17-2.浸透

「女神だ!」

 フリゲート〝リトナー〟、戦闘指揮所に湧いて快哉。声の赴く先、メイン・モニタは映してマリィ・ホワイトのバスト・アップ。その指先、指し示すものは〝テセウス解放戦線〟が裏で企図した真相の一つ。

『続く報告書には、このような提起があります』マリィの細い指が示して企み、その証拠。『『植民星系における地政学的リスクが顕在化した際には、速やかに資本・技術を引き揚げ、〝惑星連邦〟と植民星系双方における資源危機を演出する方策が有効と考えられる』――と』

 狂騒が兆すその中で、一人グロモフ中佐が腕を組む。誰を咎めるでもないその細面は、ただマリィへと眼を注ぐ。

『つまり植民星系の独立が成されても、経済的繁栄を不可能にしてしまえば――』マリィが上げて視線――瞳に深緑、その色。『植民惑星は〝惑星連邦〟、すなわち星系〝ソル〟とのチャンネルを開かざるを得ない、そういう目論見です』


『そしてその時こそが、』マリィの声に糾弾の色。『〝テセウス解放戦線〟首脳部――ひいては〝惑星連邦〟首脳部の思惑が当を得る時とされています』

 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟の戦闘指揮所にも満ちて意気。

『すなわち、資源枯渇を解決するための闇取り引き、』この瞬間にもマリィの指先がまた一つ、闇から事実を暴き出す。『星系〝ソル〟からは資源採掘の資本と技術を、植民惑星からは埋蔵資源そのものを提供するという取り引きです』

「いいぞ!」誰からともなく声に熱。それが一つに留まらない。

『一見、これは公平な取り決めと映ります――ですが、』映像の向こう、マリィの声が一段低まる。『それが闇に紛れて行われるところにこそ、計画者の悪意が潜んでいます』


「完全に悪役かよ」宇宙空母〝オーベルト〟の戦闘指揮所、ロジャーが肩をそびやかす。「どうにも分が悪いね、こりゃ」

『この時、このチャンネル――取り引きルートを握るのは、ごく一部の人間のみ』映像、マリィの声とともにカメラが引き、〝テセウス解放戦線〟首脳部のリストを拡大表示。『〝惑星連邦〟首脳部と、植民惑星首脳部、それもごく限られた人間だけです』

「さて、どうするね?」ラズロ少将に苦い問い。「我々は悪役の下っ端に成り下がるわけか?」

『ここであぶり出される構図、』マリィが言い切る。『それは〝惑星連邦〟と植民惑星、双方の生命線――言うなれば生殺与奪が一部の権力者に握られるというものです』

「まだだ……」キースが唇を噛む。「まだ手があるはずだ……何かが――!」

『結局のところはエリックだってんだろ?』シンシアから確かめるように声。『マリィはあいつを人質に取られてる――結局は白旗上げるか、でなきゃ殴り込んでって取り返すかだ! ――違うか!?』

『これはつまり、』そして映像の向こう、マリィが断じる。『事実上の独裁――というよりむしろ〝独占支配〟と表現した方がふさわしいでしょう』

「取り返す、か」不敵にロジャー。「そいつァいいとしてお前、一体どうやって?」

『今やってんだろ!』シンシアが切り返す。『問題は敵の居所、こいつが判んなきゃ始まんねェ! あとは乗り込んでって、お祭り騒ぎにしてやらァ!』

「いずれ事実は突き止めねばならん」腕を組んだままのオオシマ中尉に低い声。「なら直に大佐の意図を確かめるまでだ」

「結局は殴り込みか」肩をすくめてハルトマン中佐。「単純だな――だが同感だ」


『跳躍ゲート封鎖でヘンダーソン大佐が演出したのは、』モニタの向こう、マリィが硬く紡いで声。『〝ソル〟資本の引き揚げが事実上不可能な状況――つまりは星系内で資源開発・供給し得る体制を形にする、その可能性と言えます』

『空間歩兵中隊が!』告げる〝ホリィ〟の声に緊迫。『こっちへ展開してきます!』

 ドレイファス軍曹が管制卓から思わず振り返る。バカラック大尉と眼が合った――不穏、その気配。

『宇宙港警備中隊へ、こちら空間歩兵中隊ニールセン大尉!』備える間も与えず、データ・リンク越しに恫喝の声が飛んでくる。『貴官らが〝ハンマ〟中隊に肩入れしているのは判っている。軌道エレヴェータ区画を開放せよ! 抵抗するなら実力で排除する! ――1分待つ!』

「参りましたね」ドレイファス軍曹が頬を掻く。「せっかちな男は嫌われるってのに」

 この状況が意味するもの、それは2人も認識している。〝ハンマ〟中隊、ひいてはマリィ・ホワイトへの肩入れが継続できなくなるということ――これは〝ハンマ〟中隊が第6艦隊の位置を探る、その拠点を失うことに他ならない。それが意味するのは希望の糸――その断絶。

「籠城だ」端的に、バカラック大尉の意思。「勝てとはいわん。時間を稼げ――連中が第6艦隊の位置を突き止めるまで」

「言ってくれますねェ」ドレイファス軍曹が舌なめずり一つ、「こいつァ、ハードなことになりそうだ」


『言うなれば、』マリィがためらいがちに息を継ぐ。『――ヘンダーソン大佐は〝惑星連邦〟と植民惑星、両首脳部による独占支配を阻止したことになります』


『データ・リンクが!?』

 ノース軍曹の声に血気が上る。衛星放送回線チャンネル035――警備中隊の提供してきた緊急放送回線が断絶した。今の空間歩兵中隊にしてみれば、これは警備中隊からの宣戦布告にも等しい。


 そこでマリィが結んでむしろ無表情。『ことここに至り、〝惑星連邦〟および〝テセウス解放戦線〟両首脳部の大義は潰えたことになると信じます』

『チャンネル035が!』〝キャス〟が察して声。『――切れた!?』

 言われるまでもなく視覚、〝キャス〟の示す衛星放送回線グラフに兆して異変――チャンネル035の通信量が突如としてゼロを指す。

「まずい!」オオシマ大尉の声に汗。「警備中隊が!」

「てことは、空間歩兵中隊の連中が――?」状況を咀嚼してロジャー。「〝ネイ〟!」

『今やってる!』打って響いて〝ネイ〟の声。『軌道エレヴェータの管制中枢は押さえてんだから! ――〝キャス〟!?』

『うっさいなァ、もう!』〝キャス〟が声に交えて舌打ち。『こちとら敵のネットへ潜ってるとこだってのに!』

『だから私がやるっつってんでしょ!』応じて〝ネイ〟。『軌道エレヴェータ、管制中枢のキィをこっちへ! 空間歩兵中隊の首根っこ、私が押さえてやるわ!』

『なら、』〝ミア〟が名乗りを上げる。『送電網は私が』

「〝ネイ〟、」キースが口に上らせて一言、「考えがある。仕込みを増やせるか?」


 言葉の間、密かに息を継ぐ。胸の裡からこみ上げる嫌悪感――それをマリィは呑み下そうとして果たせない。

「まだよ……」うつむき、固く瞳を閉じて、マリィは呟く。これでキースが説得に応じる可能性、それは確信からはほど遠い。「まだ……」

 引き結んで唇、握りしめて拳。続けるしかない。かぶりを一振り、マリィは面を上げる。キース達を説得できなければ――その想いがなお胸を締め上げる。エリックを救わなければ――と。


「保たない?」ヘンダーソン大佐に訝る声。

〈彼女、予想以上に消耗してるわ〉応じて〝キャサリン〟、冷徹な声。〈無理が表に出るのも時間の問題ね〉

 事実、ヘンダーソン大佐の視界――示されたマリィ生体データは心拍、血圧を始めとして極度の緊張を兆して翳。

 鼻息一つ、ヘンダーソン大佐は思考を巡らせる。無理を押して意に沿わぬ暴露を強要させたマリィの心。エリックの生殺が彼女の選択一つにかかっているとはいうものの、その決意に胆力が付いていくとは限らない――その可能性。大佐とて斬って捨てたわけではないが、期待を外したことは否めない。

「ならば、」大佐は顎を一つ掻くと、早々に下して断。「次の手を打つまでのことだ」


『データ・リンクがなくとも!』ニールセン大尉が宇宙服から暗号無線。『工兵用レーザさえ使えれば!』

 警備中隊が拠り所とするのは軌道エレヴェータ区画の気密隔壁、これを灼き切ってしまえば籠城の意味は失せて消える。そして隔壁に穴を穿つのは、空間歩兵にとって何ら禁忌には当たらない。

『大尉――大尉!』暗号無線の向こうからは悲鳴にも似た声。『レーザが! 発振器が!!』

 ニールセン大尉に違和感――その視覚に溢れてスマイリィ・フェイス。黄色く丸い笑顔の群れが、愛嬌もいっぱいに舌を出して視界も狭しと転げ回る。

『……謀られた!?』

 悟る。警備中隊の提供した緊急放送波、そこに嗅いで意味――敵意。ニールセン大尉が軋らせて奥歯。

『まさか……最初から?』

 訝む。いつから――だが判るはずもない。

『くそ……!』ニールセン大尉が唇を噛む。


『次に〝テセウス解放戦線〟の最高指導者たる〝K.H.〟、』画面の向こう、マリィの声に重ねて硬さ。『これにまつわる事実です』

「〝K.H.〟?」うさん臭げな声はオオシマ中尉から。「誰も知らされてなかった話だぞ」

『先の〝放送〟でお伝えできた内容には、〝K.H.〟本人についての言及は一切ありませんでした』心労を滲ませつつマリィが覆して先の〝放送〟、その内容。『ですが、〝サラディン・ファイル〟のさらなる深部には、これに関わる情報が記されていたのです』

「〝さらなる深部〟か」ラズロ少将が腕を組む。「いよいよ〝サラディン・ファイル〟に手をかける気か」

「都合よくでっち上げてな」唇を噛み締めてキース――焦燥、その想いに胸を焼く。

「だが語るのは彼女の口だ」ラズロ少将が示してメイン・モニタ、バスト・アップで映るマリィの姿。「説得力はこの上なかろう」

『まず〝K.H.〟の役割――』マリィの〝放送〟がラズロ少将の言葉尻を断ち切った。『――これについてです』

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