17-11.責任

「第3艦隊、発進用意!」宇宙空母〝オーベルト〟、戦闘指揮所に艦隊司令サルバトール・ラズロ少将。「目標、宇宙港〝サイモン〟、アクティヴ・ステルスで間を詰める! 各艦、状況報せ!!」

 と同時、メイン・モニタへ所属各艦のステイタス・ウィンドウがポップ・アップ。

〈〝イェンセン〟、用意よし!〉〈〝カヴール〟、用意よし!〉〈〝シュルツ〟、用意よし!〉

〈〝フィッシャー〟は宇宙港を盾に相対停止!〉ラズロ少将も高速言語へ切り替えた。〈第6艦隊の死角へ入れ!〉

〈〝フィッシャー〟、了解!〉救難艇から艇長セイガー少尉が告げる。〈第6艦隊の死角へ入ります!〉

〈〝シュタインベルク〟、用意よし!〉〈〝ダルトン〟、用意よし!〉

〈〝オーベルト〟、用意よし!〉

〈ゴースト、配置完了まで2分!〉

〈放射パターン認識中、1分下さい!〉


「……キース……お願い……」マリィが絞り出す声は、嗚咽の色に濡れていた。

『跳躍ゲート封鎖?』キースが続ける声に力。『なるほど上手く考えた。だがその先はどうだ?』

「……お願い……キース……」力なくマリィがかぶりを振る。「……もうやめて……」


「強気に出るのはいいけどさ、」左手で顔半分を覆いつつイリーナ。「この手勢で第6艦隊へ殴り込む気かい?」

「この際、手勢が少ないのはむしろ幸いってな」ロジャーに強気。「手持ちのゴーストにゃ限りがある。アクティヴ・ステルスで隠し切れなきゃ、有象無象は大佐の人質にしかなりゃしねェ」

「それで〝フィッシャー〟を?」イリーナが重ねて疑問。

「ヒューイの遠隔手術中に」ロジャーに苦笑。「戦闘機動ってなァゾッとしないね」


『腐った連邦首脳部と結託した〝K.H.〟を粛清した?』問いを畳みかけてキース。

「……キース……救けて……」か弱くマリィが持ち上げた双眸に――涙。

『では大佐自身が一点の曇りもなく、』キースの眼はただ正面を睨み据えて離さない。『ただ独立のみを目指したというその言葉――どうやって証を立てるつもりか?』

「……救けて……!」マリィが宙に絞り出して涙声。「……エリックが……!!」


「そうじゃなくて、」イリーナが指摘を重ねた。「あの〝キャサリン〟に狙われないって保証は?」

「確かに、」オオシマ中尉が話に乗る。「宇宙港同士はホットラインで通じている」

「そん時ゃ、」ロジャーが宙で掌を躍らせた。「〝トリプルA〟と直接対決だわな。分の悪い勝負じゃないはずだぜ?」


『大佐の独裁志向、実はこう断ずるには根拠がある』〝放送〟の中、キースの眼は見る者を正面から射抜く。『ヘンダーソン大佐は、独立した〝テセウス〟、果ては星系〝カイロス〟の舵を――何より自分の手で取ろうとしている。この段で、大佐はすでに馬脚を現しているわけだ』


『それだけじゃないわ』〝キャス〟がロジャーの肩を持つ。『その時は第6艦隊と回線が繋がるわけよね。黙って防戦一方になる義理がどっかにある?』

「留守番は〝トリプルA〟に任せっきり?」敢えてイリーナが立てて問い。

「何も連中を真似るこたァないさ」ロジャーが立てて指一本。「どっちにしろ第6艦隊の尻尾を探り続けることにゃ変わりねェ。宇宙港とレーザ通信は繋いどくさ」

 レーザ通信の原理上、通信レーザの経路へ正確に割り込まなければ傍受は成り立たない。

「じゃ、」イリーナに苦笑。「隙は残したまま?」

『敢えて、ね』〝キャス〟に強気。『怖い?』

「そりゃもちろん」イリーナが肩をすくめた。「虎の子の包囲をくぐり抜けた相手だからね、〝キャサリン〟てのは」


『裏に企みがないなら、』糾弾を超えて、キースの声音に断罪の色。『そこで身を退けばことは済む』

「〝アレックス〟、」決然、マリィが涙を振り払う。「私の声を!」

『だがヘンダーソン大佐は、』キースが眼をはっきり細め、『そうしようとはしなかった』

「お願い!」声の限りにマリィが叫ぶ。「キース、救けて!!」


「……マリィ……!」キースの声に感情が兆す。

 視界の隅、チャンネル035。ヘンダーソン大佐からの〝放送〟にマリィの眼。

 深緑色の瞳が悲嘆に溺れていた。震える唇が言葉を紡ぐ。

『……キース……!』通じた。マリィの感情が堰を切る。『……お願い……エリックを!!』

「エリック……?」その意味が、キースの思考に像を結ぶ――怒り、歯軋り、眼に力。

「ヘンダーソン大佐に問う――」静かに、重く、キースの声が――滾る。「――エリック・ヘイワードに何をした?」

『ひどい言いがかりもあったものだ』チャンネル035にヘンダーソン大佐の苦り顔。『ミス・ホワイトが想い人の――エリック・ヘイワードの死に悲嘆を隠せないのは、これは致し方ない』

 〝放送〟越しにキースの瞳――灼き殺さんばかりに射抜いて大佐。

『だが最終的に、』ヘンダーソン大佐はキースの視線を弾いて笑み一つ。『私はヘイワードを――むしろ救ったのだよ』

『嘘!』マリィの声にただ悲痛。『勝手な都合で殺しておいて! 死んでもなお利用して!!』

「答えをまだ訊いていないな」軋らせた歯の間からキースが絞り出して声。

『結論から言おう』大佐が超然と言い放つ。『エリック・ヘイワードは私の庇護下にある。私なくして彼の命は永らえない』

「人質を取ったつもりでいるのか」キースの声が感情を通り越して起伏を失う。

『心外だな』笑みさえ浮かべてヘンダーソン大佐。『これは君達の利点、そのごく一部を提示しているに過ぎんよ。ただでさえ争う意義はない』

「なら話は早い」キースが告げる。「大人しく投降するがいい。大佐が歪めた大義を正すなら、命まで取る気はない」

『何か取り違えているようだが』ヘンダーソン大佐が傾げて小首。『〝テセウス〟の真なる独立、この事実を差し置いて大義を語ることはできんよ』

「語るに落ちたな」キースが鼻を鳴らして、「独立と大義は不可分じゃない。事実、〝惑星連邦〟の首脳部は歪んだ動機から〝テセウス〟の独立を目論んだ」

『私はその裏を掻いた』大佐は片頬だけで笑んでみせる。『つまり悪党の敵に回ったわけだ』

「悪の敵が正義の味方――果たしてそうか?」キースが衝く。「悪党はどこまで行っても悪党に過ぎない。この点、大佐の主張が信を置くに値するか否か――実は結論はすでに出ている」

『悪党、か。私は悪党どもの望む〝結論〟を覆してみせた』ヘンダーソン大佐が指を一本立てて、『私には動かぬ実績がある。実績を覆すには、明白な事実がなければな』

「結果に〝実績〟という名を付ければ動機の善悪が覆るのか?」淡然と、しかし決然とキースが問いを衝き返す。「否だ。そして宇宙に生きるものの道義を、大佐は自ら踏みにじる。これを悪と呼ばずして何と呼ぶ?」

『反証にはほど遠いな』大佐は立てた指を小さく振って、『私は君たちの暴虐に対抗した――それだけに過ぎない。〝眼には眼を〟、というわけだ』

「馬脚を現したな」キースが片眉を踊らせる。「――大佐の陣営が救難信号を妨害した、その証拠がこちらにはある。しかも広範囲に、なおかつ継続して、だ」

『先に救難信号を悪用したのでは』大佐に泰然。『その口が言う筋合いもあるまいよ』

「悪用か否かの前に」大佐の語尾をキースは斬り捨てて、「問題なのは規模だな。無実の救難信号をも塗り潰す、何よりその思想に大佐の魂胆が透けて見える。即ち――無関係な者の命を顧みない」

『大義を成すためには冷酷にもなる』ヘンダーソン大佐は動じず、『特定少数の軍人と不特定多数の民間人、私が選ぶとするなら迷わず後者だ』

「話をすり替えるな」静かに、しかし歴然とキースが言い置く。「これは人命だけの話じゃない。大佐は目的のために道義を捨てる――その証明はもはや崩れない。証拠が要るか? ――〝キャス〟!」

 〝放送〟画面に相次ぎ開いてウィンドウ。

 例えばフリゲート〝オサナイ〟から発せられた救難信号が妨害された、その事実。例えば救難信号帯を蹂躙した妨害波、その記録。

『都合よく書き換えられた事実に』だが大佐は小さくすくめて肩。『用はないな』

「決裂か」キースがはっきり細めて眼。「こっちを潰したい本音が透けて見えるな」

『ミス・ホワイトの悲願を、』ヘンダーソン大佐は小揺るぐ気配も見せない。『君は無下にする気かね?』

『キース!』マリィの声に懇願の色。

「一切の戦闘を停止――それもいいだろう」キースが傾げて小首。「だがそいつは、ヘンダーソン大佐が力という力を手放したならの話だ」

『聞いたかね?』大佐が傍ら――マリィへ眼を投げる。『これが彼の本音だ。君の想い人は邪魔でしかないそうだよ、己の正当性をでっち上げるためにはね』

「それは大佐の解釈だな」キースが刺して釘。「いずれ解り合う気がないなら、その言葉に注釈をくれてやる義理もない」

『自分の言いようを棚に上げて、かね?』ヘンダーソン大佐が皮肉を投げる。

「元より俺には見返りを求めるつもりなどない」打ち返すキースの声に決意の色。「ただヘンダーソン大佐だけは排除しなければ、〝テセウス〟の、ひいては星系〝カイロス〟の毒になる」

『私が邪魔かね、ヘインズ?』大佐は小さくかぶりを振り、『君が私に見ているのは鏡だ。我欲に満ちた価値観は、取りも直さず君のものだとも』

「その言葉をそのまま返そう、ケヴィン・ヘンダーソン大佐」そこでキースが切り替えて声。「告げる――真に〝テセウス〟の独立を求める戦士たちよ。腐敗に抗った勇気ある者たちよ――」

『見たまえ』大佐がマリィへ余裕の笑み。『数多の同士を使い捨てる――これがヘインズの真の姿だ』

「――手を出すな」そこへ割り入るキースの言葉。「ただ見届けてくれ――この俺が始末を付ける、そのさまを」


『何を今さら!』宇宙港〝クライトン〟宇宙港区画。軌道エレヴェータ区画の隔壁を前にニールセン大尉。

『気に入りませんか』傍らからノース軍曹。『ヤツに言わせれば大佐の方が悪党ってことですが』

『どっちも悪党なら』ニールセン大尉が断じる。『確実な実績を取る。我々の目的は独立だ。裁判の真似事じゃない』


『それから、ヘンダーソン大佐に釘を刺しておく』〝放送〟の中で、キースの眼が鋭く細まる。『マリィ・ホワイトの消息が途絶えたら、その時は貴官に謀殺されたと見なすからそう思え』

「これで喧嘩は成立か」ユージーン・バカラック大尉が頭の後ろで指を組む。「キース・ヘインズ――まあ合格だな」

 宇宙港〝クライトン〟、軌道エレヴェータ管制室。正面のメイン・モニタにはヘンダーソン大佐とキースの〝放送〟が並ぶ。

「では!?」管制卓からドレイファス軍曹の声が立つ。

「手は貸すさ」バカラック大尉に即答。

 折しもメイン・モニタの片側半分、キースのバスト・アップが消失した。


『手を出すんですか?』ノース軍曹に短く問い。

『裏切りにはもう飽きた』ニールセン大尉の言葉は揺らがない。『裏切り者の〝K.H.〟、言いなりになる理由がどこにある?』

『じゃ、』ノース軍曹の声が悪童じみてくる。『〝メルカート〟方面から仕掛けますか』

『空間警備隊は?』ニールセン大尉から怪訝。

『文句があるなら、』ノース軍曹は淡然と、『向こうから顔を出すでしょう。居住区画から稼いだマシン・パワー、今度は力で押し込みます』


〈こちらの〝放送〟は!?〉第3艦隊司令サルバトール・ラズロ少将が問う。

〈チャンネル035、〉総合戦闘指揮所にオペレータの声。〈途絶を確認!〉

〈告げる! こちら第3艦隊司令ラズロ少将!〉確かめたラズロ少将から号令が飛ぶ。〈アクティヴ・ステルス起動! 目標、第6艦隊! 推定座標、宇宙港〝サイモン〟! ――第3艦隊、発進!!〉

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