第122話 閑話 精霊で溢れる王都 1
「本日はこの後すぐに城に向かっていただき、中庭で行われる朝食会に参加していただきます。それが終わりましたらシュヴァリエール、マルガン両国宰相と交換留学についての会談、その後学園に戻っていただき、視察隊の皆様方の案内および接待、昼食を挟み午後からは顕現祭特別紅白戦に参加する生徒への激励、及び開始の宣言、それが終わりましたら決裁書類に目を通していただき、四の鐘までには城へ戻り──」
もう! なに! キーナは私のこと過労死させたいの?
どうしていっつもいっつもこんなに予定を詰め込むの?
前回休みをとったのなんて、ひと月も前よ?
そのときだって翌日からの予定を伝えるため屋根の上まで追って来たじゃないの!
私だって休みが欲しいんだからっ!
誰にも何にも邪魔されない休みが欲しいんだからっ!
お婆様が立派な学園長であったからといって、私もそうだとは限らないんですっ!
……って、言いたいことをはっきりと言えたらどれだけ気分がすっきりするのでしょう。
「──わかりました……キーナ……」
また言えなかった……
私は常に舌の上に用意している、常套句となった肯定の返事を口から出すと、もはや特技となった愛想笑いを浮かべる。
「明日の予定は夕食の際にお伝えいたします」
「キーナ、明日の顕現祭くらいは……」
「ミューハイア学長? 明日くらいは、なんですか? そもそも先代学長の──」
「な、なんでもありません……」
「そうですか。 ──良いですね? くれぐれも交換留学の件、よろしくお願いいたしますよ?」
少し頑張ったところでキーナは私に自由など与えてはくれない。
それもいつものこと。
「わかりました。先方にはこの資料の通りに提示してみます。──ではキーナ、いって参ります」
「学長? まさかその服装で城へ上がるおつもりですか? 朝食会には婚約者のガルドニア卿もお見えになるのですよ? もう少し女らしく──」
お婆様を亡くし、ひとり身となった私を公私ともに面倒をみてくれているキーナにはどれだけ感謝しても、し足りない。
それはわかってはいるのだけれど……
「キ、キーナ、ですから私はまだ婚約なんて……」
身寄りのない私が、こんな悠長なことを言ってはいけない、ということも理解してはいるのだけれど……
それでもやっぱり、将来の伴侶くらいは自分で選びたい。
しかし──。
「学長! またそのようなことを! 亡くなった御両親や先代がお聞きになったらさぞや──」
そう言ってハンカチで目尻を拭うのもいつものこと。
「わ、わかりました、とにかく私は城へ向かいます」
キーナと朝の打ち合わせを終えた私は、少しだけおめかしをして、重い足を引きずりながら馬車の待つ学園の門へと向かった。
お婆様が急逝してからというもの、まだ十八歳である私に学園の運営を委ねるなんて、陛下もなにをお考えなのか──と、毎朝、毎昼、毎夕、毎晩、日課のように考える投げやりな思考を今も思い浮かべて馬車に乗る。
すると、私の胸の重たさとは裏腹に、馬車は軽やかに走り出した。
◆
窓から見る都は、祭りに酔いしれる人々で賑わっている。
老いた夫婦も若い男女も、朗らかに歌い、軽やかに踊り、そして踊り疲れたら杯をあおり、草むらに寝転げる。
幼いころに見て憧れた自由の象徴そのものが、昔と少しも変わらない姿で、私の目の前に広がっていた。
私だって自由気ままに屋根の上で寝そべって星を見たりしたいのに……。
ふと、ひと月ほど前に、冒険者街の屋根の上で出会った少年のことを思い出した。
あの子……自由そのもののだった……。
そしてあの子も精霊を──。
まだ幼い少年だった。
しかしバーミラル大森林から遠く離れたこの青の都で、なんの苦もなく加護魔術を行使し、精霊を呼びだしていた。
あんな子がこの都にいるなんて……。
どうにか捜し出してお詫びをしなければならないというのに、忙しさにかまけてそれっきりにしてしまっていた。
学園に戻ったらキーナに頼んでまた探してもらいましょう……
スレイヤの国民だったとしても、祭りが終わってしまったら王都から出てしまうかもしれない。
ましてや他国の冒険者だったとしたら、この機会を失えば、二度と捜し出せなくなってしまう恐れもある。
なんとか見つかってくれればいいのだけれど、と、ぼんやり窓の外を見ていると、城の門付近でコンスタンティン卿と話をしているその少年らしき人物が偶然目に入ってきた。
「あっ!」
私は自分の持つ幸運に驚き、思わず小さく声をあげてしまった。
しかし少年はコンスタンティン卿と並び、私が向かう先とは別方向へ歩いて行く。
私はあの出っ張ったお腹が苦手なため、今までコンスタンティン卿と言葉を交わす機会があまりなかった。
でも今はそうも言っていられない、せっかく幸運の女神が与えてくれた好機だ、無礼を承知でおふたりに声をかけてみよう──と御者に指示を出そうとしたとき、
「これは、これは、この良き日、朝一番に目にした女性が我が婚約者殿とは! 愛の女神が見たら私たちの運命に嫉妬していることでしょう! ご機嫌麗しゅう、ミューハイア嬢」
「ご、ご機嫌麗しゅう、イーストヴァルト卿……あの、私、少し別の用事で──」
「ああ! なんとよそよそしい! 将来の伴侶をイーストヴァルト卿などと! 常から申しているではないですか! 私のことはガルドニア、もしくはドニアと呼んで下さいと! わが妻ミューハイアよ!」
「え、ええ、しかしながらまだそうと決まったわけでは……」
「──おい、私はこのままミューハイア嬢の馬車で城へ入る、今夜は私の館へミューハイア嬢を招待しよう、家の者にその旨伝えておけ」
イーストヴァルト卿と御者のやり取りが聞こえてくる。
わざと私に聞こえるように大きな声で話しているのでしょう。
「ミューハイア嬢、そちらに失礼してもよろしいですかな? せっかくですからこのまま朝食会場へ共に参りましょう」
並走する馬車の窓越しにそう言われてしまい、私は大貴族からの誘いを断るわけにもいかず、御者にいったん停車するよう指示を出す。
「ああ! 近くで見るといっそうお美しい! このような女性が我が許へ嫁いで来るとは、私は幸せ者ですな!」
世辞を言いながらイーストヴァルト卿が乗りこんで来る。
得意の愛想笑いでイーストヴァルト卿にお辞儀をして、窓の外を見る──が、すでにコンスタンティン卿の大きな身体は視界の先から消えてしまっていた。
ああ、あの少年にお詫びをしたかったのに……
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