16-2.索敵

「敵ミサイル艇、動きます!」宇宙港〝クライトン〟、光学観測ドームに張り付いた電子戦担当士官が急造のデータ・リンクに声を走らせた。「〝イーストウッド〟側面、第6艦隊側へ移動しているものと推定!」

「……とうとう、」ニールセン大尉の声に疲れが色濃い。「〝イーストウッド〟が陥ちたか」

 〝ハンマ〟中隊の艇が動く理由はこれをおいてまず他にない。宇宙港〝クライトン〟、空間歩兵中隊の面々に、重く淀んで失意が滲む。

「だが! じきに味方が来るはずだ」喝を入れるニールセン大尉と〝ベルタ〟が軌道計算を走らせる。「対空監視を厳となせ! 側面掩護だ! 連中は隠れたつもりだろうが、こちらから敵の動きを細大洩らさず伝えてやる!!」


〈パッシヴ・サーチの結果を見る限りでは、〉航宙隊長ウェズリィ・ガードナー少佐の懐から、ナヴィゲータ〝リズ〟が告げた。〈楽に潰せる相手ではないようですね〉

 徹底した電磁管制下にある目下の第0601戦闘攻撃航宙隊――暗号名〝ヴァルチュア〟――にあって、情報源は外部からの電磁波を受動的に分析するパッシヴ・サーチに限られる。その結果をガードナー少佐の視覚に投影しながら、〝リズ〟は言を継いだ。

〈まず第1目標のミサイル艇、これが探知にかかりません〉

〈我々としても進発を敢えて隠さなかったわけだしな〉言い添えたガードナー少佐の声が苦笑を含む。〈その程度の知恵は回る相手だということだ〉

〈隠れている、と?〉声を低めて〝リズ〟。

〈まず宇宙港――ここに引っ込んだわけではないだろう〉ガードナー少佐が選択肢を一つ消した。〈あちらへ行くからには2個中隊からの陸戦隊が相手になる――連中が精鋭とはいえそこまで愚かなら、我々の出る幕はハナからない〉

 そう語るガードナー少佐の視覚、その一角には変わり果てた強襲揚陸艦〝イーストウッド〟の姿。その状態は電子戦艦〝レイモンド〟ともども大破とみてまず間違いない――少佐が第6艦隊を後にしてからこちら、敵が大人しくしていたはずはない。

 ただし航宙隊が進発した事実は、その勢いを多少なりと削ぐ役には立ったと見える。

〈では母艦に身を潜めていると?〉〝リズ〟の声は疑問の念を隠さない。

〈確かにそれもあり得なくはないが――〉そう語るガードナー少佐の声色は、しかしその言葉を信じた風でもない。〈だがそれでは、連中自ら脚を封じたも同然だ。やはり我々の出る幕ではないな〉

〈では、〉〝リズ〟の声に興が兆した。〈仕掛けてくると?〉

〈かもな〉ガードナー少佐は指先でヘルメットを軽く小突いた。〈この〝機雷原〟、お前はどう見る?〉

 ガードナー少佐の視点が捉えて進路上、人工物の反応が群れている。その視線を検出した〝リズ〟が〝機雷原〟にタグを付す。

〈こちらに備えての準備は敵も怠らなかった、というところですか〉惑星〝テセウス〟表面、そこから放出される電磁波の反射を捉えて粗い影。〈形状から推察するにSSM-025ハーピィ、艦対空ミサイルを転用した急造の機雷原だと考えられます〉

〈こちらが引っかかると――ヤツらがそれを期待していると思うか?〉

〈逆でしょう〉〝リズ〟が類似の物体群をリストに挙げる。〈むしろこちらの進路を限定する方が狙いかと〉

 〝リズ〟が視覚、戦術マップに配して〝機雷原〟。それを迂回しようとするならば、第3艦隊への進入軌道は途端に大きく限られる。タイミングはともかく、待ち伏せるに向いた布陣ではある。

〈ただそれも、〉ガードナー少佐が腕を組んだ。〈これが実際に機能すればの話だ――〝見せ馬〟の可能性は?〉

 実際の話、ガードナー少佐率いる航宙隊が探知にかかりさえしなければ、〝機雷原〟とてその威力を発揮する機会には恵まれない。そして現状、ゴーストによるアクティヴ・ステルスがその効果を発揮し続ける限りにおいては、機雷が役目を果たし得る見込みはない――機雷そのものを編隊の中に巻き込みさえしなければ。

〈その可能性も否定はできません〉〝リズ〟もそこは否まない。〈ゴーストと言わず、索敵弾の一発も打ち込んでみれば解ることです――あるいはそれで、こちらの出方を探る肚づもりなのかも知れませんが〉

〈いずれにしても面白くないな〉ガードナー少佐は唇を曲げた。〈〝機雷原〟をよけたとして、こちらの損失は何だ?〉

〈敵はそこを狙っているというわけですか、〉試すような〝リズ〟の声。〈あるいはこちらの自縄自縛を狙っているかもしれませんよ?〉

〈敵の思惑に乗ってやる手はないと言っている〉少佐がヘルメットを再び小突く。〈仮にこちらの到達が遅れたとして、連中の得は何かということだ〉

〈それを外してみせると?〉

〈話が早いな――そういうことだ〉ヘルメット上、ガードナー少佐の指が軽くリズムを刻む。〈〝機雷原〟をまとめて作動させてやったら、連中はどんな顔をするかな?〉

〈どういう手を?〉

〈〝機雷原〟の鼻先でアクティヴ・サーチを食らわせる。ゴーストの索敵弾を使えば充分だろう――〝レイヴン00〟へ、こちら〝ヴァルチュア・リーダ〟〉ガードナー少佐の呼び出しに、視覚の通信ウィンドウが反応する――相手のタグが表すのはネクロマンサ〝レイヴン00〟、編隊に随行する電子線母機。〈敵の〝機雷原〟を一掃する。ゴースト隊、〝リズ〟の指示に従い索敵弾頭を射出。作動タイミングは時限式、セッティングは〝リズ〟に一任する〉

〈こちら〝レイヴン00〟、〉MC4I-22ネクロマンサ、その電子戦士官から応答。〈了解。ゴーストへの指示を〝リズ〟に一任します。諸元入力どうぞ〉

 ネクロマンサからの司令に従い、ゴースト編隊の指揮権限が部分的に〝リズ〟へと渡る。〝リズ〟が索敵弾の軌道を計算し始めた、まさにその時――、

〈ウェズリィ!〉〝リズ〟が気付いて声を上げる。〈発光信号! 宇宙港からです!!〉

 ――繰リ返ス。第6艦隊ヘ、コチラ〝イーストウッド〟所属第1及ビ第2空間歩兵中隊。

 この時――正確にはそのしばらく前から――発せられていた発光信号がある。モールス信号としての意味を持たされたそれは、宇宙港の衝突防止灯から全方位へと発せられていた。

 ――〝ハンマ〟中隊ハ〝イーストウッド〟ノ陰ニアリ。繰リ返ス、〝ハンマ〟中隊ノミサイル艇ハ〝イーストウッド〟ノ陰ニアリ。

〈宇宙港だ?〉思わず眉をしかめてガードナー少佐。〈〝イーストウッド〟の陸戦隊が?〉

〈彼らなら、〉〝リズ〟が補う言葉を紡ぐ。〈戦闘の一部始終を目撃していても不思議ではありませんね〉

 第6艦隊からの発進にわざわざステルスをかけずにおいた、その狙いは何も一つに限らない――敵の侵攻に対する牽制だけではなく、〝テセウス海部戦線〟残存兵力との連携もまたその一つに含まれる。

 電子戦艦〝トーヴァルズ〟の妨害波とて、宇宙港の外殻までは貫けない。データ・リンク麻痺という障害をどう乗り越えたか――そこは想像するしかないが、統率を保っているなら情報の信憑性も上がる道理ではある――統率を今なお保っている、その一点に疑問を差し挟みさえしなれば。

〈罠かも知れん〉ガードナー少佐は嫌な予感を覚えながら呟いた。〈こちらの〝眼〟で確かめるまでは鵜呑みにできんな〉

 当然といえば当然の判断ではある。出処の不確かな情報、それを鵜呑みにして突進するのは愚が過ぎる。

〈ゴーストの索敵弾、〉思考を巡らせつつガードナー少佐。〈配置にかかる時間は?〉

〈最短でおよそ3分、〉〝リズ〟からの答えはしかし甘くない。〈これ以上は敵に気取られます〉

〈急げ〉ガードナー少佐が返す。

〈軌道計算――終了。ゴーストに発射指示〉〝リズ〟が確実に計算を重ねる、その声が聴覚に届く。〈射出開始。0.6秒で――射出完了〉

 その声に警告音が重なった。ガードナー少佐の視覚に〝リズ〟が描いて警告、アクティヴ・サーチ――しかも敵から。

〈どこだ!?〉操縦桿を握る右手に反射で力を込める。

〈〝シュタインベルク〟です!〉〝リズ〟も緊張を隠さない。〈にしても、何を狙って?〉

 ゴースト編隊のアクティヴ・ステルスは、アクティヴ・サーチが暴き出す航宙隊の反射波さえ減殺する。結果、得られるものは何もない――はずだった。

〈〝機雷原〟に反応!〉〝リズ〟が警告の句を継いだ。〈アクティヴ・サーチ源増加中! 4、16……〝機雷原〟全体からです! それにこれは――戦闘機動!?〉

 戦術マップ上、〝機雷原〟を構成する対空ミサイルが――この時一斉にランダムな機動を開始した。

〈あのアクティヴ・サーチが合図か!?〉

 ガードナー少佐の頭を計算が走る。自らアクティヴ・サーチを放つミサイルにゴースト編隊への侵入を許したが最後、航宙隊のアクティヴ・ステルスは意義を喪う。それは即ち〝機雷原〟を突っ切る、その可能性が閉ざされたことを意味する。

〈それだけか?〉

 ガードナー少佐が訝る。航宙隊は立ち止まれない――だが、ただそれだけのことに過ぎない。ミサイルの推進剤は無限には続かない。詰まるところ、しかるべき時間が過ぎればこの戦闘機動も息が切れるとみるのが当然。

 もっとも、航宙隊が第3艦隊をかすめるには時間切れを待つという選択肢はない。しかし敵の索敵網、これに穴があるのもまた事実。そこへ誘導する意図があるというなら――、

〈〝リズ〟、〉ガードナー少佐が確かめる声を巡らせる。〈こちらの索敵弾が配置に就くまでは?〉

〈無理です〉焦りを滲ませるような〝リズ〟の声。〈索敵弾が発見されます〉

〈なら構うな〉ガードナー少佐の声に躊躇はない。〈索敵弾突入。敵の鼻先にアクティヴ・サーチをくれてやれ〉

〈了解〉

 航宙隊から索敵弾へ、傍受不可能なレーザ通信。予定の変更を知らされた索敵弾は、その軌道を即座に翻して敵〝機雷原〟へと突撃し――全弾一斉に至近距離、広範囲からのアクティヴ・サーチを食らわせた。

〈敵〝機雷原〟、作動!〉〝リズ〟の声がガードナー少佐の聴覚に弾ける。〈これは――撹乱雲!?〉

 戦術マップ上、視野の及ばない雲が一斉に花を開いて壁をなす。金属箔を中心として電磁波を乱反射する撹乱雲、それが〝機雷原〟――航宙隊の正面を一杯に塗り潰す。

〈何のつもりだ!?〉

 訝るガードナー少佐、その聴覚を刺して〝リズ〟の声。

〈ゴースト被弾!〉

〈どこだ!?〉

〈〝レイヴン01〟、〝03〟、〝04〟、〝18〟……まだ増えます!〉

〈まさか!?〉

 ゴーストの表面装甲は各種電磁波の発信源も兼ねて繊細に造られている。その被弾が意味するのは――即ち、アクティヴ・ステルス機能の喪失。

〈ダメージ分析、来ました! 徹甲散弾です!〉

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