第18章 反攻

18-1.陰影

『第3艦隊、』軌道エレヴェータ管制室に〝カレン〟の声。『反応消失!』

 戦術マップから第3艦隊の反応だけがごっそり失せた。

『アクティヴ・ステルスと推定します』軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室の管制卓から〝ホリィ〟が添える。『ですがレーザ通信系統のロックが外れません。第3艦隊は宇宙港との回線を維持しているものと思われます』

「こいつはまあ、予想通りだな」バカラック大尉が思案半ばに評して声。

「弱点を残すのが?」ドレイファス軍曹が眉根を寄せる。

「連中はまだ第6艦隊を捕捉していないはずだ」バカラック大尉が指を一本立てて、「なら、〝眼〟は自前だけじゃ足りない。空間観測網に電波灯台。完全ステルスに振っちまっちゃ、見えない敵に突っ込んでくのと何も変わらん」

「っと待ってくださいよ、」ドレイファス軍曹が挟んで疑問。「じゃ大佐の陣営は完全ステルスからあの〝放送〟を?」

「どういう手品だか」注釈付きで、バカラック大尉は小さく頷いた。「皆目判らんがな」


『反応消失!?』ノース軍曹が視覚、戦術マップに眉をしかめた。

『くそ!』隣でニールセン大尉も吐き捨てる。

 宇宙港〝クライトン〟。戦術マップには第3艦隊の影――も形も残っていない。その跡へ〝ミランダ〟がタグを立てる。『アクティヴ・ステルスに入ったものと推定します』

『ということは、』ニールセン大尉に当然の疑問。『宇宙港との回線も?』

『切ってるでしょうね』ノース軍曹も落胆を隠さない。

『待って下さい』〝ミランダ〟が戦術マップの一角にタグ。『第3艦隊の痕跡? ――いえ艦影!』

『単独か!?』ノース軍曹が食い付いた。視覚の戦術マップに現れた艦影は――1つだけ。

『艦影分析!』すかさずニールセン大尉。

 タグに反応。『艦名不明』の表示が掻き消え――、

『識別、救難艇!』〝ミランダ〟の声とともに、戦術マップ上に明確なシルエット。『艇名――〝フィッシャー〟!!』


〈お父様〉ヘンダーソン大佐の聴覚へ〝キャサリン〟。〈戦術マップから第3艦隊の反応が消えたわ〉

〈まあいい、〉大佐は鼻息一つ、〈得るものが増えなかっただけの話だ。予定が変わるわけでもない〉

 眼を向けた先に――マリィ・ホワイト、色を失って立ち尽くすその姿。

〈あの子、これじゃ使いものにはなりそうにないわね〉軽く〝キャサリン〟から問い。〈〝放送〟はおしまい?〉

〈そうも行くまい〉大佐は小さく肩をすくめて、〈わざわざ悪役を演じてやるのも業腹に過ぎる〉

〈あら、弱気?〉〝キャサリン〟の声が笑みを含んだ。

〈まさか〉大佐も片頬に笑みを刻む。〈手順を踏むだけのことだ〉


〈アクティヴ・ステルス、動作検証!〉第3艦隊旗艦〝オーベルト〟総合戦闘指揮所、オペレータが声を上げる。〈電磁波リーク、観測閾値以下を保持!〉

 戦術マップにタグ――アクティヴ・ステルスの『電磁波リーク』、それが帯びて緑色。

〈加速用意!〉サルバトール・ラズロ少将から号令。〈加速6G、最大戦速!〉

〈加速6G、用意!〉艦長席からウィリバルト・ハルトマン中佐。〈最大戦速!〉

〈最大戦速、用意よし!〉各艦から復唱が続く。〈加速6G、了解!〉〈加速6G、用意よし!〉〈最大戦速、加速6G、了解!〉〈最大戦速、用意よし!〉

 復唱とともに視覚の戦術マップ、各艦に次々と『加速準備完了』のタグが立つ。

〈データ・リンク、同調良好!〉

〈アクティヴ・ステルス、追随します!〉

〈3、2、1、マーク!〉

 そして一斉に各艦へ――加速G。


『紹介しておこう』救難艇〝フィッシャー〟医務室に〝トリプルA〟の声が伝わる。『〝カロン〟だ。医療用ナノ・マシンの遠隔手術にかけちゃ、彼女の右に出る者を知らないね――〝カロン〟?』

『初めまして』女の声に色はない。『時間が惜しいわ。始めましょうか』

「ギリシア神話か」ドクタの眼はヒューイのバイタル・サインから動かない。

「何の話だ?」シンシアが眉をひそめる。

 〝トリプルA〟が置いて一言、『冥府の河の渡し守』

「イチ押しの医者が?」シンシアの声に怪訝の色。「どういう因縁だ?」

「ただし書きがあってな、」ドクタが視覚のウィンドウ群を睨みながら、「生者はこの世に突き返す」

『通さないとは言わないわよ、』〝カロン〟が一言、『袖の下を弾まれたらね――ナノ・マシン同調開始。セルフ・チェック実行』

 視覚に開いてウィンドウ。ヒューイの体内を泳ぐ医療用ナノ・マシン群から応答が返る。

『何よこれ、』〝カロン〟に怪訝声。『型落ちどころか最新型の高級機じゃない』

「あ……!」シンシアが思い当たる。「大佐ンとこで整形手術を受けてるはずだ――その時に?」

『電磁誘導でレーザが使えるわよ』鼻歌を洩らして〝カロン〟。『給電システムの容量は?』

「救難艇の応急用途とは言え、」ドクタが救難艇搭載設備の諸元表を転送する。「1キロワットは何とかできる」

『上等』〝カロン〟の語尾が小さく踊る。『こっちは患部を繋ぎたいのよ、願ったりだわ。カルテをロード。ナノ・マシン、推定患部へ移動中――サーチ予約実行、マッピング開始』


『防壁通過!』ノース軍曹が告げた。『〝メルカート〟のネットワークに繋がります!』

 陸戦隊本部の視覚に錨泊船のネットワーク図がポップ・アップ。

『バックドア開放』〝ミランダ〟が虫食いのネットワーク図を埋めていく。『船内をマッピング中――3分ください』

『軌道エレヴェータ区画へ中継できればいい』ニールセン大尉から注文。『マッピングは省略できんか?』

『発見される危険が上がります』〝ベルタ〟がたしなめる。『勝負は一瞬だけとは限りません』

『僭越ながら、』ノース軍曹も隣へ振り返る。『私も同意見です。上手くすれば敵の救難艇にだって仕掛ける選択肢が手に入ります』

 視覚、二人の中間に戦術マップ。第3艦隊主力艦艇が残した空乏には、進路を転じつつある救難艇〝フィッシャー〟が映る。

『まあいい』ニールセン大尉が眼前の隔壁へノックをくれた。『待とう――こいつを乗り越えるまでの辛抱だ』


〈〝キャス〟、〉キースがウィンドウ群に睨みをくれて、〈連中はまだ尻尾を出さないか?〉

〈そりゃ無理でしょ〉すげなく〝キャス〟。〈何も接点がないんじゃ、いくら私だって手が出ないわよ。だいいち視えもしない相手にどうやってちょっかい出すつもり?〉

〈ま、〉ロジャーが小さく出して舌。〈盲撃ちってわけにも行かねェわな〉

〈あんたの女選びじゃないんだから〉〝ネイ〟が突っ込む。

〈待てロジャー!〉キースが食い付いた。〈そいつだ!!〉

〈正気かヘインズ?〉オオシマ中尉に呆れ顔。〈無差別だろうが放射管制中の艦隊が相手だぞ〉

〈無差別だ〉キースが瞑目、〈だが攻撃じゃない。うってつけの手があるだろう〉

〈もったいつけるな〉眉をひそめてオオシマ中尉。

〈ただ、使えるのは恐らく一回きりだ〉キースに歯噛み。〈とにかく近付け。この際は距離がとにかく惜しい〉


「残念な結果になったな、」片頬だけに笑みを刻んでヘンダーソン大佐が振り返る。「ミス・ホワイト」

 半拍遅れて、マリィが力なく顔を向ける。その表情が無言の問いを帯びていた。

「キース・ヘインズは、」染み入らせるように大佐が告げる。「君のエリックと共存するのを拒ん……」

「約束が違うわ!」マリィが大佐の語尾を断ち切った。

「では、彼らを説得してくれるかね?」大佐は小首を傾げて、「もはや居場所も定かではないが」

「大佐、あなたが……」マリィの眼が大佐にすがる。「……あなたが身を退いてくれさえくれれば……!」

「私にも譲れない一線というものがあってね」大佐は肩を一つすくめてマリィの視線を跳ね返す。「〝テセウス〟、ひいてはこの星系〝カイロス〟の未来だ。聞いての通り、ヘインズは指導者たり得ない」

「あなたが星系を率いる理由もないわ」力なくもマリィの反駁。

「では誰が?」大佐が突きつけて問い。「この際、混沌は忌むべき罪だ。指導者の不在は、この新天地を潰すことにもなりかねん。消去法で秩序は成らんよ」

「統制の間違いじゃないの?」マリィの声が尖った。「都合の悪いものには片っ端からフタをして」

「無用な犠牲を回避できるなら、」大佐が指を一本立てて、「喜んで悪役を演じてみせるとも」

「おためごかしもいい加減にして!」マリィが視線に忌みを乗せる。

「残念だな、」大佐はさほどの執着も見せず、「遂に平行線か」

『ほんと、残念ね』そこへ声。

 マリィが向けて眼――すぐ隣。

『お待たせ』亜麻色の髪の下から、深緑色の瞳が笑んだ。『どう、似合う?』

 柔らかな細面、細身の曲線に女を匂わせて――即ちマリィの生き写し。


〈何?〉〝キンジィ〟が最初に声を上げた。

〈どうした?〉6G加速の下からギャラガー軍曹。

 軍曹の視覚、マリィを映す〝放送〟ウィンドウが強調表示。

〈たった今、〉〝キンジィ〟に怪訝声。〈〝ジュエル〟の動きが……〉

〈独り言か?〉ギャラガー軍曹が疑問を口へ上らせる。〈〝キンジィ〟、履歴を洗え――中尉!〉

 時間優先で居残った〝オーベルト〟の総合戦闘指揮所へ振り返る。オブザーヴァ席の一つを占めてオオシマ中尉。

〈ギャラガー軍曹も気付いたか〉オオシマ中尉の声に確認の意図。〈〝ジュエル〟の挙動が妙だったな〉

〈では、〉ギャラガー軍曹の表情にはっきり疑問。〈大佐が?〉

 頷き一つ残して、オオシマ中尉は傍らへ眼を向けた。〈ヘインズ、気付いたか?〉

〈ああ〉言葉とは裏腹に、キースの声には怒りが滲む。〈大佐がまた好き勝手を始めるな〉

〈〝放送〟中……だからこそか〉横からロジャーが声を低める。〈あのタヌキ野郎が利用しないわきゃねェわな〉

〈くそ、そうか――〝キャス〟!〉キースが顔色を失った。〈侵入、〝サイモン〟の配信局!〉

〈何よ急に〉ぼやきつつも〝キャス〟はウィンドウを展開。

 ウィンドウ内を光の軌跡が駆け抜ける――第3艦隊から軌道エレヴェータ〝クライトン〟、さらに宇宙港間のホットラインを経由して、宇宙港〝サイモン〟、その配信局へ。


 マリィの眼前に――自分の写し身。

 背筋を戦慄が駆け上がる。息を呑み、声を詰まらせ、次いで振り払――おうとして違和感。

『無駄よ』声が変わった――〝キャサリン〟。『あなたと大佐の視覚だけに干渉しているから。でも、』

 白い指を細い顎先へ添えながら、『これで〝放送〟に干渉したら――どうなるかしら?』

「また、」マリィの声が怒りを帯びる。「都合のいい嘘を並べるの?」

『あら――』マリィの眼前、虚像が眩いばかりの笑みをこぼした。『私は〝本物〟よ?』

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