11-9.人質

跳び込みざまに一撃。

 キースはテーブルの下へと潜り込み、2人目からの銃弾をかわす。

 士官食堂に捕虜の歓声。室内の意識がキースを向く。半拍おいて入り口、ロジャーがライアット・ガンを撃ちつつ突っ込んだ。分かれた獲物の間で迷った3人目を撃ち倒す。

〈野郎!〉

 宙のロジャーに銃口を向けた4人目、足元へキースが一撃を浴びせた――骨の折れる鈍い音。それを下から引きずり倒し、その胴へとさらに一撃。相手が悶絶する、そのさまを視界の端に捉えながら5人目へと照星を巡らせる。キースと向き合った陸戦隊員は、しかし引き鉄を絞る間もなく横からロジャーに衝撃弾を見舞われた。

 残る陸戦隊員は独房の警備に就いている――敵のデータ・リンクはそう示していた。銃口もろとも視線を一巡させ、キースは敵が尽きたことを確かめる。

『ここの先任は?』

 ロジャーが問いの声を発した。その手は休まず手近の敵、気絶した2等兵をプラスティック・ワイアで拘束にかかる。

「私だ」食堂の奥から声が上がる。「ウィルキンス大尉だ。砲雷長を務めている」

『曹士の連中は解放した』1人を後ろ手に縛り上げ、そのまま次に取りかかりつつロジャーが続ける。『合流して指揮権を奪回してくれ』

 救い主とはいえ、士官でもない相手に指図された不快――それを眉に乗せて、ウィルキンス大尉が指摘する。

「陸戦隊がいる」

 対人戦闘の専門家が相手となれば、躊躇しても臆病には当たらない。

『もう大体始末した』ロジャーが肩をすくめつつ、『まあ、こんな具合に』

「何者だ、貴官らは?」当然の疑問を大尉が口に上らせる。

『連中の敵』ロジャーの声に不敵な笑み。

「……違いない」

 ウィルキンス大尉は天井を仰いだ。敵の敵が味方とは限らない。としても、この場はそれで引き下がるしかない――その事情を呑み下しているようではあった。

 その間に3人目を縛り上げたキースが腰を上げた。手近の1人、こちらは捕虜を拘束していたプラスティック・ワイアを切る。サヴァイヴァル・ナイフを手渡して隣の拘束を解かせ――、

 そこで入り口に人影。反応して銃口、向けた先にシンシアの素顔。左の掌をかざしてライアット・ガンを下へ向ける。

〈なにチンタラやってんだ!?〉

 開口一番、切羽詰まった声がキースへ飛ぶ。

〈これからだ〉低い声をキースが投げ返す。〈艦の指揮権を押さえる。陸戦隊の連中に揺さぶりをかけるぞ〉

 キースは眼をウィルキンス大尉へ振り向けた。

『独房も陸戦隊が護ってるはずだ。誰がぶち込まれてる?』

「副長と監査局員」返したウィルキンス大尉に、3人の視線が突き刺さった。

〈やはりな〉〈いるとは思ってたけどよ〉〈犬か。ぶっ殺しちまえ〉

「ともかく、副長は助け出したい」気圧されたウィルキンス大尉が、隣の中尉に拘束を解かれながら言葉を続ける。「艦の指揮には必要だ」

『待てよ』キースが思い付いたように、『監査局員が運び込んだブツがあるはずだ。心当たりは?』

「ああ、着艦デッキに持ち込んだ何かの装置が……」そこまで言って、ウィルキンス大尉が眉をひそめた。「……何で知ってる?」

『ビンゴか』キースは口の端に舌先を覗かせた。『どっちみち必要になる。独房を制圧するぞ』


「ブリッジへ、こちら医務室。聞こえるか?」〝フィッシャー〟艇内。船内電話がブリッジに繋がるや、モロー伍長が重い声で宣した。「負傷者は我々の手の内にある。指揮権を放棄して投降しろ」

『こちら艇長。こいつは救難艇だぞ』

 動揺の手応え。演出効果の点からすれば、相手のデータ・リンク越しに声を届けられれば言うことはない。が、情報戦の結果は惨憺たる有様、お陰で通信手段は船内電話、これでは様にならないと危惧してはいただけに、まずまずの出だしといったところ。

「その救難艇にだ、」苦い表情が思わず伍長の声に出た。「ケダモノみたいな陸戦要員乗せといたのはどこのどいつだ?」

『ただの護衛だ。そもそも赤十字を臨検しようなんて方がどうかしてる』

「『どうかしてる』ゥ?」モロー伍長は相手の言葉をなぞってみせた。次いで重く凄んでみせる。「どうかしてるのはどっちだ、この裏切り者。こっちァとっくに肚ァくくってるんでね、連邦法にも何にも付き合う気はないぜ」

『……で、逆らったらどうなるんだ?』

「言わなきゃ解らんか?」モロー伍長が鼻を鳴らす。「人質を一人づつ殺す。まずミス・ホワイトからだ」

『……』絶句が船内電話越しに伝わる。

「言っとくがな、ライアット・ガンなんて上品なブツ突き付けてると思うなよ」モロー伍長の声に凄味が乗る。「れっきとした鉛弾が彼女の頭を狙ってる」

 モロー伍長が、艦内電話の正面から逞しい上半身をずらした。背後には後ろ手に拘束されたマリィの姿、そのこめかみに突き付けられているのは拳銃――P45コマンドー。

「彼女の次は、ご同乗のドクタを殺す」悪役そのままに凄んでモロー伍長。「その次は重傷者からあの世へ送る。解ったか?」

『……解った』苦り切った艇長の声。『どうすればいい? 白旗でも上げるのか?』

「まずは例の陸戦要員だ。武装解除してこっちへよこしてもらおうか」


〈キース、〝フィッシャー〟からコールよ〉キースの聴覚に〝キャス〟が告げた。〈どうせロクな話じゃないわね〉

〈だろうな〉〝キャス〟の読みにキースも頷く。〈繋がなくていい。データ・リンク丸ごと切り離せ〉

〈来たな〉背後からシンシア。〈連中、シカトされてキレやしないだろうな?〉

〈それまでに手を打つ〉

 振り返り、キースは後続の集団に手招きをくれた。マッコイ軍曹が先に立ち、回転居住区から解放された捕虜が群れをなす。

『戦闘指揮所を先に押さえてくれ』キースが艦の重心区画、艦橋とセットにされたブロックへ指を向ける。『俺達は独房の捕虜を解放してから合流する』

「陸戦隊が残ってやしないか?」マッコイ軍曹の口に当然の疑問。

『独房にいる連中の他は救難艇に立て籠もってる』キースは掌をマッコイ軍曹の背後へ向けて、『これだけいりゃ押さえられるだろう』

「よく言い切れるな」

『データ・リンクは押さえてある』頷き一つ、キースは〝キャス〟に陸戦隊の生体データを転送させた。『間違いない』

「全部筒抜けってか」マッコイ軍曹にうそ寒い声。「敵にゃ回したくねェな」


 モロー伍長が船内電話へ低い声を吹き込んだ。

「いつまで待たせるつもりだ?」

 艇長の重い声が応じる。

『――他意はない。そっちの言う陸戦要員だが……連絡がつかない』

「人質の命が要らないのか?」

『そうは言って……』

「同じことだ!」モロー伍長は艇長の言葉尻を断ち切った。

『嘘じゃない!』船内電話の向こうで声が焦る。『何ならその眼で確かめてもらってもいい』

「時間稼ぎが下手だな」モロー伍長の声が低まる。

『事実だって言ってるんだ』返ってきた声は切羽詰まっていた。『データ・リンクも途絶えてるんだ――どうやったら信じてくれるってんだ?』

「それを考えるのはこっちじゃない」

 凄みつつも、モロー伍長は腋に冷たい汗を感じていた。よもやマリィ・ホワイト――最優先目標を見殺しにするとは、と。

『ともかくブリッジに来てくれたら判る。嘘じゃない』

 鼻息一つ、モロー伍長は手荒く船内電話を切った。黙考すること半秒、振り返って声を上げる。

「フェデラー兵長!」

「信じるんですか?」

 マリィに拳銃を突き付けていたフェデラー兵長がモロー伍長に眼で問うた。

「最優先目標をそう簡単に見捨てるとも思えん」モロー伍長は顎を一つしゃくって、「ブリッジへ行って確かめてこい!」

「……了解」


 表が不意に騒がしくなった――どころではない。銃声が飛び交い、くぐもった悲鳴が立て続けに上がり――そしてすぐ静かになった。独房の硬いベッドから、監査局員マークスは顔を上げた。

 ドア越しに人の気配――しかも複数。それがロックを解除して、マークスに姿を見せるまでものの数秒しかかからない。相手は戦闘用宇宙服、それが2人。その顔はヴァイザの奥に隠れ――いや、1人はヘルメットをかぶっていない。女。ただその眼付きがどう見ても只者ではなかった。

『あんたが監査局員か?』

 ヘルメットをかぶった方が、マークスに歩み寄る。マークスの顔を知らない、ということは〝シュタインベルク〟艦内の人間ではないことを意味する。少なくともゲリラではないと見当をつけて、マークスは声を返した。

「そうだ。助かったよ」

『なら答えろ。この艦に爆弾を持ち込んだな?』

 あらゆる応答を飛ばして投げつけられた、それは確認。

「何を藪から棒に……」

『着艦デッキに持ち込んだブツがあるはずだ』駆け引きも探り合いも一切なし、有無を言わせず戦闘用宇宙服が迫ってくる。『ジャーナリストを始末するためにな』

「そんな物は……」

『ないとは言わせん』語尾を断ち切って凄む声が飛んできた。

 これでは救われたのかどうか判じかねると思いながら、マークスは内心に冷や汗を拭った。

「知らない。本当だ」

 監査局の立場としてはそう言い切るしかない。話していて実りがないと察したか、追求の口は続かなかった――と思ったのも束の間、今度は懐に手が伸びてくる。

「おい!何を……」

『黙ってろ。話す気がないんだろ』

 ジャケットの懐から、スリじみた手つきで携帯端末を奪い取る。取り返そうともがくマークスを片手で押さえつつ、相手は端末にケーブルを繋ぎ、高速言語を口にした。

〈〝キャス〟、起爆コードを洗い出せ〉

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