11-8.突破

 唐突に、視界が変わった。

〈何だ!?〉

 〝シュタインベルク〟陸戦小隊第2分隊長が思わず上げて問いの声。気付いたのは一瞬の後――視野から分隊の生体データを含む、リンク情報がそっくり抜け落ちていた。

〈データ・リンク途絶しました! 原因不明!〉

 ナヴィゲータの説明が遅れて聴覚へ届く。

〈やりやがったか……!〉

 得心して呟きを噛み殺す。艦内のシステムに侵入し、なおかつ気密ハッチまでをも操作できる相手ならば、陸戦隊のデータ・リンクに手を出してきたところで驚くには当たらない。ならば、同時に無線通信も途絶えて当然。一向に反応を示さないスピーカに見切りをつけ、分隊長はヘルメットのヴァイザを開いた。気付く部下が何人いるか――。

〈突っ込め、そいつに構うな!〉

 叫びつつ、分隊長は前面へ躍り出た。


〈くそ!〉群れを成して突っ込んでくる陸戦隊へライアット・ガンを連射しながら、シンシアは毒づいた。〈食らっても死なねェからって……!〉

 眼前の陸戦隊員は総勢10人。うち1人は撃ち倒したものの、残りが総出で突撃してくるとなると始末が悪い。しかも全員がライアット・ガンを乱射しながらとなると、独力で太刀打ちするには荷が勝ちすぎた。

 2人を打ちのめす間に8発の衝撃弾が押し寄せる。覗かせた頭を引き込む間もあらばこそ、壁際に着弾の衝撃が走る。銃口だけを覗かせて盲撃ち、付け入る隙を見付けようにも数に押されて手に負えない。

〈なめんじゃねえぞ、こん畜生!〉

 銃声と着弾の時間差から間合いを計り、至近から腰だめで一撃。仕留めたのを見届けて、脇をすり抜けようとする1人にサヴァイヴァル・ナイフの一閃を浴びせる。怯んだ相手の懐へ飛び込み、首ヘの一突き――ヘルメットとスーツの継ぎ目を貫く。4人目。

 その横を構わず回り込む影が4つ、5つ……多すぎる。

〈くそ!〉

 振り返ろうとした矢先、正面に残ってナイフで挑みかかる影があった。銃身で弾き、ナイフを突き込む。かわして膝。受け止めて右腕、至近での睨み合い。

 咄嗟に相手のヘルメット、ヴァイザが開いていたのを見て取る。シンシアは相手の鼻面に頭突きをぶち込んだ。ヘルメットに阻まれて届かない――が相手にわずかな隙。畳み込んでナイフを突き入れる。相手は左腕を犠牲にして受け止めた。咆哮もろともむしゃぶりついてくる。

〈この……!〉

 頭突き――を食らわせようにも密着しすぎて手に負えない。一回り小さいシンシアの上体を抱きかかえるように、相手の右腕が背後へ回る。

 死角を取られた――本能に響いてその危険。ナイフを手放して身をよじり、相手の身体を剥がしにかかる。が、体格の差は容易に引っくり返らない。背後にナイフの気配、相手の表情に兆して会心。

 咄嗟にシンシアは腕を伸ばした。ライアット・ガンの向きを変え、銃口を自分の側――擬して相手の後頭部。後先考える暇も惜しんで引き鉄を絞った――撃発。眼前のヘルメットが手前へ弾かれ、シンシアのヴァイザにヒビを入れる。暴れる銃把が手を離れ、身体が相手もろとも背後へ倒れ込む。その背中に異物の感触――すんでのところでナイフを突き立てられるところだったと確信しながら、シンシアは床に叩き付けられた。

 衝撃が脳天へ突き抜ける。圧された肺が息を手放す。瞬間、意識が暗転しかける。だが、まだ敵がいる――歯を食いしばって踏みとどまり、相手の身体を押し離す。

 視界一杯をヴァイザのヒビが塞いでいた。ヘルメットのヴァイザ開閉ボタンに指をかける――開かない。首の気密シールを外し、ヘルメットに手をかける。

 その耳に圧縮空気の洩れる音。救難艇の気密ハッチが開いたと知れた。ヘルメットを脱ぎ捨て、敵が手にしていたはずの銃を探す。ハッチに群がる敵が視界の隅をかすめた。その向こうに開放されたエアロック。背後を手探る。硬い感触――敵のナイフ。

 すかさず手に取り、投げつける。ハッチ際の一人、その背に刃が突き立った。

〈手前ら、艇に近付くんじゃねェッ!〉


 キースの聴覚、データ・リンク越しにシンシアの声が駆け抜けた。

〈遅かったか……!〉

 口中に思わず舌を打つ。こちらは回転居住区を抜けたところ、今から救難艇への侵入を阻止できるものではない。

〈おい、どうすんだ!?〉

 ロジャーの眼前で、キースは壁を蹴って身を転じた。来た方向――重力区画の側へ。

〈奴ら、人質を取るつもりだ〉肩越しにキースが言葉を投げる。〈むざむざ時間をくれてやるかよ〉

〈だからって放っとくつもりか!?〉

〈誰が放っとくか〉口論の間も惜しむようにキースが言い捨てる。〈やれることをやるだけだ――シンシア!〉

〈くそ、艇に取り付かれた!〉焦りを声に乗せてシンシアが返した。〈人数5!〉

〈連中、人質を取るつもりだ。相手になるな〉

 キースの返答に、シンシアは戸惑いを隠さない。

〈待てよ……!〉ロジャーの声にもまた惑い。

〈待てもクソもあるか。いったん退け。交渉の隙を与えるな〉一息に言い切ったキースが回転居住区、非常階段へのハッチをくぐった。〈取引材料を確保する。士官食堂で合流だ、急げ!〉


〈!?〉

 ボーディング・ブリッジ半ばで分隊長と格闘していた敵――シンシア――が、泡を食ったように〝シュタインベルク〟艦内へ跳び退る。救難艇〝フィッシャー〟のエアロックのハッチ際からライアット・ガンを撃ち散らして追い立てた上等兵は、傍らの兵長に声を向けた。

〈あの女、無茶苦茶やりやがる――大丈夫ですか?〉

 声をかけられた兵長は、大柄な背中からナイフの柄を生やしていた。抜き取る暇もないまま、格好つけて居残ったのを後悔し始めている――そんな顔をヘルメットの中から覗かせて。

〈畜生、ただじゃおかねェぞ……!〉

 唸りつつ、兵長がライアット・ガンに弾丸を込める。終えて、銃口をボーディング・ブリッジの向こうへ据えながら、

〈よし、掩護するから分隊長を連れてこい〉

 文字通り身を呈して隙をこじ開けた分隊長は、衝撃弾を後頭部に食らって浮いている。敵前に放置しておくには忍びないものがあった。

〈は〉

 上等兵の返事に続いて喉が鳴る。凶悪を絵に描いたような敵兵が待ち構えていることを思えば、分隊長を救出に赴くのも覚悟なしではいられない。

 勇を鼓する一拍の間――おいて、上等兵が踊り出る。兵長のライアット・ガンが掩護の咆哮を上げる。壁に衝撃弾が弾ける音を聞きながら、上等兵は分隊長に身を寄せ、背後から脇に腕を回した。無我夢中で壁を蹴り、〝フィッシャー〟側へ跳ぶ。

〈兵長殿!〉

 迎えたのは怪訝の一語をたたえた顔。その傍らを抜け、上等兵がハッチに分隊長を押し込む。そこで銃声が止んだ。

〈伍長殿?〉

 静寂――違和感。上等兵は振り向いた。

〈何だあいつ、撃っても来ねェ……〉兵長が違和感の正体を言葉に表した。〈……いない、のか?〉


 〝フィッシャー〟艇内、侵入したモロー伍長は主通路を折れた――回転居住区への入り口へ跳ぶ。

〈伍長殿?〉

 続くコーベン1等兵が怪訝の声を上げる。

〈わざわざ救難艇なんざ使うからにゃ、怪我人を連れてるはずだ。人質に取るぞ、急げ!〉

 応じた声は、なりふり構う余裕をなくしていた。なお迷うコーベン1等兵の背を、フェデラー兵長がどやしつける。

〈迷ってる暇なんかあるか! やるっつったらやるんだよ!〉

 ラッタルを跳び降り、人工重力区画へ。さらに奥へ踏み込んで、医務室の入り口へ銃口を突っ込む。

「動くな!」

 銃口とともに視線を巡らせ、人質にすべき相手を探す――ベッドに固定された患者の姿が、すぐ眼に入った。

「誰!?」

 奥から咎め立ての声が突き立った。多分に後ろめたさを感じていた背中が思わず脈打つ。同時に射線を巡らせた先に、女の姿。

「ここは医務室よ! 戦争ならよそでやりなさい!」

 白衣ではなく野戦服、ただし戦闘要員にしては腰が高いと見た伍長は、正面から睨む深緑色の瞳を見返した。

 亜麻色の長い髪を後ろでまとめ、丸腰でベッドの側に立つ女――伍長はその顔を知っていた。マリィ・ホワイト。

「悪いが、なりふり構っていられる立場じゃないらしいんでな、ミス・ホワイト」

 モロー伍長は声を投げ返した。

「それで?」

「人質になってもらう」

「怪我人に?」マリィの瞳が険を増した。「恥を知らないの?」

「あんたの連れに言ってくれ」モロー伍長はことさら厚顔を装った。「手に負えないったらないんでね」

 しばし睨み合い。

「人質なら1人いれば足りるでしょう」マリィが伍長を見据えて――言い切る。「私がなります」

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