第17章.露呈

17-1.糾弾

『……繰り返します』宇宙空母〝オーベルト〟管制中枢正面、メイン・モニタの大部分――圧してマリィのバスト・アップ。『皆さん、命を懸ける意味は全くありません。あらゆる戦闘を停止して下さい――今すぐに』

『……何が起きた!?』データ・リンク越し、シンシアの口に上って驚愕。

「お姫様が……!?」ロジャーに疑念。

「〝ジュエル〟が、陥ちた……!?」オオシマ中尉が眉をひそめる。

「……まさか……!」キースに呆然、ただその一語。

『事実よ』〝キャス〟があらゆる感情を蹴飛ばした。『衛星放送チャンネル001――宇宙港〝サイモン〟、配信局からのライヴ映像だわ』


『惑星〝テセウス〟の皆さん、星系〝カイロス〟の全ての皆さん、』その深緑色の瞳が、その涼やかな声が、その柔らかな細面が――あらゆる緊張をはねのけ、耳目をその姿へと引き寄せる。『宇宙港〝サイモン〟から、〝コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト〟のマリィ・ホワイトがお送りしています』

 ――その名。

 第3艦隊を混沌の底へ叩き落とし、〝テセウス解放戦線〟を、惑星〝テセウス〟を、ひいては〝惑星連邦〟そのものの運命さえをも揺るがした――その存在。その言葉が語りかけてくる――〝クライトン・シティ〟から呼びかけた、その時と同じく。

『先立って公開した〝サラディン・ファイル〟、』その声で語られる、この名――これもまた惑星を揺るがす存在。『この深部に新たな事実が見付かりました』


「馬鹿な!」思わずキースに反駁。

 マリィの知る事実など、すでに〝放送〟で流し尽くした。他にあろうはずがない。あるとするなら――キースはそこに思いを馳せる――唯一〝サラディン・ファイル〟を〝読み解いて〟みせた、〝キャサリン〟の意図に他ならない。

『……まさか……』シンシアに絶句。『……本当に陥ちちまったってのか……?』

「くそ……!」キースが苦しげに呻きを上げる。「何か手はないか……何か……!?」

『これは〝サラディン・ファイル〟の、以前よりさらに深部で見付かった事実です』映像の向こう、マリィが続ける。『皆さん、このデータを可能な限りコピィして下さい。非常に重要なデータです。コピィして、可能な限り広範囲に拡めて下さい。このデータには、その価値があります。そして、その必要があります』

『データが来てる!』〝ネイ〟が放送波、映像に並行して流されているデータに触れた。『量子刻印は――嘘!?』

「おい、まさか……!?」ロジャーの声が悪寒の気配を滲ませる。

『――一致してる!』〝ネイ〟の声がはらんで緊迫。『〝サラディン・ファイル〟のオリジナルだわ!』


『オリジナルの〝サラディン・ファイル〟です!』

 宇宙港〝クライトン〟、集結した第3艦隊所属陸戦隊。その戦闘指揮所たるMT-12Cシャイアン・コマンダ、その電子戦席に響いて〝ミランダ〟の声。

「回収に成功したのか!?」

 電子戦班長のノース軍曹、その声に混乱。先刻マリィ・ホワイトの名で割り込んできたメッセージ――その内容とは真っ向から相反する、この〝放送〟。いずれが事実でいずれが偽物か、これでは知れたものでない。

「畜生、どっちがどっちなんだ!?」

『ノース軍曹! こちらニールセン大尉!』暗号無線に届いた中隊長の声は、やはり混乱の只中にあった。『さっきのメッセージといいこの〝放送〟といい、こいつは敵の撹乱か!?』


『まずお話ししなければならないのは、』衛星放送チャンネル001、マリィが表情を押し殺して語り始める。『〝惑星連邦〟首脳部を含む〝テセウス解放戦線〟の目論見、これに関する事実です』

「おいおいおい、今度は何の茶番だ?」警備中隊長バカラック大尉が呆れ声で眉をひそめた。「ミス・ホワイトは何も知らないんじゃなかったのか? それとも彼女の信用でも墜とそうってのか?」

『彼らが惑星〝テセウス〟を始めとした植民星系に対して目論むもの――』画面のマリィが声を一段低めて、『――それは単なる〝演出としての独立〟に過ぎないということです』

「かも知れませんよ」管制卓から返してドレイファス軍曹。「真実はヘンダーソン大佐の言葉一つ、ってことにしたいんなら、そういう疑問も計算のうちかも」


『そしてそこで彼らが真に狙うもの。それは両星系の断絶に乗じた、生命線となる資源の密貿易。そして――』そこでマリィの声に間。

『どっちがどっちだ!?』宇宙港〝クライトン〟、空間歩兵中隊長ニールセン大尉に疑問の叫び。

 先のバースト通信でもたらされたマリィ・ホワイトのメッセージ、それに今流されている〝放送〟、真っ向から対立するその内容。そのいずれも発したのは他ならぬマリィ・ホワイト本人。果たしてマリィは真実を知っているのかいないのか。

『〝サラディン・ファイル〟の、それも〝以前より深部〟という話でした』ノース軍曹からの声が応える。『〝サラディン・ファイル〟に先がまだあるという話では?』

『――ひいては資源の供給線、』次いでマリィが低く、確かに言い放つ。『これを独占することによる、一種の独裁体制の確立。これを〝サラディン・ファイル〟は指摘しています』

『彼女はあれほど言い張ったんだぞ――知らないと!』ニールセン大尉の声が尖る。『それを大佐は阻んだ――あそこまでして! それが今になって……どういうわけだ!?』


『――その証拠となる計画書が、』モニタからマリィが継いで言。『〝サラディン・ファイル〟には残されていました』

 画面内、映し出されるマリィが姿を縮めてその横、データの連なりが姿を現す。

「おいおい、また風呂敷が拡がったんじゃねェのか?」ロジャーがキースへ眼を投げて、「お前さん、まさか知ってたとか言うんじゃねェだろうな?」

「〝放送〟の直前に〝キャサリン〟からかいつまんで聞かされただけだ」キースに苦い声。「詳しいデータまでは知らん」

『で、当のデータが出てきたってこたァ、』データ・リンク越し、シンシアの声に緊張が滲む。『いよいよ〝キャサリン〟の独壇場ってわけかよ?』


『具体的な内容に話を移しましょう』

 画面に流れるマリィの声が硬い。その横、連なるデータの中から明滅しつつ拡大されたものがある。

『ここにある報告書データの群れ、表題には〝植民星系の自立に係る可能性とその障害に関する報告書〟とあります』

『事実――なのか?』ニールセン大尉が呑んで硬い息。

『だとしたら、』応じてノース軍曹に挑発めいた色。『どうします?』

『だからと言って、』そう言うニールセン大尉も声に動揺を隠せない。『大佐の非道が水に流れたわけでもない』

『その中身、』表情を欠いたマリィの声が大尉の動揺、その傷口を押し拡げんばかりにのしかかる。『まずは星系〝ソル〟における埋蔵資源の現状と、植民星系におけるそれとの対比が述べられています』

『彼女が今ぶち上げてるのは、』ノース軍曹の声にはむしろ快哉に近い色。『それ以上の非道じゃないですか』


『その結論にある一文が、これです』画面、マリィの示す先――ひときわ明るく示された一部がせり上がり、そこへマリィの声が重なる。『『星系〝ソル〟は資源埋蔵量において植民星系に大きく遅れを取っており、地政学上のリスクが生じた場合、資源困窮を盾に取った植民星系に主導権を握られる危険性が存在する』』

 同時にデータ――〝第113次中間報告〟とされる計画書の、その一部。

「こいつが本物だとしてだ、」バカラック大尉に疑問の声。「彼女の真意はどこにある? そう簡単に掌を返す彼女でもなかろうに」

「合成の可能性ってヤツですか」ドレイファス軍曹がナヴィゲータへ投げて声。「どうだ、〝ホリィ〟?」

『ミス・ホワイトの生体データが!』すかさず声を返して〝ホリィ〟。『並行して流れてきてます!』

 同時に視覚へ映されたのは網膜静脈パターンと掌紋データ。


「生体データの照合は?」キースから問い。

『また同時に、こう結んでもいます――』マリィの指差す先が移って次へ。『『しかしながら、各種資源の採掘・維持には星系〝ソル〟の資本的・技術的支援が事実上不可欠でもある』と』

『パターン一致』返す〝キャス〟の声はむしろ素っ気ない。『でも私達じゃなくたって記者証の登録データ当たれば一発よ。〝恒星間報道協会〟、知らなきゃモグリね』

『そして『地政学的リスクが顕在化した場合、』』モニタの向こう、マリィの声が続きを紡ぐ。『『資本・技術の断絶によって植民星系に危機的状況を演出することは可能である』とも』

「偽造のセンはないわけか」オオシマ中尉に呟き一つ。

「だとして、」ロジャーに問う気配。「どうするよ? お姫様ごと敵の艦隊乗っ取って終いにするかい?」

「それで済むならまだ気が楽だ」鼻息混じりに腕を組んでオオシマ中尉。「せっかく敵を割ったと思ったら途端にこれだ。おかげで元の木阿弥、突破にどれだけ苦労するやら想像もつかん」

『そして植民星系に募る不満を解消するシナリオ、その一案として立ち上がったのが、』述べつつマリィが示して指先、その先の一文に明るく明滅。『これです――〝植民星系の表面的独立と、それによる資源枯渇の演出〟』


「決まったな」ある意味醒めた声はバカラック大尉から。「これで連邦に肩入れしようもんなら、その瞬間に悪役扱いだ」

「大義を振りかざして、ってわけですか」ドレイファス軍曹の声にも冷気。「で、働いたのは立派な非道ときたもんだ。ヘンダーソン大佐、結構な狸じゃないんですかね?」


『今です、大尉』ノース軍曹の声が促す、その言葉。『決断を』

 ニールセン大尉にしばし唸り――そして頷き。

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