16-8.汚染

「君か」

 開口一番、ガードナー少佐に確信めいたその一語。

 宇宙空母〝オーベルト〟、回転居住区は士官用私室の1つ。遅れて入ってきた人影――その眼。ガードナー少佐はその瞳を真っ向見据えて離さない。

 相手は焦茶色の鋭い瞳を、やはり少佐の眼に据えて一言、「キース・ヘインズだ」

「ウェズリィ・ガードナーだ」ヘルメットを外しただけのパイロット・スーツから不敵な笑み。「なるほど、いい眼をしている。君が我々を嵌めた策士か」

「生き残るのに知恵を絞ったまでのことだ」答えるキースは鋭い視線を揺るがせもしない。「それより訊きたいことがある」

「氏名と階級、それに所属」少佐の答えはにべもない。「他に応える義務はないが?」

「こっちはあんたの希望を叶えた。あんたに答えを期待してもバチは当たらんだろうさ」

「なるほど」ガードナー少佐は肩をすくめた。「それも道理だ。一問一答、答えられる範囲で答えよう。代わりに私の質問にも答えてもらおうか」

「いいとも」前置いたキースが問いを投げる。「あんたはどうしてヘンダーソン大佐の肩を持つ?」

「〝惑星連邦〟の腐敗を浄化したからさ」ガードナー少佐が当然とばかりに答えを返す。「君達が公にした〝サラディン・ファイル〟、あれの正体を知ってこそのことだ。さて、君はなぜ〝ハンマ〟中隊の頭に立たない?」

「俺は〝ハンマ〟中隊の所属じゃない」打ち返してキース。「たまたま利害が一致しているだけの話でね。さて、あんたはヘンダーソン大佐が独裁を狙ってると思わないのか? それこそ大義とやらを損ねるんじゃないのか」

「〝サラディン・ファイル〟を公開したのは他ならぬ君達だろうに。それに呼応して動いた大佐は、むしろ味方として見てもいいのではないのかね?」

「マリィを生け贄にするようなヤツがか?」訊き返すキースの声に棘。「それどころか、〝サラディン・ファイル〟こそが大佐の用意した計画の一部だとしたら?」

「それはまた大した策士だな」前で拘束された両手を、ガードナー少佐は開いてみせた。「だが君達は〝テセウス解放戦線〟の中央にまで到達した。そこに賭けるほどのバクチ打ちとしたら――策に乗った我々はとんだ道化だな」

「例えばだ――俺達の持っているクリスタル以外にも〝本物〟があったとしたら?」

「――何を、言ってる?」少佐の声に興が兆した。

「つまりこうだ」おもむろにキースが立てて指一本。「〝サラディン・ファイル〟を解読できたのはナヴィゲータただ1体、他には解読できなかった」

「よほど優秀なヤツか」ガードナー少佐が首を小さく傾げた。「それとも他に理由があるのかな?」

「――そいつが、」キースの声が低まる。「実は大佐の子飼いだったとしたら?」

「〝サラディン・ファイル〟自体が大佐の自作自演だとでも?」ガードナー少佐の口から問い。

「その可能性のことを俺は言ってる」身を乗り出してキース。「つまり、保険は他にもあった――そう見ていい。たまたま俺達が真っ先にゴールへ転がり込んだ――ただそれだけのことだとしたら?」

「面白い」心底面白そうに少佐が片頬をゆがめた。「だとして、証拠はあるのか?」

「当のナヴィゲータを問い詰めたらあっさり白状してくれたよ」キースも片頬を不敵に歪めて、「そいつの名前は〝キャサリン〟――第3艦隊を見捨てたナヴィゲータだ」

 ガードナー少佐の眼が細まる。「――ミス・ホワイトの重要性、そいつが第3艦隊に勝ったとしたら?」

「大佐の主張するような〝新事実〟とやらは、彼女の知ったことじゃない」キースが断じる。「第一知ってたとして、あの〝放送〟で流さない理由があるのか?」

「その確認を含めて、」ガードナー少佐が不便そうに顎をこする。「彼女の身柄を求めたとは言えんのか?」

「マリィが言ってたろう。彼女を含めた俺達の目的は、戦闘の根源にある秘密――こいつの暴露にこそあった」キースが身じろぎ一つせず続ける。「俺達はただ敵味方の枠を壊してみせた――ただそれだけだ。大佐を祭り上げるのが狙いじゃない」

「だとしてだ」ガードナー少佐が眉を小さく踊らせた。「ことここに及んで、何を望む?」

「決まってる――大佐に手を引かせる。永久に」

「無理な注文だろうに」ガードナー少佐が眉をひそめた。「それこそ大佐が死んでも収まるまいよ」

「なら殺す」キースの答えに淀みはない。「殺して、その混乱に乗じて姿を消す」

「それはまた穏やかでない話だな――さて、そこで質問だ」ガーナード少佐が両の指を組んだ。「君の語るところが全て事実だとして――私の役どころは果たして何かな?」

「なに、大したことじゃないさ」キースが片頬を軽く持ち上げた。「あんたに頼みたいことがある」


「嵌められたな」

 士官用私室、後に残されたガードナー少佐の口に苦さ半分の呟きが上る。拘束を解かれ、携帯端末も戻されて独り自由の身とされた少佐自身は、しかし機体を喪ったことで身を持て余す羽目を見た。

〈第6艦隊へ戻りますか?〉骨振動スピーカを通じて〝リズ〟の問い。

〈かえって疑いを呼ぶだけだろうよ〉疑いを口に上らせてガードナー少佐。〈この惨敗の上で1人だけ戻ってみろ、内通者扱いすらされかねん〉

〈では〝ハンマ〟中隊に味方すると?〉

〈それも面白くないな〉ガードナー少佐はやや苛立ちを滲ませて、〈ただ気になるのは確かだ〉

〈何が?〉

〈ヘインズという男の思惑だよ〉少佐は顎に指を寄せる。

〈何を吹き込まれたんです?〉疑わしげに〝リズ〟が訊く。

〈プロパガンダ役さ〉ガードナー少佐が悔しげに頭を掻いた。〈あの男に接した私は、すでに情報汚染された身というわけだ〉

〈情報汚染?〉〝リズ〟からさらに疑わしげな声。

〈ヘンダーソン大佐の唱える大義、〉ガードナー少佐はそこで鼻を一つ鳴らして、〈こいつへの疑いさ〉

〈具体的には?〉〝リズ〟の声に興が乗った。

〈大前提はこうだ――ミス・マリィ・ホワイトは何も知らない〉少佐は忌々しげに片手をひらつかせた。〈その上で、大佐は〝サラディン・ファイル〟を思い通りに改竄できる――と、こういう可能性を吹き込まれた〉

〈〝サラディン・ファイル〟の改竄とはまた穏やかではないですね〉〝リズ〟が声を低めてみせる。〈ですが、どうやって?〉

〈まず1つ〉ガードナー少佐が立てて指一本。〈〝サラディン・ファイル〟の解読に成功したのは1人しかいない――〝キャサリン〟だ〉

〈〝まず〟というからには〉〝リズ〟が促す。〈続きがあるわけですね?〉

〈もう1つ〉少佐の手に二本目の指。〈〝キャサリン〟はヘンダーソン子飼いのナヴィゲータだということだ――具体的にはその〝娘〟ということだったが〉

〈ですが量子刻印は……〉

〈そこの点は私も衝いたよ〉ガードナー少佐は天井を仰ぎながら、〈だが公表されない限りは検証のしようがないのも事実だ。つまり〝最初に公表されたデータが本物〟ということになる〉

〈〝最初に公表〟とは?〉

〈つまり、〉ガードナー少佐は指で宙に円を描いた。〈大佐は複数の〝サラディン・ファイル〟を用意していた――というのが彼の言い分だ〉

〈つまり、〉〝リズ〟の声に理解が兆す。〈全ては大佐が予め仕組んだシナリオ通りだ、と?〉

〈あくまでヘインズという男の言い分に過ぎんよ〉言いつつ少佐から溜め息が洩れる。〈だが聞かされた私は何を語っても彼の思惑に嵌まるというわけさ。後はヘインズが一言主張すれば、晴れて私は汚染源の身分になる。第6艦隊どころか、この艦隊の捕虜に接触しただけで何を言ってもプロパガンダ扱いというわけだ〉

〈ヘインズの言を否定しても?〉

〈その立場を取るにしても、〉少佐が頭の後ろで両の指を絡ませた。〈自由の身にされた時点で、疑いの眼を向けられるという寸法だ〉

〈で、ウェズリィ、〉〝リズ〟が率直に問いを向ける。〈あなたの素直な考えは?〉

〈面白くないのはそこさ、〝リズ〟〉右手一つ、ガードナー少佐は頭を掻いた。〈ヘインズの話、どうにも興味が湧いてしまってね。身の振りどころに詰まってしまった〉


「詰んだか」

 キースの声に苦い色。

 戦闘艦としてはともかく、航宙船としての機能をほぼ回復した宇宙空母〝オーベルト〟、その管制中枢。傍受不可能なレーザ通信を介して確立されたデータ・リンクの向こう、〝フィッシャー〟からシンシアが次いで告げる。

『まさかあれで逃げられるとは思ってなかったよ』

『〝イーサ〟の穴も塞いだはずよ』〝ミーサ〟の声も当惑の色を隠さない。『〝ミア〟と〝イーサ〟が互いに〝穴〟を洗い合うのが条件だったもの』

「で、その結果としてお前さんが生まれたって理解すりゃいいのかい?」〝ミーサ〟へ向けたロジャーの問いはあくまで軽い。

『そういうこと』答えて〝ミーサ〟。『2人でかかるよりグランマ向けに最適化した人格をぶつけた方が早いって結論したわけだけど』

「〝子供〟ってのはただの言い回しじゃなかったわけか」ロジャーの声が関心を隠さない。「しかも〝孫〟まで出来るとはね」

『突っ込むのそこ?』〝ミーサ〟が聞くからに怪しげな声をロジャーへ向ける。

「なに、疑問が湧かないか?」ロジャーは涼しげに受け流して、「じゃ〝キャス〟の〝親〟ってなァなんだ、ってな」

『〝キャサリン〟だろ』即答してシンシア。

「いや、その相手さ」迷わずロジャーが言を継ぐ。「ことここに及んで〝子供〟ってからには相手があって出来るもんだろ? 〝ミーサ〟の例もあることだしな」

『私が知るわけないでしょ』〝キャス〟の声に憮然の色。『ママの存在すら判らなかったんだから』

「お前さんは知らねェのか、キース?」ロジャーが声を向けた。

「俺がサラディンんとこで手に入れたアクセス・キィを使ったのは――、」キースが答えを返して一言、「サラディンが埋まっちまった後、〝ハミルトン・シティ〟へ流れ着く前だ」

「いや俺が言いたいのはだな、」ロジャーがにやけた顔をキースへ向ける。「もう1人の〝親〟ってのはお前さんじゃないかってことなんだが?」

「どこまでも下半身でものを考えるな、お前は」鼻息一つ、キースは顎へ指を添えた。「そもそも身に覚えがない。第一、擬似人格の〝子供〟の作り方なんざ聞いたこともない」

「前に聞いたアクセス・キィってのがそれなんじゃないのかと思うんだけどな」ロジャーが問いを衝き込む。「どんな代物なんだ?」

「データ・クリスタルさ」返してキース。「使うと〝キャサリン〟に繋がるようになってた。そこで預けられたのが〝キャス〟だ」

「……っと待て、」ロジャーが思い当たったように、「お前さん、どうやってそいつを手に入れた?」

 一瞬、キースの顔が苦る。「――エリックの遺品だ」

『エリックって……』言い淀んだのはシンシア。『エリック・ヘイワード?』

「そうだ」首肯するキースに怪訝の色。「あいつのだが……どうした?」

『いや……まさかな』

「そこまで言っといて引っ込めんなよ」ロジャーが容赦なく掘り返す。「後味の悪い」

 シンシアが気まずげに顔に片手をかざした。

『……エリックじゃないかって話だよ』ひどく言いにくそうに、シンシアが絞り出す。『〝キャス〟の〝親〟ってのが』

「つまりアクセス・キィってのが、」ロジャーが心得たように舌を回す。「〝キャサリン〟との〝子供〟を作る鍵だった、てェ仮定だよな?」

『擬似人格同士の融合で擬似人格が産み落とせるもんなら、』シンシアが心許ない口調で告げる。『……人間の人格が相手でもできるんじゃないかって思ったんだよ』

「〝自慢の娘〟ってのはそれか」キースが合点半ばの声を出す。「でも、どうやって?」

「〝キャス〟の吸収衝動に喰われかけたよな、お前さん」ロジャーが指をキースへ振り向け、「例えばだぜ、あのプロセスがそうだとしたら?」

「話が飛躍してるな、おい」キースが眉をしかめて一言、「第一、エリックが俺の前に現れた時は正気だったぞ」

「お前さんがアクセス・キィを使ったのはエリックとやらが死んだ後だろ?」ロジャーの瞳にふと理解が兆す。「ちょっと待て、てことはもしかしてエリックってヤツは……!」

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