第85話 三人と一匹


 まもなく夜が明ける。

 やはり初陣へは雨が降る中の出立となった。


「それではお師匠様、行ってきます」


「頼んだよ、童。──それからいいかい、エミルから目を離すんでないよ?」


「はい」


 時折吹き付ける極寒の風に身体が軋む。

 手足の指先はかじかみ感覚が鈍い。 


 全身を締め付けるような寒さだが、幼いころから毎冬足繁く泉に通っていたこともあり、辛さは感じなかった。

 むしろ『攫われた人たちを、強敵"隠れ者"が待ち受けているだろう得体の知れない施設から助け出す』という責任重大な作戦を前にして、気は昂ぶり身体は心なしか上気していた。


「──あの娘の覚悟、その身体でしかと受け止めるんだよ」 


 僕より薄着で見送りに立つお師匠様が鋭い眼光を放つ。


「──はい。わかりました」


 僕はいっそう表情を引き締めると、出発を待つ仲間パーティーのもとへ向かった。






 ◆






「エミル、カイゼルさん、行きましょう」


「はい。聖者さま」


 第五級現代魔法師、ブレナントの聖女、エミリア──。

 治癒魔法を得意とするエミルの名は、活動拠点の教会があるブレナントの街のみならず、今や王国中に広く知れ渡っている。

 現在取り組んでいる修行により、魔法師としての階級が五級から三級にまで飛躍する可能性を秘めている妹弟子だ。



「承知仕った! 兄者!」


 レイクホール聖教騎士団、序列十四位、カイゼル=ホーク──。

 一度手合わせをした相手には高い確率で勝利を得るという剛の者。

 精霊と契約を交わすことが叶えば、五年に一度行われる聖教騎士真力戦では確実に五指に入るだろうと言われている弟弟子。

 

 師を同じくするこのふたりが今回の奪還作戦に参加する僕の仲間パーティだ。


 昨晩お師匠様から参加の許可と留意する点とを言い渡されたエミルは、ミスティアさんが狩りの時に使用していたという軽装に身を包んでいる。

 軽装といってもかなり特殊な作りをしており、防具の類を装着せずとも急所が守られるようになっている。

 扱いやすい両刃の短剣ダガーを二本、腰のベルトに差してはいるが、武器の扱いは素人のため、おもに縄を切ったりいざという時の護身用として携えている。

 完全に後方支援に特化した装備だ。(無論、前衛に出てもらわれては困るのだが)

 いつもは風に靡くままにしている銀の長い髪も、今日は器用に結い上げている。



 カイゼルさんは自分の騎士服姿だ。

 外套の外れた留め金や騎士服の綻んだ箇所などはオルレイアさんに繕ってもらい、新品同様に元に戻っている。

 寸法的に着替えになるようなものがないから、直してもらっている間カイゼルさんは裸だったが、カイゼルさんの大きな身体はいくつもの傷で埋め尽くされていた。

 武器は昨日、納屋(といっても相当な大きさの建物だが)の中を隅々まで探して見つけたと言っていた、今も背中に抱えている丸太のような大槍だ。

 柄の部分は僕の身体周りほどもあり、それに見合った巨大な湾曲している刀刃は雨に濡れてギラリと妖しい光を放っている。

 これほどに大きな武器をいったい誰が何のために造ったのかは不明だが、カイゼルさんか人鬼オーガ以外に実戦で使い熟すことができる猛者はまずいないだろう。

 というより、なんでこんな武器がここにあったのか、ということも不思議だが。




 目的の第三層の外れまでは凡そ二日と半。決して楽な道程ではない。

 だがそれも僕たちの足で歩いて向かえば──のことだ。

 

「じゃあ、寝小丸さん、お願いします」


 僕は相棒こと寝小丸さんに声をかける。


『ニャーオ』


 「任せろ」と、言ってくれているのかどうかはわからないが、「いやだ」とは言っていないとは思う。


 昨日の日中、「明日三層まで一緒に行ってもらえませんか?」とお願いをしてみたら了承してくれたのだ。

 『背中に乗せてもらってもいいですか?』との追加のお願いも快諾(?)してくれた。

 お師匠様は『寝小丸がいいというのなら構わないよ』と言ってくれたからダメ元で頼んでみたのだが、意外にもあっさりと受け入れてもらえた。

 寝小丸さんの背中に乗させてもらうのは初めてだが、これで往復にかかる時間をかなり短縮できる。

 救出した人たちの運搬もきっと楽になるだろう。



 ちなみにオルレイアさんとセラさん、クラックは庵で留守番だ。といっても手を休めている暇はない。

 攫われた人たちを首尾よく救出できたことを想定して、その人たちを迎え入れる準備をしなければならない。

 セラさんの情報によると、セラさんが乗せられていた馬車だけでも十人ほどの女の人がいたという。

 全部で何人ほどの被害者がいるのか憶測の域を出ないが、倍、もしくは三倍はいるだろうと見積もった。

 その人たちを万全の態勢で受け入れられるように、オルレイアさんを中心に作業を進めてもらっている。





 寝小丸さんのふかふかの背中によじ登ると、先頭に僕、真中がエミル、そしてその後ろにカイゼルさんの順で跨る。

 僕とエミルはもちろんだが、寝小丸さんが座っている状態であってもカイゼルさんの足は地につかない。 


「よし、それじゃあ出発!」


『ニャーオ』と寝小丸さんが一声鳴いてから、胴体を起こすと──


「うわ!」「きゃあ!」「おお!」と三人の口から叫び声が上がる。

 

 四肢を伸ばした寝小丸さんの背中は、馬に慣れているカイゼルさんでも驚くほどに高い。


 そして寝小丸さんは地を蹴ると、今まで見せたことのない速さで以って二本の大木の間を通り抜けた。







 ◆







「本当にあったかいのですね!」


「えぇぇ? なにぃ? もっと大きい声でっ!」


「ほ、ん、と、う、に、あ、た、た、か、い、の、で、す、ねっ!」


「そうだねっ! でも怖くないっ?」


「怖くなんてないですっ! 聖者様が一緒ですからっ!」


「──ははっ! カイゼルさんは大丈夫ですかぁっ!」


「ぅおお! 寝小丸殿っ! 少しばかり速過ぎやせんですかなっ! うおぉ! 寝小丸殿っ!」




 こうして僕たちは歩きであれば二日半かかる第三層外れまでの道のりを、僅か二アワル足らずで走破することができた。





 

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