7-8.調達

『ローワン・ジェンセン様ですね』

 窓口のロボットが確かめる。ジャックは頷き、慣れた手つきでパスワードを打ち込んだ。

 〝グリシャム・バンク〟、〝トリオレ・シティ〟支店。

「いつの間にそんな口座作ってやがったんだ、この悪党」隣に並んだロジャーが興味たっぷりに問いかける。「例のアレだろ――手柄くれてやってた刑事」

「人のことが言えたクチか」返す言葉も素っ気なく、ジャックは差し出された札束を数える――100ヘイズ札が100枚一束、それが10束。「口説いた女に口座作らせてるだろ、お前だって」

「――いつの間に勘付きやがった?」

 札束を懐へねじ込むジャックに、ロジャーは思わず訊いていた。

「やることが解りやす過ぎるんだよ」ジャックは親指を窓口へ向ける。「ほれ、引き出すんなら今のうちだぜ。次は口座が凍結されてたっておかしかないからな」




 眼前、領事を乗せたリムジンが停まった。アンナ・ローランドの乗るバスも続いて停まる。

 〝ハミルトン・シティ〟を間近にした第2大陸〝リュウ〟は〝大陸横断道〟の一点、そこに築かれた検問の一つ。警備兵がリムジンの後部座席を覗き込み、身分証を受け取る。

「〝テセウス解放戦線〟の兵士ですね」

 窓際、イリーナ・ヴォルコワが解説を加えた。

「判るの?」

 アンナも顔を窓に寄せる。

「旗ですよ」

 イリーナが検問を指差す。見れば、道を塞いだ装甲車の上に見慣れぬ旗。

 警備兵はしばし車内へ視線を投げ――時おり後方のバスへ眼を投げ――そして頷いた。身分証を返し、小さく腕を振る。装甲車が退いた。進路が開ける。

 リムジンも道を譲るように脇へ退く。バスだけが前へ進んだ。アンナは小さく息をついた。

 〝シールズ・シティ〟領事に見届けられる形で、アンナを始めとしたジャーナリスト達は〝テセウス解放戦線〟の勢力範囲に踏み入ることになる。何のかんのと渋っていた領事だが、アンナの無事を最前線まで見届けたあたり、肝の座った人物ではあったらしい。

「何のかんので最後まで見送ってくれましたね、領事」イリーナがアンナの考えを代弁するかのように呟いた。「ビビって付いてこないと思ってましたけど」

「そうね。疑って悪かったかな。でも、」アンナは付け足した。「だからって連邦のお偉方が信用できるわけじゃないのよね」

 前方に〝ハミルトン・シティ〟の街並みが見えてくる。一行はこれから〝ハミルトン・シティ〟を横断し、軌道エレヴェータへと向かう手はずになっていた。

「さて……」

 アンナは口の端を舌で湿した。アンナにとって肝の試しどころはこれからということになる。




〈〝キャス〟、〝パラディ商会〟へコールを〉

 〝トリオレ・シティ〟で調達した携帯端末へ、ジャックは〝キャス〟を繋いだ。

 ロジャーがハンドルを取るストライダ車内。窓外に流れて第1大陸〝コウ〟の林業地帯、猛烈な速度で流れていく山間部の夕景。ハイウェイがその中を縫って伸びていく。

〈アブドゥッラーのツテ?〉

〈まあな。この際贅沢言ってられん〉

「ハロー、〝パラディ商会〟?」ジャックは闇商人へ連絡を入れた。「アブドゥッラー・ラーギブ・イズディハールからの紹介だ。ムッシュ・ユゴーとお話ししたい」

『少々お待ちを』

 慇懃な応対に続いてオルゴールの無難なメロディが流れる。ややあって、再び通話が繋がった。

『ユゴーなる人物は在籍しておりませんが……』

「〝缶詰をお取引したことがある。もう一度ご確認願いたい〟」

 合言葉のやり取りに続いて、フロント・グラスの光景に相手の顔が重なった。

『お待たせしました』寂しくなった頭頂を、むしろ堂々と晒した丸顔。『ユゴーです』

「ローワン・ジェンセン」

 ジャックは偽名を名乗った。

『ジェンセン様、お顔を拝見できますかな?』

 一拍の間に疑問符を乗せる。ゲリラと連邦に知れた顔、出来れば晒したくはない。

『当社のモットーでしてね。お取り引きは、いつもお互いの顔を見ながら進めております』言いつつ、ユゴーは頭を叩いた。『この頭を眺めていただくのもお取り引きのうち、というわけで』

 つまり〝顔を見せなければ取り引きしない〟、との強い要求。ジャックは呑んだ。

「〝キャス〟、映像を出せ」

『いいお顔つきをしておられる』満足げにユゴーは頷き、『さて、ご入用のものを伺いましょう』

「突撃銃AR110A2とAR113、短機関銃SMG404とSMG595、対物ライフルAMR612、手榴弾各種、RL29ランチャと弾薬も欲しい。軽装甲スーツ3人分、あとフロート・バイクを2台。まとめてリストを送るとして、すぐ手に入れたいが?」

『すぐ、とは?』

 ユゴーは呑気な顔を作ってみせた。

「明日の夜、〝ヴィアン・シティ〟で」

 ジャックが挙げた名は〝クライトン・シティ〟の衛星都市。その横、運転席でロジャーが小さく舌を出す。今夜は強行軍になりそうだった。

『これはお急ぎだ』ユゴーは笑みを崩しもせず、頭を軽く撫でた。『最近は当局の眼も厳しくなっておりましてね』

「さばき損ねた在庫があるだろう」

 皆まで言わせずにジャックは衝いた。相手、丸い目の端に小さな険。

「いくらだ」

『……お見積もりは、リストをいただき次第に』

「解った。すぐ送る」

 告げて回線をひとまず切る。


「〝リリィ〟、ムッシュ・ジェンセンの顔を」

 ジャックとの通話を終えると、クロード・ユゴーはすかさずナヴィゲータに命じた。

 〝ヴィアン・シティ〟は東北部、〝パラディ商会〟事務所の奥。執務室に座ったユゴーの網膜に、先刻の客の顔が映る。

「見た顔だな」

『〝メルカート〟の手配書にありました』

「渋るはずだ」

 〝リリィ〟が、〝メルカート〟から出されていた賞金情報を呼び出し、横へ並べる。ジャック・マーフィ、生死問わず、とある。もっとも海を渡った先のこと、親組織も違っていれば、応じてやる義理もない。が――、

「面白いな。ムッシュ・パラディにコールを」

 ユゴーは〝パラディ商会〟の主へ連絡を入れた。

「ユゴーです。面白い客がつきました。客人は興味をお持ちになると思いますが」




「〝スキャナ・ヘッド〟へ、こちら〝スキャナ74〟」バンを改造した指揮車の助手席から、巡査部長が告げた。「ポイント47-53に到着、これより〝目標253〟を捜索する」

 〝トリオレ・シティ〟郊外。軍は自前の捜査網に限界を認め、警察にも動員令を発してアルバトロス――暗号名〝ハウンド1〟を追っている。

「こんなとこに凶悪犯なんて隠れてるんスかね?」ハンドルを握る巡査が口を尖らせた。「何もないとこですぜ」

「まあ軍からVTOLを乗り逃げしたって言うからな、目立つとこにゃ降りんだろ」警部補が応じつつ振り向く。「どうだ?」

 後席、オペレータはディスプレイから眼を離さない。隣区から続けて低空を飛ぶRG-66モスキート、そのカメラから送られてくる画像に眼を落としたまま、掌をかざした。

「ちょっと待ってください。もうすぐ――」隣のディスプレイ、地図とモスキートの現在位置を見比べる。「〝目標253〟です」

「見付けたって手柄にもなんないわけでしょう?」巡査がぼやく。「何なんですか、この動員」

「俺も知らんと言ったろう」巡査部長の顔にも不満。手を掲げ、指を向けて下。「上の上から直にドンだ。とにかく探せとさ」

「軍だって間抜けですよねェ。そんなんだからゲリラに付け込まれるんだ」

「あー、怪しいな」独語以上の声をオペレータが洩らす。「ちょっと見て下さい」

「どうした、貧乏クジか」巡査部長が後席へ、億劫そうに身体を運ぶ。「どれ?」

「これです」オペレータが画面の一点を指で示す。「この影」

 機体の翼と胴体が、地面へ影を落としている――と思しき影。

「あー畜生、貧乏クジらしいな」巡査部長はマイクを手に取った。「〝スキャナ・ヘッド〟へ、こちら〝スキャナ74〟。〝目標253〟に調査の要ありと信ず。応援を請う」

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