16-9.再会

〈接舷用意!〉フリゲート〝リトナー〟艦橋に、艦長グロモフ中佐の指示が飛ぶ。〈ヴェクトル合わせ!〉

 艦橋正面、大型モニタの一角を占めて戦術マップ――すぐ右に第6艦隊旗艦たる宇宙空母〝ゴダード〟の艦影が泳ぐ。そこに付されたタグに相対速度のヴェクトル表示――その差が眼に見えて縮まっていく。

〈ヴェクトル合致!〉操舵席から報告。〝ゴダード〟との相対速度がゼロを指す。

〈距離縮め!〉告げてグロモフ中佐。〈〝トーヴァルズ〟との連携を確認!〉

〈〝トーヴァルズ〟、連携に問題なし!〉電子戦担当士官が電子戦艦とのデータ・リンクをモニタに確かめ応答する。

 アクティヴ・ステルス下にあっては、あらゆる電磁放射――それこそ噴射炎のタイミング一つに至るまで――を厳密に管制し、展開するゴースト編隊からカウンタ波を放出せねばならない。この場合にあってその管制に当たるのは電子戦艦〝トーヴァルズ〟、これとのデータ・リンクが伴う重みは命綱のそれにも匹敵する。逆を言うなら、電子戦艦の許可を得なければ噴射の一つもままならない。勢い操艦の難度は増し、自動操艦に頼らざるを得ないというのが実情というところではある。しかし宇宙船乗りの気概にあっては、機械に頼り切るのをよしとしない。ましてや軍事行動中の戦闘艦ならなおのこと、艦橋には不測の事態に備える緊張が満ちている。

「どうかね?」オブザーヴァ用の応急シートに就いたヘンダーソン大佐は傍ら、やはり応急シートに就いたマリィへ声を向けた。

「どうも何も、」マリィの声に、和らぐ気配は無論ない。「何が言いたいの?」

 条件付きとはいえ言質を取るや一転、大佐はマリィを〝リトナー〟艦内へ連れ出した。途中ですれ違う要員にもマリィの姿を隠すことなく、今は艦橋後部に収まっている。

「これが、君の敵視する集団の素顔だということさ」ヘンダーソン大佐の頬に笑み。「彼らも人間だ。理想を叶えるため、しかしながら命と血肉を持って生き延びようと足掻く存在だ」

「その人間を、顎先一つで使い捨てるつもりでいるのはどこの誰?」応じるマリィの舌鋒はしかし、鋭さを欠いている。「私が敵視しているのはあなたよ。彼らじゃないわ」

「その彼らをまとめる人間が要る」大佐の声に迷いはない。「でなければ無意味な流血が待っている。ここは速やかに秩序をもたらすことこそが先決だ――そうは思わないかね?」

「ただの言い訳にしか聞こえないわ」マリィが心を閉ざしたようにそう続ける。

「君には私がどこまでも独裁者にしか見えないようだ」

「その通りよ」マリィの声にしかし力はない。「私のご機嫌取りならもう意味はないでしょうに――エリックを人質に取っているのなら」

「腹を立てているのかね?」

「そうでないように見える?」マリィが静かに打ち返す。「どう取り繕ったって、力づくには変わりないわ」

「確かに」ヘンダーソン大佐の頬に苦笑が乗る。「いずれにしろ必要悪だ。ならば行き着くところまで行くとするさ」

〈接舷!〉

 最後に軽い減速感――艦長たるグロモフ中佐が宣した。

〈ご苦労〉ねぎらいの言葉一つ、ヘンダーソン大佐は応急シートのベルトを外した。「ミス・ホワイト、こちらへ。ハリス中佐とカーシュナー上等兵も」

 促され、マリィと証人の2人もベルトを外して席を離れる。無重力の床を蹴って艦橋、艦の重心部を後にすると、ハブ通路をよぎって右舷へ抜け、舷側通路沿いに第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、そこへと至るボーディング・ブリッジへ。

 途中ですれ違う兵から敬礼。そのたび大佐は綺麗な答礼を決めつつ、ボーディング・ブリッジへとマリィを導く。

「この先に?」思わずマリィは問いを口に上らせた。

「その通り」鷹揚に頷いて大佐が壁を蹴る。「この先に君のエリックがいる」

 ヘンダーソン大佐が先に立ってボーディング・ブリッジを抜ける――〝ゴダード〟へ。艦体舷側に沿って長く続く――〝リトナー〟とは比べ物にもならないほどに――通路を辿り、艦体中央部で折れて内部へ続くハブ通路へ。中心部、核融合炉の直前に位置する艦橋ブロックをかすめて上舷側、抜けて格納庫。

「ここ、に?」

 マリィの声に乗って怪訝。無骨な宇宙戦闘機が居並ぶ格納庫、さらにその片隅とあっては再会の場として疑問が湧くのも無理はない。

「こちらだ」

 大佐が手招く。一拍の間にためらいを乗せて、しかしマリィは壁を蹴る。その先、宇宙戦闘機SMF-179フェンリルのシルエットの狭間、垣間見えて連絡用短艇の姿がある。宇宙用だけに実用一辺倒で愛想の欠片もあるはずはないが、破壊を第一義とした軍用品とは一つ異なるその気配。

「入りたまえ」

 短艇の入り口、大佐が先に立つ。導いてその貨物室、その一角。

「彼だ」大佐が指し示す――その先に。

「そんな……!」マリィは、思わず声を詰まらせた。


「馬鹿な!」思わずキースの声に色。

 宇宙空母〝オーベルト〟の管制中枢で、ロジャーが返す声に笑みを含ませる。

「仮定の話だぜ――お前さんが〝キャス〟を拾った時にゃエリックってヤツァ生きてた、って可能性だ」

「あいつは死んだと言ったろう!」断じてキース。「俺の眼の前で! あいつはただアクセス・キィを持ってたってだけで――!!」

「そのアクセス・キィに触れたのはたった2人、」ロジャーが指を2本立てた。「お前さんとエリックだけだ。そしてそのアクセス・キィを除きゃ、お前さんと〝キャサリン〟を繋ぐもんがねェ」

「その前に触れた奴がいるかも知れない」

「さて、そこで問題だ。アクセス・キィに量子刻印はあったのか?」

「あったさ。もちろんな」

 量子刻印が刻まれているなら、すでに一度は中身を読まれていることになる。

「じゃエリックが使った可能性はあるわけだ」

「やけにこだわるな」キースが眉をひそめる。「その前に使ったヤツがいるとは考えないのか?」

「なるほど。じゃ、こう訊きゃいいわけか」ロジャーが舌なめずり一つ、「アクセス・キィはどうした?」

「使い物にならなくなってた」ふと、思い当たったようにキース。「……いや、〝キャサリン〟から教えられた――もう使いものにならないと――砕いて捨てろ、とも」

「エリックがそうしなかったのはなぜだろうな?」面白げな表情をたたえてロジャーがなお言を継ぐ。「いや、それ以前にお前さんがアクセスできたのはどういうわけだ?」

「何が言いたい?」不快をはっきり声に乗せてキース。

「まず第1に、」ロジャーが指を1本立てた。「エリックは〝キャサリン〟に接触した――その可能性が極めて高い」

 キースが言い募りかけて――言葉を噛み潰した。止めて止められる流れではない。

「第2に、」2本目の指が立つ。「接触はしたが、〝子供〟を預けられるまでに至らなかった――エリックのナヴィゲータに異変は?」

「……特になかった」言葉にした後でキースが思い至ったように、「……いや、確かめる余裕がなかった」

「携帯端末は?」端的にロジャーが訊く。

「一緒に埋めたよ」

「だとして、〝キャサリン〟との接触、こいつの中身ってヤツが気になるね」

『何を考えてる?』シンシアが疑問の声を挟む。

「なに、単なる仮定の話だがね」ロジャーが片頬に意地の悪い笑みを引っかけた。「エリックの肉体は死んじまったとしよう――お前さんの言う通りにな。けど、精神的には死んでなかったとしたら?」

「……どういうことだ?」


『マリィか』

 その口ぶり――エリック・ヘイワードの気配は間違いなくそこにある。ただしマリィの視野、そこに映るものは四肢こそ人型に沿ってはいるが、むしろ異形にこそ近いシルエット――その場に佇立しているのはパワード・スーツ、それが1体。

「MPS-030ダイダロス、開発中の機体だよ」厳かに告げてヘンダーソン大佐。「彼の精神活動データ、拾える限りにおいては再構成を施した――取りこぼした部分は〝キャサリン〟が補っているがね」

「そんな……!」マリィがわななく。その唇に濡れて涙声。「じゃ……それじゃ、彼は……!!」

「死んではいない」告げてヘンダーソン大佐の声が重く宣する。「その精神――心の大部分はここにある。〝キャサリン〟と共にね」

「彼をどうしたの!?」マリィがヘンダーソン大佐に掴みかかる。「一体彼に何をしたの!?」

「彼の肉体は滅びた」厳然と大佐の声が告げる。「だが幸いにして、彼は〝キャサリン〟に接触していた――その時のデータを元にこうして人格を維持している」

「死人を弄んで……!」マリィの手に込もる力はしかし頼りない。「こんなになるまで利用して……!!」

「死んではいない」いっそ厳かに大佐の声。「彼の精神データは可能な限り〝キャサリン〟が取り込んだ。そこから再現したのが今の彼だ」

「心の底までしゃぶり尽くすつもり!?」マリィの瞳に怒りの涙。

「では、」哀れみの表情さえ滲ませて、大佐が問いを投げ返す。「どうすれば彼を救えたというのかね? ――いま一度君に逢いたいと願う、彼の心を」

「……!」マリィの喉に声が詰まる。その拳、怒りの力――が、次いで悲嘆に打ちのめされて萎えていく。

「彼を生かすには我々が必要だ」マリィの手を払いもせず、ヘンダーソン大佐。「――この意味が解ってもらえたかね?」

「エリック……!」

 マリィがエリックの心を収めたというその人型――ダイダロスへ深緑色の瞳を向ける。その眼が散らして悲嘆の涙。

『心配をかけた』ダイダロスが――エリックが片手を掲げた。『こんな形で済まないが、また逢えた――嬉しいよ』

 マリィがその細面に震える指を這わせる。涙を散らして濡れた声。「エリック……!」

 力なく漂い寄って取りすがる、ダイダロスの無骨なその姿。

『逢いたかった』エリックの声がマリィの耳を撫でる。

 マリィの声は、もはや言葉にならなかった。ただ嗚咽だけがその場に満ちた。

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