうひとつは四人目の人物が突き出した細剣の切っ先を、ステアに硬化してもらった俺の左手で受け止めた音だ。


 大男の剣捌きは一切無駄のないものだったが、四人目の人物はそれを上回る速度で以って突きを放ってきた。

 先に衝撃が伝わってきたのは左手、すなわち突きの方だ。

 まさか、なんの予備動作も見せずにこれほどの威力の剣技を繰り出すとは……

 四人目の人物を護ろうとして飛び出してきたが、この様子だと絶命していたのは大男の方だろう。


 俺は四人目が突きを放った細剣の切っ先を握り締めて動きを封じ──右手首を返して受けた大剣を往なす──と、競り負けた大剣は男の手から離れ、空中高くに放り出された。


 俺は左手はそのままに、氷の剣の切っ先を大男に向けると


「魔法科学院の警らの者です。みなさん動かずにそのままの姿勢で今からする質問に答えてください」


 ちら、と左横を見て


「──あなたもです」


 右にいる三人だけでなく、左で剣の柄を握っている四人目に対しても、警告の意味も込めて低い声を出す。


「──っ!」


 四人目がハッと我に返ったように黒頭巾を揺らすと、俺が掴む剣を取り返そうと力を込める。

 が、俺は剣先を握った手を緩めることなく、三人の男に視線を戻して


「あなた方はここで何をしていたのですか?」


 緊迫した空気が場を支配する中、大男に向かって質問をした。

 大通りの喧騒が嘘のように静かな路地裏に緊張が走る。


 ──ゴクリ


 誰かが唾を呑む音が聞こえる。

 誰かが少しでも動けば均衡が崩れる──そんな張り詰めた状況だった。


 そんな折、鉄と石とが激突したような甲高い金属音が響いた。

 大男の大剣が今になって石畳の地面に落下したのだろう。

 ビリビリと肌を突き刺すような衝撃音がいっそうこの場の緊張感を高めた。


「──あなたに訊ねているのですが」


 大男は口を開こうとしない。

 男の表情から察するに、この状況をどう打破するか算段でも立てているのだろう。

 やましいことがないのであれば即座に回答できるはずだ。


 それであれば──


「ではそっちの人、動いても結構ですので、その革袋の中身を確認させていただけますか?」


 大男の後ろにいる小柄な男に的を変える。

 目の前の大男はいきなり剣を抜くような男だ、俺は警戒を緩めることなく目線だけを小男に移した。


 ここまで近くに来れば、袋の中身が犬などではなく人間であることも気配で判別が付く。

 どうやら魔道具かなにかで人間と悟られないような処置をしているらしいが、どちらにしても革袋に人を詰め込むなど、放っておいていい事案ではない。


 俺は、ほぼ犯罪であることに違いないだろう、と確信しつつも男の回答を待った。

 しかし小男は焦った様子もなく、


『おい、熊』


 含んだ笑みを浮かべてそう言った。


『……なんだ』


 大男が小男に返事をする。

 

『こいつ魔法科の学院生っていっても線がないぜ? 偽物なんじゃねぇのか? だとしたらこの都の中じゃたいした魔法は使えねぇだろ』

『ああ、俺もそれを考えていた。だが俺の剣を止めたのは事実だ。こいつが本物だとしたらこいつらは何人かで組んで動く。すぐに仲間がやって来るかもしれんぞ』

『そいつはちぃと面倒だなぁ、楽して稼ぐ俺の信念に反するぜ、ま、どうせこいつは偽物なんだろうけどよ』

『油断するな、狐、この場を離れるまで商売道具を人質に使え、地下に入ってしまえばそうそう追っては来られんだろう』

『ああ、そうだな、相手はたかがガキひとりだが……そっちの黒い奴は何モンだか知らねぇが、俺たちの商売の邪魔だけはさせねぇさ』


 大男、小男のふたりが小声でやり取りする。が、内容は筒抜けだ。

 俺の刺繍に気が付いた男たちは態度を一変させ、俺のことなど構いもせずに段取りを決めていく。

 俺の出方を見るためにわざと聞こえる声で会話をしているのかもしれないが……。

 その中で出てきた『人質』という言葉に、氷の剣を持つ手に力が入る。

 

 やはりそうか……

 そうとわかれば遠慮など必要ないだろう。


「おい案内屋! とにかくここからずらかるぞ! 予定通り地下に向かうから先に行け!」


 小柄な男が細い男に指示を出す。

 どうやら細い男はこのふたりが雇った道案内役のようだ。

 しかし都に地下があるなど初耳だが──


「じょ、冗談じゃねえよ! 学院生相手に逃げられるわけねえじゃねえか! お前ら学院生の実力知らねぇのかよ! お、俺はもうこの仕事下りるぜっ!」

「びびってんじゃねぇよ! 案内屋、こいつの制服をよく見ろ! 線が一本も無ぇ! そんなやつ見たことるか? 生徒のふりした頭のおかしい奴に決まってんじゃねぇか!」


 頭のおかしい……

 ふむ。

 この制服はそんな風に見られてしまうのか。

 それはそれでなんとも複雑な思いだ。


 小男の説明を聞いて、案内屋と呼ばれた細い男は俺の制服をまじまじと確認した。

 

「おい、案内屋、報酬は先払いしていると言ったぞ? 今ここで逃げ出したら一家総出でお前を追いこむぞことになるが、いいのか?」

「しっかり考えて結論出せよぉ? 偽物の制服にびびって逃げ出して俺ら一家に追われるか、依頼通り俺らを都の外まで案内するか、馬鹿なお前でもすぐに答えは出るだろうけどなぁ!」


 大男と小男が案内屋にけしかける。



 ここまでの間、男らの会話を黙って聞いていてわかったことがいくつかある。

 一家というからには大男と小男のふたりは何かしらの組織に属し、商売をするために都へとやってきた。

 商売とは誘拐だろう。

 奴隷商へ売り渡すのか、金品を請求するための人質か。

 商売道具とは攫った子どものことを指すのだろう。

 案内屋はこの都にあるという地下の通路に詳しく、ふたりに雇われているために逆らうことができない。が、学院生を恐れてはいるようだ。

 そして、剣が抜けないとわかって脱力している四人目の人物は、どうやら男らとは関係がなさそうだ──ということ。


 ──つまり、男たち三人は黒。

 四人目は……大男を躊躇なく殺そうとしていた。

 よって今の時点では灰色だ。


『偽物のわけがない……』


 そのとき、俺の左から声が聞こえてきた。

 女性の、いや、少女だろうか、呟くような小さな声が。

 四人目の声に違いない。

 男らに集中しているために視線を向けることはできないが、握ったままの剣先からは、もはや抵抗の意思は感じられなかった。


 そこまで考えがまとまったとき


「わ、わかったってンだよ! どうなっても知らねぇからなっ!」


 案内屋が逃げ出そうと、路地の奥に向かって突如走りだした。


「おい、俺は動くな、と言ったが」


 俺は逃走する案内屋の背中に警告を発する。


 そして俺が案内屋に気を取られている僅かな隙に──


 大男は革袋をふたつ抱え上げると、放りだされた剣をめがけて走りだし──

 小男は上着の中からなにかを取りだして、俺へ向け腕を伸ばす。

 

 俺の視界に、勝ち誇った顔をしている小男の姿が映る。


 ──だがそれだけだ。


 男ふたりは俺の読み通りの動きを取った。

 男らの手の内を引き出すために、案内屋を走らせて『わざと作りだした隙』に見事に食いついた。


 どたどたと走る剣だけが取り柄の大男に、魔石の力に頼りきった古代魔法師の小男。

 仲間を呼ぶわけでもなく、他の人質を連れ出しに行く様子もない。 

 

 であれば、この場では革袋ふたつを回収して子どもたちを救いだせば一件落着か。

 他の場所に仲間や人質がいるのであれば、その後は騎士団が尋問及び捜索をしてくれるだろう。



 そこまで考える時間を要して、ようやく魔法が放たれた。


 小男が放った魔法は──


 第六階級魔法『風刃連弾』──。

 

 都の結界の中で、たかが賊のひとりが第六階級魔法を行使できるのか?


 『神抗魔石』──。


 俺の脳裏に忌々しい単語がよぎる。

 

 まさか未だに──


 だが左手に握っている剣から震えが伝わり、思考を手放した。

 四人目が魔法に怯えているのか。

 それならばなぜ剣を手放して逃げないのか。

 

 俺が神抗魔石と四人目に一瞬だけ気を取られている間に──


「死ねぇッ! ガキぃッ!」


 第六階級とは思えないほどに強力な風魔法が俺を襲ってきた。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る