第86話 カイゼル=ホークの本領


 到着した試練の森、第三層の外れ。


「間違いなさそうです。──あの先辺りですね」


 僕は地図と地形を照らし合わせて目的地が近いことを確認すると、エミルとカイゼルさんに小声で知らせた。

 寝小丸さんから降りて、木々に身を隠しつつ、森が開けている先を窺う。


 するとそこにあったのは──


「こんなところに……神殿……でしょうか……」


 エミルの言う通り神殿のように見える建造物だった。

 ただ、神殿のようには見えるのだが、僕のよく知るそれとはまったく異なっている。

 巨大な神殿らしき白亜の建物がすっぽりと崖の中に埋め込まれているのだ。

 いや、崖をくり抜くように掘って造られているのか。

 建物の柱や外壁が、崖の岩肌と色こそ違うが一体になっている。

 

「すごいな……これ、人が造ったんだよな……」


 見たこともない壮大な造りの建造物に圧倒されて、僕は思わず感嘆のため息を漏らした。


 二、三十段はあるだろう幅の広い階段の上からそびえる、等間隔に並んだ八本の大きな柱。

 両端には崖の壁面に埋まるように彫られた、恐ろしいほどに巨大な二体の像がある。

 その石像はとても奇妙な姿をしていた。

 身体は人間であるのに、頭部はくちばしの長い鳥になっている。

 そしてまるで神殿の屋根を支えているかのように腕をあげた状態で、右と左と対に立っている。

 雨に濡れる石像はとても精巧に造られていて、今にも動き出しそうだ。


 八本の柱の中央には、入り口と思しき空洞がある。


「古代の遺物、ですな」


「古代の遺物……これが……」


 カイゼルさんの説明に僕は父様の書斎で見た書物を思い出した。

 この大陸では大昔に造られた建造物がいくつか発見されているそうだ。

 それらは総じて『古代の遺物』と呼ばれている。

 僕がその書物の挿絵で見たのは山のてっぺんに建てられた神殿だった。

 昔の人はすごいなあ、と、単純に感心していたことを憶えている。



 そういえばあの神殿の絵にも、身体が人間で頭が鳥の不思議な生き物の像が描かれていたな……



 いったいなんの生き物なのかわからないが、もしかしたら大昔の人が崇拝していた神かなにかなのかもしれない。



「聖者さま、入り口はあそこに見えるもの一か所のようですけれど……」


「あ、そういえばそうだね……」


 僕たちはここにある施設を屋敷のような建物だと思い込んでいた。

 それに合わせて考えた作戦も、表で僕が騒いで敵を引き付けて遠くに逃げ、その隙にカイゼルさんが裏口から建物内に忍び込む、という、なんとも綿密に計算された(?)ものだった。


 だがこの神殿の構造では裏手に回り込むことができない。

 つまり、作戦を練り直す必要に迫られた、ということである。


「どうしましょうか、カイゼルさん」


 僕は木の隙間から神殿を睨みつけているカイゼルさんを見上げる。


「うむ、入り口がひとつなのであれば……」



 そして新たな作戦について臨時に話し合うこと暫し。





「──わかりました。頑張ってみます」

「──承知いたしました。カイゼル様」


 そしてカイゼルさんの案に僕とエミルは頷いた。








 ◆







「おお! このような場所に神殿があるぞ!! これは驚いた!」


 大槍を手にしたカイゼルさんが神殿入口の目の前で大声を張る。


「誰もいないのかのう!」


 木に隠れて見ている僕とエミルの下まで聞こえてくるほど大きな声だが何の反応もない。

 どうやら入り口付近に見張りのようなものはいないようだ。

 このような場所に来るものなどいないと高を括っているのかもしれない。


「これは国に報告せねばなるまい! 早速中に入ってみようではないか!!」


 カイゼルさんがそう叫ぶと、槍の石突を、ドンッ、と地面に打ち付ける。

 その衝撃は凄まじく、五百メトルは離れているここにまで震動が伝わってくる。 



『大丈夫でしょうか、カイゼル様……相手は姿が見えないと言っておられましたが……』


『ひどい棒読みの方が心配だけど……カイゼルさんを信じよう。さあ、僕らも移動しよう』


 声を顰め、心配そうに尋ねてくるエミルにそう言葉を返すと、


『寝小丸さん、では行ってきます』


 体が大き過ぎて潜入作戦には加われない寝小丸さんに手を振って、作戦通り僕たちは移動を開始した。








 ◆








「何奴だ!」


 崖下に響いた怒号に驚き、僕とエミルは動きを止めて神殿に目を向けた。

 すると神殿の中からふたりの男が姿を現し、入り口前で騒ぎ立てているカイゼルさんを睨みつけ──るが、その目は睨むというよりは仰天に目を瞠っているといった感じか。

 こんなところにまで人が来たことにもだろうが、カイゼルさんの外見に度肝を抜かれたのだろう。


 男ふたりはどうやらこっそりと移動している僕たちではなく、カイゼルさんの声に反応したようだ。

 男たちの彫りの深い顔立ちから推察するに、この国の者ではないように見える。


『あれ? 姿が見えているぞ?』


 僕の頭にふと疑問が浮かんだが


『本当ですね。お師匠様が言われた"隠れ者"とは異なる敵なのでしょうか』

『うーん、わからないけど……とにかく先を急ごうか』


 手筈通り右から二本目の柱の陰に身を潜めた。

 入り口の前に立つ男たちとの距離は五十メトルほどだ。



「やや、決して怪しい者ではないぞ! 見ての通りレイクホールの聖教騎士団の騎士である! 実は道に迷ってしまってのう! そうこうしておったら斯様な神殿を発見したのだ!」


 棒読みのカイゼルさんが演技を続ける。


「ここにはなにもない! 今すぐ立ち去れッ!」


 男たちはスレイヤの言葉が通じるようだ。


「そうは参らん! 仮にこの建物が古代の遺物であれば国に報告せねばならんのだ! 神殿内を検め、必要であればレイクホール辺境伯に報告申し上げる!」


「ここにはなにもないと言っているだろうッ! いいからさっさと立ち去ってここのことは忘れろッ!」


 カイゼルさんと男たちのお互いに譲らぬ舌戦が繰り広げられる。


「いや! このまま見過ごすわけには参るまいぞ! この中にはなにやら秘密がある! そうそれがしの勘が告げておる! さあ、中を検めさせていただきますぞ!」


 カイゼルさんが、右足を一歩前に出す。



 男たちは前に出るか──?



 ここで男たちがカイゼルさんの相手をしている間に、僕とエミルが神殿内部に入り込む計画になっている。


 僕はその機を今か今かと待ち構える。


「さあ!」


 カイゼルさんが左足も前に出す。


「ぐっ!」


 言葉に詰まった男ふたりは顔を見合わせて互いに頷く。



 動くか──?



 僕は男ふたりから目を離さず、エミルに侵入の合図を出すために左手を上げようとしたそのとき──



 き、消えたッ!?



 僕の見ている目の前で男ふたりの姿が掻き消えた。


 『──っ!』背中からも息を飲んだエミルの緊張が伝わってくる。



 ど、どこに行った!?



 僕は動揺を隠せずに慌てて周囲を見回すと──



──ドオオンッ!!



 凄絶な轟音が耳を劈き、激烈な衝撃が身体中を駆け巡った。

 急いで音の出所を確認する。



 ──なッ!



 呼吸が止まるほどに破壊的な音の原因は、カイゼルさんだった。

 カイゼルさんが大槍の石突を大地に打ち付けた音──。

 しかし先ほどの比ではない。

 未だ足元は地面がビリビリと震動している。

 まるで地震のようだ──驚愕したそのとき、再び激しい音が辺りに響き渡った。


 聞こえてきたのは金属同士がぶつかり合う音──。

 見るとカイゼルさんが地に立てていた大槍を首元に構えている。

 そしてそのまま大槍を、ブン、と振り回すと──


──ガキイィン!


 また強烈な音がする。

 しかし今度は音だけではなく、火花も散っているのが見えた。



 これは──剣戟の音だ!

 カイゼルさんは今まさに"隠れ者"と戦っているんだ!



 そう理解した僕は改めてカイゼルさんを注視すると──なんとカイゼルさんは目を瞑っていた。


 両目とも閉じているにもかかわらず、"隠れ者"の攻撃を見事に躱している。



 さすがカイゼルさんだ。

 一度手の内を見た''隠れ者"の対策をすでに講じているようだ。



『今のうちに潜り込むぞ!』



 僕が声をかけると、ハッ、と身動ぎしたエミルが小さく返事をする。

 こんなものを見せられては、思考が停止してしまうのも無理からぬことだ。



 カイゼルさん! ご武運を!



 僕がカイゼルさんにこの場を託して前に進もうとしたとき、カイゼルさんは僕の動きが然も見えているかのように、口角を上げて頷いた。



 それは『任された!』と言っているように僕には見えた。





 


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