14-4.強襲

 ミサイル艇〝イェンセン〟第1短艇、その前部。操縦席を上からぶち抜いて、巨大な高機動ユニットを背負ったタロスが突き立っていた。

 腕が動いた――と思ったのも束の間。キースの隣にいた最先任曹長、その頭部は瞬時に蒸散して果てた。

 ベルトを解いたのはもはや反射、キースは上へと飛び出した。その後を追うように耐Gシートの背が灼き抜かれる。追いかけたレーザの光条が、しかし途中でつっかえた――関節の可動、その限界。

〈振り放せ!〉即座にデータ・リンクへオオシマ中尉。〈ヘインズ、指示を!!〉

〈下へ!〉返してキース。

 〝イェンセン〟の姿勢制御スラスタが咆える。キースに続いて席を離れた同乗の5人が、共に天井側へ放り出される。叩き付けられた天井を軋みが伝わる――だが足りない。食い込んだタロスは離れない。

 そのタロスが、今度は腕と一体化した大出力レーザを床へ――その向こうの〝イェンセン〟本体へ――擬した。

〈パージだ!〉キースが叫ぶ。〈短艇ごと棄てろ! タロスの狙いは〝イェンセン〟だ!〉

 躊躇するような、間。その間に床面が赤熱した。

 重い衝撃。そして無重力。直後、床面をレーザが灼き切った。

〈間に合った、か……?〉キースの口を呟きが衝く。

〈一息ついてる暇はないぞ!〉同乗するマルケス兵長に警告の声。

〈こいつァ空間戦仕様だ!〉やはり同乗していたロジャーの声から戦慄が伝わる。〈さっきと違って装甲丸ごとぶち抜きに来るぞ!〉

 その声を受けたかのように、タロスが右肩、無反動砲を床へと擬した。


〈パージ実行!〉

 聴覚にナヴィゲータ〝ジュディ〟の報告、しかしオオシマ中尉が打って舌。視覚の隅、船外モニタには後方へ遠ざかる第一短艇。前部上方から高機動仕様タロスをめり込ませたその底面には、高出力レーザが貫通した灼熱の赤――すんでの差で間に合った。

〈くそ!〉

 剥いた歯の間から、ギャラガー軍曹が呻きを洩らす。本来の体制なら、マルケス兵長と共にギャラガー軍曹もあの中にいたことになる。

〈今は、〉同じく歯噛みしつつオオシマ中尉は言わざるを得ない。〈電子戦艦に辿り着くことだけを考えろ。姿勢変更! 減速開始!!〉


 キースは天井を蹴った。ロジャーが続く。宙を跳んでタロスの背後、高機動ユニットへ。気付いたタロスから高出力レーザ。が、光条は関節の可動限界に囚われて届かない。

〈マルケス兵長!〉

 キースがデータ・リンクに飛ばして声。受けたマルケス兵長が思い出したように後を追う。

 タロスが手間取っていた。今のうちに背後から忍び寄れば、タロス自体を乗っ取ることも――そう考えた、まさにその時。

 ――爆光。視野を瞬時に染める白。

 データ・リンクが残る3人の絶命を視界に伝える。振り返ると、そこには天井もろくになかった。正面にあるはずの床は形すら残していなかった。

 対物榴弾で床を爆砕した――その事実は遅れて腑に落ちた。生き残ったのはタロスの陰にいた3人だけ――マルケス兵長とロジャー、そしてキース。

 タロスが振り返る。榴弾の破片を浴びて傷だらけの、しかし機能を失ったとも見えない姿が幽鬼のごとく腕のレーザ砲を向けた。

〈しがみ付け!〉

 キースが叫ぶ。わすかに遅れて光条が走る――。

 レーザはまだ届かない。タロスの高機動ユニットが火を噴いた。ボロ雑巾さながらにフレームの一部だけを残した短艇前部から、推力に任せてタロスが機体を突き抜けにかかる。

〈この野郎!〉ロジャーが舌を打つ。〈まだ〝イェンセン〟をやる気だ!〉

〈させるか!〉

 キースが高機動ユニットを這い上がる。タロス本体の、その背後。

 不意に横からGが襲った。高機動型タロスの戦闘機動。足が滑る。下半身が持って行かれかけ、踏み留まった所へさらなるGが方向を変えて襲いかかる。戦闘用宇宙服が振り切られる、そのさまが視界の隅に引っかかる。

 右への急転回。右腕から高出力レーザの一閃。命中、四散。

〈マルケス!〉

 ロジャーの声が耳に届く。振り回されたキースがそのままタロスの腕にしがみ付く。その手にP45コマンドー、銃口を押し付けて右腋、その間隙。

 引き鉄を絞る。装甲のないその一点へ弾丸をあるだけ叩きこむ。防弾繊維と言えど集中すれば防ぎ切れるものではない。その一点を貫いて装甲の内側を跳ね回る弾丸、――しがみついた身体にその感触。

 ――咆哮。

 タロスが右腕をキースごと振り回す。

〈キース!〉

 ロジャーがキースに呼びかける――まだ保っている。

〈ロジャー!〉振り回されながらキースが叫ぶ。〈パージしろ、こいつのハッチだ!〉

 意味を求めてロジャーの視線が這う――タロスの装甲、その表面。右脇腹に黒と黄の帯、囲まれて緊急救助用レヴァー。

 這い上がる。食い付いて離れないキースにタロスが業を煮やす。左腕、前腕と一体化した高出力レーザが首をもたげる。

 レヴァーに手が届き――かけて滑る。

 キースがタロスの左腕へと乗り移る。自ら身体を振り回し、太い腕に巻き付く。今度は、右腕を動かそうとして――タロスは失敗した。代わりに腕ごと肩へ振り上げる――そこには高機動ユニットの標準装備、左右に2門ある対空レーザの太い砲口が覗いていた。

 レヴァーにロジャーの手がかかる。力を込めかけ――、

 衝撃。閃光。ロジャーの身体は前へ投げ出される。辛うじて踏み留まって指二本。視界の端にはキースの姿、その手には擲弾銃。咄嗟に閃光衝撃榴弾を対空レーザ砲口に撃ち込んだ――そう察して、ロジャーは緊急救助レヴァー目がけて身体を引き上げる。

 キースの動きが止まっていた。榴弾の衝撃を間近で受けたからには、タロスの腕にしがみついているだけでも驚異的ですらある。その左腕を、タロスは振りかぶった。

 今度こそレヴァーに手が届く。

 タロスが左手を振り下ろす。その先には自らの側面装甲、キースの身体を叩き付けるつもりと知れた。

 ロジャーの右手、レヴァーに込めて力。握りしめて引き抜く。爆砕ボルトが作動した。タロスの前部装甲がパージされる。

 そこで内側から醜悪に膨れ上がって操縦士。傷口から真空に晒されたその血液が速やかに沸騰し、内側からその身体を引き裂いて出口を求めた、その結果。

 止まった――タロス。慣性で振りほどかれ、側面装甲にぶつかったキースの腕をロジャーが捕まえる。

「やった……のか?」

 訝るロジャーがつい通常言語をデータ・リンクに乗せた。

〈……多分……な〉

 息も絶え絶えに、キースの答えが帰ってくる。見るからにその身体には力がない。

〈生きてるんだよな、お前?〉

〈……ああ……〉キースの頷きが、ロジャーからも覗えた。〈……手伝え……〉

〈何を?〉

 間が抜けているのを自覚しつつも、ロジャーは問いを禁じ得なかった。キースから苦笑の気配。

〈……こいつを……かっぱらう……〉苦しげにキースが言葉を絞り出す。〈……〝ハンマ〟中隊に……追い付くぞ……〉

〈……そうだな〉

 血袋と化した操縦士をよけつつ、ロジャーが〝ネイ〟からのケーブルをタロスの端末へ。

〈うわ、ひでェ!〉データ・リンクの接続画面を見たロジャーが思わず声を上げた。〈データ・リンクが初期モードだぞこいつ!〉

〈どれどれ〉〝ネイ〟が探りを入れた。〈ファームウェアがいっぺん逝っちゃってるわね、これは〉

〈こりゃ陣形取るどころか、情報支援もなかったはずだぜ〉ロジャーがむしろ感嘆する。〈それであんだけの無茶やってのけたのかよ……!〉

 タロスが装備するセンサの探知範囲は、宇宙船のそれとは比べようもなく狭い。だから他艦からの誘導もない状態では、普通なら戦闘機動中のミサイル艇になど、照準を合わせることすらおぼつかない――はずだった。

〈でなきゃ今頃、〝ハンマ〟中隊は全滅してたわね〉

 少なくとも相当の腕利きだったことは理解できた。敬意とともに、ロジャーは操縦士のベルトを外した。

〈ちょっと待ってて――〉〝ネイ〟が〝シュタインベルク〟とのデータ・リンクを通じて、正常なファームウェアを手に入れた。〈データ・リンクを一から構築し直すわ。にしても凝ったことするわね〉

〈……待てよ……〉キースは声を低めた。〈……てことは、〝キャサリン〟のヤツ、この事態を……〉

〈見越してたってのか?〉ロジャーがキースの疑問の先に回る。〈……何のために?〉

〈……くそ……〉キースがもどかしげに首を振る。〈……頭が、回らん……〉

〈フル装備のタロスと格闘やった後だぜ、無理すんな〉言いつつロジャーも考えを巡らせる。〈お前言ってたよな、〝キャサリン〟のやつァ贅肉を削ぎ落とすテストを〝子供〟でやってるって〉

〈そう……〉キースが苦しげな声で応じる。〈〝キャス〟が成功例なんだとしたら……〉

〈檻に閉じ込めてじっくり研究するわな、俺なら〉ロジャーは唇を舌で湿した。〈そのための仕掛けか、これが?〉

〈ああ……だが俺達がそいつを制圧しようとして……〉ふとキースの声に色。〈……くそ!〉

〈どうした?〉

〈電子戦艦だ、制圧を急がせろ!〉呻きにも似たキースの声。〈サンプルが手に入らないなら、〝キャサリン〟は……!〉

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