第138話 新たな友人


「じゃあ、ラルクさんも私たちと同じ魔法科の学院生なのですね!」


「ラルクは会うたびにお肉をくれるいい人なの。学院でもよろしくお願いするの」



 八十人しかいない魔法科学院合格者のうちの三人が訪れているこの食堂は、なんともいえない空気が漂っていた。


 客は遠巻きに様子を窺い、ルディたち店員もあまり近寄ってこない。

 先ほど下品な言葉を発した男に至っては青い顔で小さくなっていた。

 それでも帰ろうとはせずにこちらをチラチラ見ているあたりは、さすがは肝の座った冒険者、といったところか。



「こちらこそ、お願いします。ジュエル様、リュエル様」


 俺も、昨日とってしまったガサツな応対を考えると反省しなければならない点がいくつもあり、はっきりいってクロスヴァルトの肉を楽しむどころではなかった。

 というか肉は諦めてもいいから早く帰りたかった。

 まあ、味がわからないなりにも、自分の分の料理はしっかり食べきったのだが。



 名乗りを済ませたリューイ族のふたりは、ジュエルとリュエルといった。

 見た目はまったくの瓜ふたつで、ぱっと見ではどちらがどちらかわからない。

 どちらかというとおっとりしている方が姉のジュエルで、どちらかというとしっかりした方が妹のリュエル、という感じか。


 これはあくまでも第一印象をもとにした私見だ。

 


「あの、どうしてそんなに硬い話し方をするのです?」


 酒は飲めないようで、果実水を飲んでいる妹のリュエルが俺の口調を指摘する。


「失礼ですが、おふたりはプリメーラ連合国の貴族では? この国に於いては、平民は貴族と目を合わせることすら許されませんので」


「一応私どもは貴族、ということになりますが、我が国では貴族も平民も、大地の恩恵を受けるものとして変わりはありません。平等に生活し、すべてを分け合います。領主として貴族を敬う、という感情はもちろんあると思いますが、目を合わせてはいけないなどということは一切ありませんから普通に接してください」


「ん、それにラルクはスレイヤ、ジュエルたちはプリメーラ、国が違うから気をつかう必要もないの」


 妹に続いて姉のジュエルが、皿の肉汁をパンで拭いながら自分の考えを口にする。


「そういうわけにもいきません。国は違えど最大権力者である国王から賜った爵位には重要な意味があります。平民と同じなどとこの国で発言しようものなら即座に重い罰が与えられます。──昨晩はおふたりの身分を知らなかったとはいえ、大変失礼いたしました」


「で、でも、学院内では貴族も平民もないと聞きます! 先の学長が学生間の身分による支配関係を取り払ったと! ならば、ラルクさんも私たちを貴族として扱うのは規律違反ではないのですか!」


「ん、ラルクは真面目なの。他の人はジュエルたちを見るとすぐに捕まえようとするの。何度も怖い思いをしたの」


「そ、そうですよ、真面目過ぎます、まるで貴族の側から言っているような考えではないですか」


「ん、ラルクの方がその辺の貴族よりも何倍も貴族らしいの」


「そこまで言われると……ただ、私はまだ学院内の規律を把握していません。明日、学院でその辺りを確認したうえでおふたりに対する接し方を改める、ということで了承いただけると助かります」


「そんな……」


「肉の恩人に申し訳ないの」


 硬いと言われようが、それがこの国での決まりごとだ。

 学院の規律は正式に学院生になってから守ればいい。

 言ってしまえば、今はまだ合格通知を受け取っただけに過ぎないのだから。

 そう考えるとこの時点でリューイ族ということを明かしたこのふたりの潔さこそ、プリメーラの貴族の生き様なのかもしれない。


 貴族と平民との距離といい、細かいことをあまり気にしない、というのは南の国に住む人の性格的なものなのか? などと分析していると


「でしたら私たちとお友達になっていただけませんか?」


 リュエルが手をポンと叩き、そう言った。

 これならどう? とでもいいたげに得意そうな顔をしている。


「ん、学友、それはいい考えなの。ジュエルたちは青の都のことをまだよく知らないからいろいろと教えて欲しいの」


 店員が下げていく、空になった皿を名残惜しそうに見ていたジュエルが口を挟む。


 友達……か。

 なんか、前にも聞いたような台詞セリフだな……


 レイクホールで眠り続けている元聖教騎士団序列一位のファミアさん、ファミア=サウスヴァルトを思い出し、刹那、遠くレイクホールに思いを馳せる。


「どうしたの? 友達、嫌なの?」


「いえ、そんなことは。ただ、昔のことを少し思い出していました」


「そう、ならいいの。で、どうなの? 友達、なってくれるの?」


「──ええ、畏れ多くはありますが、こんな私でよければ、喜んで」


 俺はそう答えた。「無論、学院の規律にもよりますが」と加えるのを怠らずに。


 いずれリューイのふたりの知識が必要になるときがやってくるかもしれない。


 そんな打算も含め。








 ◆








 その後、今日の試験の話になり、貴族組で上がった話題や、鐘を破壊した魔法師が出たこと(ふたりは湖を見に行っていてあの集団の中にはいなかったそうだ。しかも、鐘が破壊されたのはその前に放たれた強力な魔法のせい、となっているらしい。俺の魔法など受験生たちには見えなかったのだろうからそうなっても無理はない。反対に、寧ろその方が俺としては好都合だった)や、プリメーラ連合国のことなどを少し聞かせてもらい、俺たちは明日の朝、揃って学院に行く約束をして別れた。


 プリメーラで『無魔の黒禍』は、どう伝えられているのか──は、今はまだ訊ねなかった。



 ちなみに『支払いは俺が』という申し出は頑なに断られ、前日パンと水しか注文できずにいた貴族様にご馳走になってしまった。


 俺はマールの花がパンパンに詰まった皮袋を抱えながら、「では次回は私が」と礼を言っておいた。





 

 

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