11-12.起爆

「聞いての通りだ。早いとこやってくれ」

 着艦デッキ、ロジャーが〝特殊装置〟に取り付いた監査局員マークスをせっつく。

「そう急ぐな」

「急ぐんだよ。5分でぶっ飛ばさなきゃなんねェんだ」

「彼女を救うためにか?」マークスが頬に苦いものを覗かせる。「この混乱を招いた張本人だぞ」

 部外者の立場からすればそういうことに映る――〝サラディン・ファイル〟をぶちまけたのはマリィの仕業、と。

「で?」ロジャーは冷たく突き放した。

「彼女が黙っていれば……」

「黙っててもこうなったんだよ、解んねェのか?」ロジャーは指鉄砲をマークスに突き付けた。「どっちにしろ今は今だ。助かりたいんなら早くしな」

「脅すつもりか?  私が協力しなかったら……」

「あーもう面倒くせェな」ロジャーが噛み付く。「でなきゃあんたはゲリラに八つ裂き、手ェ貸しゃ無事に逃げられる。時間がねェから早ェとこ肚ァくくれってんだよ!」

 渋々の体で、マークスは自分の身の上に思いを戻したように窺えた。装置へ向き直り、ケースを開くと、端末のケーブルを繋ぐ。

 封印を解除、装置が作動を始める。モニタに素っ気ない画面が表れ、暗号の入力を促した。マークスが掌紋を読み込ませて暗号を打ち込むと、表示が〝作動開始〟へ切り替わる。

「あとは、私の合図で作動する」振り向いたマークスの顔に、打算の色。「保証が欲しい」

「あーもう、」ロジャーが歯を剥いた。「何の!?」

「私の身の安全だよ。こいつを……」マークスは装置へ親指を向けた。「使ったあとの私のカードが要る」

「じゃ一緒に人質になりに行くか?」

「それじゃ合格点とはいかないな」

 ロジャーはマークスを睨む。マークスも睨み返す。その眼に打算。

「待ってろ――ブリッジ、ウィルキンス大尉はいるか?」

『ちょっと待て』

 ブリッジから通信士が応じた。手元に操作の動きを見せて数秒、ウィルキンス大尉の顔が視覚に出る。

「何だ?」

 艦の奪回を指揮している風の緊張、その合間から問いをよこす。ロジャーは声を潜めて告げた。

「ちょっと内密に話したい。大事な話だ」

『なら副長と……』

「時間がない」ロジャーがせっつく。「陸戦隊の連中が救難艇に立て籠もってるんだ」

『――副長と2人だけで聞く。少し待て』

 振り返り、ウィルキンス大尉はブリッジに入ったばかりの副長を呼び寄せる。視界に2人が収まり、有線ヘッドフォンを耳にした――それを確かめたところでロジャーは切り出した。

「さっきも言ったが、陸戦隊の連中が救難艇に立て籠もった」

『こちらデミル少佐。さっきのやり取りだな――こっちに中継してくれた』

「そうだ」ロジャーは声に首肯を乗せて、「時間がない」

『こっちに何かできることは?』デミル少佐に問い。

「話が早い」ロジャーは勢い込んだ。「ゲリラが持ち込んだブツがある。こいつを爆破する」

 二人の顔にはっきりと――嫌悪の表情。

「監査局員がさっき解析に成功した」

『持ち込んだのは監査局だぞ?』

 デミル少佐が当然のところを衝いてくる。

「どうも今回の蜂起に使うつもりで〝装置〟に紛れ込ませてたらしい」口から出まかせでロジャーは言い切った。「監査局にもシンパがいたってことだろうな。今マークスが解体に……いや失敗した! もう時間がない! 衝撃に備えろ!!」

 応答を待たずに回線を切り、ロジャーがマークスへ向き直る。

「これでいいだろ」

「保証と言ったんだぞ!」

 ふてぶてしいまでの応答。ロジャーが眼許を軽く引きつらせた。

「自分の立場が解っちゃいないようだな、あン?」ロジャーがマークスの胸ぐらを掴んで引き寄せる。「俺達ァ人質を見捨てるわけにゃいかないんでね、投降ってェより連中の使い走りになっちまうぜ?」

「それは私の問題では……」

 皆まで言わせずロジャーが畳みかける。

「つまりこの艦を占拠する側に回っちまうってこった」ロジャーは勢いに任せてまくし立てた。「そしたらあることないこと吹き込んで、あんたの立場ァ台なしにした挙句に独房へ逆戻りさせてやる」

 ロジャーはそこで声の温度を一段下げ、

「場合によっちゃその場で処刑ってことにしてやる。それでいいんだな?」

「ま……待て!」息も切れ切れにマークスはなだめにかかる。「落ち着け!」

「待ってちゃ事態ァ悪化するんだよ!」ロジャーが迫る。「やるのかやらねェのか、どっちだ!?」

「わ……、」マークスは喘ぎながら頷いた。「……解った! 落ち着け」

「起爆の準備は!?」

「あとはリモートでコードを打ち込めば……ッ!」

 聞くや、ロジャーはマークスを引きずって壁を蹴る。

〈キース、こっちの準備は完了した! 退避次第ぶちかますぞ!!〉


 ありったけの意地で、マリィは正面の銃口を見返した。

 重力などほとんどないのに顔から血の気が引いていく。膝が笑いそうになる。それを無視して両の眼をモロー伍長の掌中に据え続ける。沈黙。緊張。睨み合い。

 と、マリィの喉が思わず鳴った――思わず唾を呑む、緊張の音。

「ふ、」瞬きを数回、モロー伍長は銃口を天へと向けた。「何のつもりか知らんが、挑発ならその辺に……」

 モロー伍長の言葉尻を暴力的な轟音が呑み込んだ――どころか、床が跳ね上がって全員の身体を放り出す。耳に障る構造材の悲鳴、衝突でもしたかのような重い低音、破断の鋭い音が一時にまとめて押し寄せる。

「な……!?」

 モロー伍長とコーベン1等兵が状況を探って視線を宙へ巡らせる。答えが得られるはずもなく、投げ出された身体、物体、固定されていないあらゆるものが天井へ、壁へ、床へぶちまけられた。2人の手にしていた銃も宙へと踊る。


 構えていても、爆発の衝撃は容赦なく2人の身体を突き上げた。キースとシンシアがエアロックの天井へ放り出される。何とか受け身を取って上体を起こし、壁を蹴る。エアロックを飛び出し、ボーディング・ブリッジへ踊り出す。

 ひしゃげたドッキング・アームとボーディング・ブリッジの悲鳴が肌を衝く。拳銃を抜き、見る間に形を変える壁面をさらに蹴り、〝フィッシャー〟側へと加速する。

 飛び込んだ先、両側の扉を開放したエアロックにいたのは守備の兵――というより衝撃に突き回された人間が2人。手にした武器を取り落とし、船内電話の操作もままならずにいたところへ――キースとシンシアが襲いかかった。

 相手の生命を斟酌する暇はない。銃口を胸元へ擬して迷わず引き鉄――銃声が2つ響いた頃には背後、ボーディング・ブリッジがねじ切れていた。空気が雪崩を打って流れ出し、感知した安全装置がエアロックの外扉を緊急閉鎖。構わず2人は艇内へ。

 舷側通路、次々に壁を蹴って艇首側、回転居住区前端に差し掛かる。

〈ブリッジは任せた!〉

 データ・リンクに乗せて一方的にキースが告げる。壁を蹴って回転居住区、医務室へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る