16-3.迎撃

〈かかった!〉ロジャーからデータ・リンクへ快哉。〈よりにもよって、一番陰険な手に乗りやがった!〉

〈機関出力最大!〉〝シュタインベルク〟にデミル少佐の指示が飛ぶ。〈最大加速!〉

 〝シュタインベルク〟が全力の噴射炎を曳いて加速にかかる。その陰、フリゲートの艦体を盾に〝ハンマ〟中隊のミサイル艇。正面、展開された撹乱雲の壁へ。

 電磁波をかき乱す撹乱雲を突っ切るまでにさして時間は要さない。その先、〝シュタインベルク〟が放ったアクティヴ・サーチは第0601戦闘攻撃航宙隊を正確に捉えていた。

〈突っ込め!〉オオシマ中尉の命令に弾かれるがごとく、ミサイル艇3隻は進路を分かつ。


〈来ました、アクティヴ・サーチ!〉告げる〝リズ〟の声が動揺をはらむ。

〈散開!〉応えて一言、ガードナー少佐は命じた。〈各自自律攻撃! 目標、敵ミサイル艇!〉


〈各砲座、自律攻撃!〉〝シュタインベルク〟の戦闘指揮所にデミル少佐の指示が飛ぶ。〈目標、敵機動戦闘機! 牽制で構わん、連中に照準の隙を与えるな!〉

 その一方で、絶え間なく放ってアクティヴ・サーチ。散開した敵機の動向を洩らさず捉え、データ・リンクを通じて〝ハンマ〟中隊へ。探すのはSMD-025ゴースト、その中でも最前列で被弾していたであろう、動きの最も鈍った1機。

〈こいつだ!〉

 キースの声。眼を付けた。〝レイヴン03〟のコードを冠せられた、その1機。直近にいた〝イェンセン〟が姿勢を急転換、あらん限りの推力を叩き出して間を詰める。

〈推力最大!〉〝イェンセン〟のブリッジにオオシマ中尉の命令が走る。〈食らい付け! 目標、敵ゴースト!!〉

 戦闘機動。逃げる〝レイヴン03〟に〝イェンセン〟が追いすがる。


〈敵が!〉アクティヴ・サーチの反射波を捉えた〝リズ〟がガードナー少佐の聴覚に告げる。〈散開しました! これは――ミサイル艇!?〉

〈何のつもりだ!?〉眉をしかめてガードナー少佐。航宙隊の最優先目標が自ら出てきた、その意味を少佐が呑み下すまでに数瞬。〈――しまった!〉

 戦術マップ上、戦闘機動を取るミサイル艇それぞれが示す推定目標――、

〈〝リズ〟、パージだ!〉ガードナー少佐が高速言語の間さえ惜しんで指示を下す。〈〝レイヴン03〟のレーザ通信を切り離せ!!〉


 〝イェンセン〟から眼前、迫った目標へレーザ通信――正確には、その通信要求信号。〝イェンセン〟が発したそれは〝レイヴン03〟の表面装甲、そこに仕込まれたセンサに拾われる。通信を受けるにしろ拒むにしろ、そのプロセスは避けられない――そこに隙。その繋がりを衝いて流し込むのは、〝キャサリン〟の手になる裏コード。

 すっぽ抜けたように〝レイヴン03〟の加速が絶える。そこへ向けてミサイル艇から飛び出す戦闘用宇宙服――キース。

〈急げ!〉オオシマ中尉の声が命綱、データ・リンクを通じてキースへ届く。〈長くは保たんぞ!〉

 言われるまでもない。〝ゴースト03〟と並んで慣性飛行状態にある今の〝イェンセン〟、これは敵にとって格好の的でしかない。

 取り付く。這う。機首の制御モジュール、その整備ハッチ。引き開け、〝キャス〟からのケーブルを突っ込む。

 流し込む――電子戦艦〝レイモンド〟のファームウェアから暴き出した、これも〝キャサリン〟の裏コード。その優先命令は何をも置いてゴースト内のデータ・リンクを伝い、レーザ通信機へ。そこから航宙隊のレーザ通信網に発して優先信号――。


〈〝レイヴン14〟が!〉〝リズ〟から悲鳴にも似た声が上がる。〈反応消失! 〝レイヴン22〟、〝24〟……まだ増えます!!〉

〈くそ!〉戦闘機動のランダムな高Gの中から、ガードナー少佐が舌を打つ。〈手繰られたか!!〉

 〝レイヴン03〟のレーザ通信を遮断したとはいえその直後、軌道要素を変える前にレーザ通信を打ち込まれたとしたなら、相手に捕捉されたとしても不思議はない。

〈構うな〝リズ〟!〉ガードナー少佐は断を下した。〈第0601航宙隊全機、レーザ通信の機能を全パージ! いずれもう役には立たん!!〉


 レーザ通信が閉ざされた。

〈何が起きた!?〉キースの視野に〝接続失敗〟の一語が踊る。

〈こっちが訊きたいわよ!〉返して〝キャス〟。〈向こうからパージかけたとしか……〉

〈限界だ!〉キースが断じた。〈切れ! 命綱を切れ!!〉

 キースの命令を受けて、戦闘用宇宙服から命綱が切り離される。感知した〝イェンセン〟が戦闘機動を再開した――直後。SMA-188マナガルムからの対艦レーザが宙を薙ぐ。

〈気でも違った!?〉咎めの色をなして〝キャス〟の声。〈こんなとこで自分から孤立する、普通?〉

〈リトライだ、〝キャス〟!〉聞かず、キースが畳みかける。〈レーザ通信に要求信号!!〉

 今の今まで繋がっていたレーザ通信、その方位データ――そこからなら、敵の現在位置が高い確率で予測できる道理ではある。

〈――言われなくても!〉ゴーストから〝キャス〟は敵航宙隊各機の機動ヴェクトル、それが指し示す先へレーザ通信――その要求信号を打ち放つ。〈行けェ!!〉

 レーザ通信網、捉えたゴースト群の記憶領域から〝キャス〟が敵の戦術マップを再構築、〝レイヴン00〟ことSMC4I-022ネクロマンサの位置情報を暴き出す。予測位置へ飛ばしてレーザ通信――その要求信号。〈食らえ!!〉


〈操縦系統が!〉〝レイヴン00〟の操縦士に動揺。〈――やられました!!〉

 パージしたはずのレーザ通信、その通信要求信号を介した電子侵入。ネクロマンサの戦闘機動、そのGが不意に失せた。

〈待ってろ、今カウンタを――〉同乗の電子戦担当士官が待ち伏せにかかる――その顔から血の気が失せた。〈……馬鹿、な……!〉

 言う間にも電子戦モニタは目まぐるしく表示を変えていた。電子防御もかいくぐられ、自慢のトラップすら出番のないままその効力を喪いつつある。

〈くそ、データ・リンク切断!〉電子戦担当士官の声は苦い。〈完全手動操縦!!〉

〈駄目です!〉操縦士の悲鳴が上がる。〈コマンドを受け付けません!!〉


〈ざまァ!〉〝キャス〟の快哉。〈これで敵の電子戦力は……!!〉


〈〝リズ〟、〉ガードナー少佐の指示が飛ぶ。〈最初に乗っ取られたゴーストだ! ――こいつを追え!!〉

 即座に視覚、戦術マップへ〝レイヴン03〟の位置情報。敵味方のアクティヴ・サーチが入り乱れる中、位置を追うのは造作もない。

〈こいつが敵の拠点だ!〉断じてガードナー少佐が操縦桿に力を込める。〈墜とすぞ、敵の思い通りにはさせん!!〉

〈駄目です!〉〝リズ〟が拒んで入る。〈回避機動!!〉

 蹴飛ばされたような横Gが、フェンリルの操縦席をいきなり襲う。

〈どうした!?〉ガードナー少佐の疑念が口を衝く。

〈アクティヴ・サーチです!〉〝リズ〟から緊張の声とともに視覚情報。〈これは――〝シュタインベルク〟!!〉


〈蹴散らせ!〉突撃する〝シュタインベルク〟、戦闘機動で軌跡をランダムに変えつつ第0601航宙隊へと踊り込む、その姿。〈敵に人質はおらんと見ていい! 遠慮はいらん、撃ち墜とせ!!〉

 敵航宙機には、人質となる捕虜を乗せる余裕などまずもってあろうはずがない。仮に人質がいたとしても、敵が恫喝に来なければそれもやはり意味を成さない。

 他方の〝シュタインベルク〟はといえば、〝テセウス解放戦線〟の捕虜を人質に取ったも同じ。この時点で本気の攻撃を浴びる可能性は著しく低くなる。そしてフリゲートの本懐である防空機能、その実力を最大限に発揮すれば戦闘機動中といえども航宙機の動きは予測を大きくは外れない。

 そこへ来てキースと〝キャス〟の電子攻撃、これは航宙隊の連携機能を分断した。こうなれば航宙隊は各個撃破を待つ死刑囚の群れにも等しい。次から次と爆散の光が華開く。


〈今のうちだ、〝キャス〟!〉キースがゴーストにしがみつく。〈敵のネクロマンサを……!!〉

〈言われなくても!〉


〈〝リズ〟、突撃コース!〉ガードナー少佐から鋭く声。〈針路〝シュタインベルク〟! 主機関を潰してやる!!〉

〈無茶です!〉〝リズ〟から悲鳴。〈気でも……!?〉

〈いずれ後手では勝負にならん!〉ガードナー少佐が割り込ませて声。〈こちらからヤツの脚を削ぎに行く!!〉

 急転換。〝シュタインベルク〟からかすめた対空レーザにも構わず、SMF-179フェンリルが主機関を限界まで駆使して戦闘機動――その切っ先を〝シュタインベルク〟ヘとねじ曲げる。

 迫る。〝シュタインベルク〟――その艦体。遅れて集中し始めた対空レーザ網をかいくぐる、勢いと力技。同時に宙対宙ミサイルSSM-116スコルへ諸元を入力――本来は機動戦闘機相手に用いるその機動力、それを限界まで引き出して描く軌跡を〝シュタインベルク〟、その主機関へ。

 すれ違う――その寸前に切り離す、スコルの無骨なシルエット。それが〝シュタインベルク〟の背後を捉える。

 追いすがる。スコルが対空レーザの照準を引き付け、寸前でかわし、目まぐるしい戦闘機動で〝シュタインベルク〟へ猪突する。その軌跡は主機関を捉えかけ――寸前で対空レーザの餌食となった。

 爆散――だがその時、〝シュタインベルク〟に動揺が兆した。


〈〝ヴァルチュア・リーダ〟が!〉最初に気付いたのは、〝ヴァルチュア05〟のコードをあてがわれたフェンリル、そのナヴィゲータ。〈スコルを〝シュタインベルク〟へ!?〉

 本来ならスコルは重装甲のフリゲート、その艦体へ放ったところで致命傷を与えられるわけではない――そこに意図。

〈……そうか、くそ!〉操縦士がその意味を察した。〈スラスタだ! 〝シュタインベルク〟の脚を削げ!〉


 2機、3機と翻って戦意――第0601航宙隊。沈めるのではなく脚を止める、その意図が瞬時に駆け抜ける。


〈敵が!〉飛び交うアクティヴ・サーチ、そこから〝キャス〟が意味を読み取る。〈〝シュタインベルク〟へ!?〉

〈くそ!〉爆散したミサイルの分析結果を見たキースが舌を打つ。〈ヤツら、〝シュタインベルク〟の脚を狙う気だ!!〉

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