第118話 人混み




 ◆





 さすがに顕現祭前日とあって、明日の主会場となる城門前の運河周辺は多くの人でごった返していた。

 祭りまでまだ一日以上あるというのに、すでに席を陣取る見物客で隙間なく埋め尽くされている。

 それだけ人々が祭りを楽しみにしているということなのだろう。

 特に今年は儀式を執り行うことができるまでに回復したミレサリア王女の姿をひと目見ようという熱狂的な王女賛美者ファンが多いようだ。

 みんな今から待ちきれない様子で、青姫の素晴らしさを称えあっている。


 最前列の特等席ともなると、金貨三枚で売られていた。

 見物だけで金貨三枚とはなんとも高額のような気もするが、それでも空席はどこにもない。

 そしてその場所では裕福そうな人たちが、特等席を購入することができない者たちからの羨望の眼差しを肴に昼前から宴会を開いている。

 なんとも優雅なものだ。



 明日になればこの周辺に集まる人の数はこの何十倍にも膨れ上がるのだろう。


 そんな中、ひと区画だけ広大な空き地があった。

 宴会が行われている特等席よりもさらに良い場所にある。

 今この辺りにいる見物客が全員すっぽりと収まってしまうほどに広いこの場所は、貴族専用の特別席だそうだ。

 今はまだ誰もいないが、この席も明日の朝には埋まってしまうのだろう。


 酔った見物客が張られている紐をくぐって入り込み、衛兵にこっ酷く叱られている。


 とにかく顕現祭前日の青の都は人が多く賑やかで、どこを見ても祭り一色に染まっていた。






 ◆






 人混みの中を苦労して進み、停車場までどうにか辿り着いたものの、どこへ向かう馬車の列も乗客が多過ぎて大変な状態になっていた。

 特に市場方面へ向かう停車場は団子状態になってしまっていて衛兵が列の整理に追われているほどだ。

 貴族街行きの停車場は、と目をやると、やや人が少ないようではあるものの、それでも乗車するまでには相当な時間がかかりそうに見えた。


 馬車が到着する度に、大勢の人を吐きだしては列に並んでいる乗客をぎゅうぎゅうに詰めて走り出す。


 あまりの混雑ぶりに、具合を悪くしている人もいた。

 僕がその人に近寄って「もう少し先に救護施設あります」と教え、そこまで案内してあげると、辛そうに顔を歪めながらも感謝された。

 

 そして再び停車場まで戻って来ると、人の流れはますます大きくなっていた。

 間もなく迎える昼食の時間ともなれば、屋台の食事を求める客で身動きできなくなってしまうだろう。


 今夜の警戒に当たってバークレイ隊と合流するのは『五の鐘の時分に城門前』だ。

 今はまだ昼前だから優に六アワルはある。

 のだが……

 

 こうまで混みあっているのら、下手に館に戻るよりこの近辺で時間をつぶした方がいいかな……

 今帰ったところで、なにをする間もなくまたここに戻ってこなければならなそうだし……



 そう考えた僕は、人で溢れる停車場から離れると、どこに向かうでもなく適当に人の流れを選び、その流れに身を委ねた。







 ◆







「──トレお姉さま! 早く早く!」


「──ミレアさ……ミ、ミアッ! お待ち下さ、お待ちなさい!」」


 運河沿いの人の波の中にそのふたりはいた。


 紅い髪の少女と、深く被った頭巾から桃色の髪を覗かせている女性──ミレサリアとトレヴァイユだ。

 ミレサリアは、明日は儀式本番だというのに『城から一歩も出ない』というトレヴァイユと交わした約束を反故にしてまで城から出る必要があった。


 城の結界にラルクロアの存在を確認した──からである。


 それはつい今しがたまで感じられていた。

 ミレサリアはラルクロアの存在を感じた瞬間、すぐにでも部屋を飛び出したかったが、明日の儀式の最終打ち合わせの真っ最中だったため、そうすることができずにいた。


 そして予定より長引いた打ち合わせが終了すると同時、『約束が違います!』と眉を吊り上げるトレヴァイユを笑顔で宥め、城を抜け出した──のだった。

 が、こんなこともあろうかと予測を立てていたトレヴァイユは、自らの隊に身を潜めての護衛を命じていた。

 であるから、この場で紅い髪の少女を第二王女と知るのは、王女を必死に追いかけているトレヴァイユと、少し後方で気配を消してふたりの後をつけている三人の近衛騎士、だけであった。


 そのはずであった。







 ◆







「──どこもいっぱいか……」


 僕が乗った人の流れは屋台へ続くものだった。

 それに気が付いた僕は渡りに船とばかりに昼ご飯を購入しようと試みるが……


「とてもじゃないけど買える気がしないや……」


 どの屋台にも家族連れや団体が道幅いっぱいに長い列を作っていて、店に近寄ることすらできない。

 たぶん行列に並んでいる人たちは、その先でなにを売っているのかもわからずに並んでいるのだろう。 


 今から並んでも軽く二アワルはかかるな…… 

 戦いになるかもしれない夜に備えて、お腹になにか入れておきたいんだけど……


 なんでもいいからすぐに買える店がないか背伸びして辺りを見回していたとき


「──ミアッ! どこに行ったのッ!! ミアッ!」


 切羽詰まった声で人を探している女性と視線があった。





 


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