第78話 妹は聖女さま


「え? お師匠様?」


「童と同じようにわたしの弟子になるんだ、お前さんの方があの娘より少しばかり早く弟子になったわけだから、お前さんが兄、あの娘が妹になるわけだね」


 弟子……。

 僕の聞き間違いじゃなかったんだ。


「良かったじゃないかい、あんなに可愛い妹ができて。まぁ、しっかりと面倒を見ておやり」


 ああ、そうか、なるほど。

 僕に妹ができたんだ。

 僕より少し年上だけど、新しい家族ができたからこれでもう寂しくないや。


 ──って、なるわけないじゃないか!


「そ、そんなことしたらいつか僕の出自がバレちゃうじゃないですか!」


 もしラルクがバレて、ラルクロアがバレて、クロスヴァルトまでもがバレたら──

 山奥で暮らす意味がなくなる!

 偽名を使う意味もなくなる!


「だから言ったろう? あの娘は大丈夫だって。なにせブレナントの聖女だからね。お前さんのことを知って態度を変えるような薄っぺらい真似などしやしないよ」


「ブレ、ナント……の……聖女……? なんですか? それ」


「はぁ、これだから……箱入り息子は困りものだよ。世間のことをトンと知らない。ブレナントの聖女っていうのはね──ほれ、いい機会だ、妹に聞いてみな」


 ちょうど新しいスープを持ってきたエミリアさんにお師匠様が「ねぇエミルや」と目配せする。

 いきなりお師匠様に振られて小さく驚いたエミリアさんだったが「先ほどは失礼致しました」とスープを机に並べた後、恥ずかしいのか頬を赤らめて説明を始めた。


「教会が大袈裟なのです。やめてくださいって何度もお願いしているのに、少し治癒魔法が得意なだけの私のことを、ブレナントの聖女と呼ぶのです。他の聖女様の耳に入ったらどれほど滑稽に思われるか──」


 あれ? それ、今の僕の状況と似ていませんか?

 もしかして自分がやられて嫌なことを僕にしてるの?

 聖者って呼ぶのは嫌がらせ──なのかな?


「謙遜するじゃないか。エミルの治癒魔法には青姫も一目置いているっていうよ? 青姫自ら教会まで足をお運びになったそうじゃないかい」


 あ、エミリアさんもミレサリア王女と会ったことがあるんだ。


「いえ、あのことは偶然近くを訪れたミレサリア殿下に教会側がお願いした演出です。ミレサリア殿下とお会いできたのは幸運でしたが、私が目的の来訪ではありません」


「まあ、どちらにしてもスレイヤじゃあブレナントの聖女の名を知らないような間抜けはいないってことだね」


「うぐ」


 知らなかった……エミリアさんがそんなにすごい人だったなんて……

 ということは、やっぱりさっきのは治癒魔法だったのか。

 どおりで気分が良くなったわけだ。


「お師匠様までそのようなこと……本当に畏れ多いのでどうかその聖女というのはおよしください……」


 おお、なるほど、こうやってやんわりと拒否すればいいのか。

 で、最後は俯くのがコツだな?


「でもお師匠様、なぜエミリアさんが弟子に?」


「ああ、エミルはねえ、五級の現代魔術師らしいんだがね。鍛えれば三級にはなれるほどの魔力を持っているのさ」


「それはすごいじゃないですか!」


 三級の治癒魔法師なんていったらそれこそ聖女だ!

 どんな怪我も病もたちどころに治してしまえるぞ!


「私、少しでも力をつけたいのです!」


「辛かったんだねぇ。その若さで目の前で仲間を失うなんてねぇ」


 人鬼オーガのときか……。


「私は何もできませんでした……もう二度とあんな思い……」


 夢の中の僕と同じだ……何もできなくて……

 そうだよ、夢の中だったからといってなにを僕は悠長に構えているんだよ。

 もし、万が一にもあの夢と同じ窮地に陥ったとき、僕は最善の行動を取れるのか?

 大切な人を護るために力を出し切れるのか?


 エミリアさんと一緒だ。

 僕の想いはエミリアさんと同じ方向を向いているんだ!


 ──よし! そうであれば!


「エミリアさん! 一緒に強くなりましょう! 大切なものを護るために!」


「聖者さま! は、はいっ! よろしくお願い致します!」


「頑張りましょう!」


 あ、ここだ! ここでエミリアさんにお願いしよう!

 同じ想いのエミリアさんならわかってくれるはず!

 最後は俯くのを忘れずに──


「あのう、エミリアさん、その前に……その呼び名……本当に畏れ多いので……」


「それはできません! 誰がなんと言おうと私にとって聖者さまは聖者さまなのです! それと、私のことはエミルと呼び捨てにしてくださって構いません!」


「え?」


 あれ? なんだこの人、自分のときと言ってることが……


 変わった人が妹弟子になっちゃったのかな……?


「童、ふたりが私の弟子になったからには弟子の間での上下関係は大事だよ。たとえ長幼が逆であっても、たとえ片や庶民で片やブレナントの聖女であったとしても兄は兄だ、いいね? 童はこれからはエミルとお呼び。エミルは妹なんだ、聖者さまでも性邪さまでも好きに呼ぶがいいよ」


「え? ……は、はい……」


「はい! お師匠様!」




 ◆




「それでお師匠様、僕がクロカキョウと名乗ったというのはどういうことなんですか?」


 エミリアさん改め妹弟子のエミルが調理場に戻り、僕はお師匠様と夢の話の続きを再開した。が、その前にお師匠様が言っていた、僕がミスティアさんを助けたときの顛末について尋ねた。


「お前さんがティアのもとに駆け付けてくれたときだがね、まるで別人のようだったと言っていたよ」


「別人、ですか? 確かに街を出てからの記憶がないんですけど……」


「ああ、軽い身のこなし、流暢な精霊言語、そして瞬く間に見えざる敵を無力化してしまった術、ティアの目にはとても七歳の少年には見えなかったそうだよ」


「見えざる敵……七歳に見えない?」


「ああ、颯爽と現れて抱きかかえられたときなんざ、胸がときめいたらしいよ」


「……だ、抱きかかえ……ミスティアさんがそれをお師匠様に……?」


 な、なにやってんの? 僕!


「ああ、ティアが言っていたから間違いないよ。──あの子もまんざらじゃあなさそうだったねぇ」


 そう言ってお師匠様が向けた視線の先を見ると、盆を持ったエミルが戸口でこちらの様子を窺っている。エミルは僕と目が合うと、さっと奥へ引っ込んでしまった。


「だが大事なのは童が記憶を失っていたことでも、ティアをときめかせたことでもない。お前さんが『クロカキョウの記憶を持つ』と口にしたことだよ。そして──」


 クロカキョウ……

 僕があの男の人の記憶を……


「ティアでも術を封印されて行使できなかった加護魔術を童がいとも容易く行使して、そのうえ見たこともない術式を使い賊を無力化したってことなんだよ」


「つまりそれは……」


「ああ、今、童が考えているとおりだよ。つまるところ、お前さんの中にあるクロカキョウの記憶で以って加護魔術を行使し、ティアを救い出した──ということだろうね」



 

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