第154話 十日後──。



 "残された魂"の騒乱からちょうど十日が過ぎた日の朝、俺は城にあるコンスタンティンさんの執務室を訪れていた。


 

 コンスタンティンさんは、俺が持ってきた不愉快千万な話を最後まで聞き終えると


「──ドレイズ……神殿……神の復活……神抗魔石……シュウエイ……」


 話の中に出てきた単語を呪文のように繰り返し呟く。

 

「……邪神の復活に魔法師の魂を利用するなんて……なんという……」


 そして椅子の背もたれに寄りかかると、天井を見上げて深く息を吐いた。








 十日前──。




 医務室で目が覚めた俺は、枕元に一本の巻物が置かれていることに気が付いた。


 しかも伝報矢ではなく紙が使用された巻物だ。


 俺が伝報矢を行使できないことを知る者からの報せ──。


 蝋封には紫の龍の紋が押されている。


 すなわちそれはスレイヤ王室からの密書を意味する。


 つまるところ、差出人は陛下以外にはおられないのだが──いつもそれは突然俺へ届けられる。

 常に気を張っているつもりではあるのだが、今回枕元まで"使いの者”の接近を許してしまった、というわけである。


 一度顔を合わせてみたいよな……


 相当の使い手に間違いない使者にまたしても不覚をとったことに苦笑を浮かべながら開いた巻物には──今すぐ城へ参集するよう記されていた。

 そのことに俺は寝台から飛び降りると、急ぎ城へ向かった。




 城の門番に俺が持っている紫の勲章を見せると、敬礼とともに入城を許可される。

 俺はいつものように飾り立てられた通路を進み、スレイヤ王国の最高指導者であるクレイゼント=スレイヤ=ラインヴァルト国王が民と顔合わせをする際に使用する謁見室──を通り過ぎると、さらに奥にある王の私室へと向かった。


 部屋の前に控えている近衛兵にも門番にしたときと同じように紋章を見せると兵は無言のまま頷き、重厚な扉を開く。


 はじめて訪れたときは足が震えてなかなか一歩を踏み出せずにいたのだが……。


 慣れれば慣れるものだ。


 一対一で陛下と膝を突き合わせるよりも師匠に呼び出された方がよほど恐ろしい、と、国王の私室に震えることなく入室できるようになったのも修行の賜物だろう。


「──その制服……魔法科学院に入学したというのは真のようだな……ラルク、しかし、学徒としての栄えある初日だというに大義であったな」


 俺は平民であるにもかかわらず、持っている力のお陰で(無論、精霊のお陰だが)こうして陛下と向かい合わせで話ができるほどの立場をいただいている。

 少し前まではこんなことになるなどとは考えも及ばなかった。

 俺の身元を保証する第一人者が師匠ということも大きいのだろうが。


「──は。ありがとうございます。しかしながら私の目的とするところは陛下もご存じのように、学院入学ではございませんゆえ」


「うむ、バシュルッツか……しかし僅か十四の若人がなにゆえそのような気構えを持つまでに至るのか、さすがはハーティス様の弟子よ……我が息子にもお主の爪の赤を煎じて飲ませてやりたいものだが。まあよい──して、ラルクよ、学院で何が起こった?」


 モーリス……いや、俺はモーリスのことを尊敬しているからな!

 ……女性関係以外は。


「──は。私を含む生徒たちが魔法の実技演習のために、魔法競技場に於いて講義を受けていた際──


 そして俺は一部始終を陛下に報告した。

 





 かなりの時間をかけて報告を終えた俺は、


「コンスタンティン総隊長には私から伝えてもよろしいでしょうか」


 渋い表情をして考え込んでいる陛下に許可を求めた──。









 ここのところ忙しくしているコンスタンティンさんに会う口実を陛下から取り付けた俺は、騒動があった翌日にでもコンスタンティンさんのところへ訪れたかった。

 今回の件とは別にして、話したいことがふたつほどあったからだ。

 

 なのであったが──。

 

 そう上手く事は運ばなかった。


 その日の夜、城から戻ると俺の部屋に勝手に入り込んでいた尻尾女(ふたり)のせいで翌日は三人で反省文を書いて一日が終わり、それ以降は何枚にも亘る報告書の作成や教官たちへの説明、学長からの呼び出しと呼び出しと呼び出し等で俺の予定は埋め尽くされ、なんだかんだでエミルと話す暇もなくあっという間に十日が過ぎてしまったのだ。


 





 ◆







 

「まさか神抗魔石まで魔法師の魂が利用されていたとは……でもラルクがその魂を解放してあげたのよね……私からもお礼を言わせてもらうわ……ありがとう……」


 コンスタンティンさんが三杯目の紅茶を飲み干すと、怒りをあらわにしていた表情を和らげて慈愛のこもった視線を俺に向ける。

 俺を通して、無念に散っていた魔法師の魂を鎮めているかのようだ。


「……お礼なんて……でも、そうだといいんですけど……」


「イリノイ隊長はどうするつもりなのかしら……ラルクは何か聞いてる?」


「──いえ、特には。師匠はレイクホールから離れられませんからそのうち俺に任務が言い渡されると思うんですけど……俺もあいつらのやり方は許せません。任務が回ってきたら根こそぎ叩き潰してやりますよ」


「そうね、それは賛成だわ。でも、邪神が言っていたシュウエイっていう人物はいったい誰なのかしらね。古の術を使えるあたり、かなりの腕の持ち主かもしれないわ。気を付けてね、ラルク」


「はい。決して油断はしませんが……どうにも気になるんですよね……シュウエイ……聞き憶えがあるような……」


 





 ◆







「コンティ姉さん、お礼が遅れましたけど、その節はありがとうございました」


 陛下に直談判してまでコンスタンティンさんとの時間を取りたかった理由の一つ、入学試験の際に手を尽くしてくれたことに対するお礼を言い頭を下げる。


「あら、気にしなくていいわよ。食事と相殺だから。──今夜なんてどう? 無理にでも予定あけるけれど」


「えぇと、すみません。実はこのあと妹弟子と約束がありまして……」


「あら、それはそれは。青の聖女様をひとり占め? 誰にも見つからないようにしなさいよ?」


「……妹弟子と情報交換をするだけですよ。なにせ七年ぶりなんですから」


「聖女様も修行の一環とはいえ、学院の講師になるなんて……でも聖女様が都に残ってくれたおかげで都は若返ったわよ。どんな病気も治してしまうんだもの」


 そうらしいんだよな……

 仙薬エリクサーの素材であるマールの花が売れなくなっていたらどうしよう。


 そして忙殺される近衛総隊長と早急に会う必要があったもう一つの理由である、ロティさんの症状について訊ねる。


「ロティさんの具合も確かめたいので次の休みにはコンティ姉さんの館にお邪魔したいのですが、どうでしょうか?」


 その話を切り出したとき、俺はコンスタンティさんの表情が曇ったのを見逃さなかった。


「え、ええ、それはわざわざありがとう。っと、次の休みね、パティに報せを放っておくわ。──それと、ラルク……」


「はい、なんでしょう?」


「……い、いいえ、やっぱりいいわ、──ロティのこと気にかけてくれていたようでありがとう。本人もきっと喜ぶわ」


 なんだろう。

 なにか言いたげな様子だったが……


 俺は言葉を詰まらせたコンスタンティンさんが気にはなったが、後の予定があるので用を済ませると学院へ戻った。





 

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