7-7.不屈

「だからってよ、」アルバトロスのカムフラージュに取りかかったジャック達へ、ロジャーはぼやいてみせた。「ヒッチ・ハイクってのは美女がやってナンボってもんだぜ、なあ色男」

「色ならお前の得意だろ」

 一言の下にジャックは斬り捨てた。サヴァイヴァル・ナイフで樹の枝を刈りながら、ジャックは思い出したように問いを投げる。

「それとも力仕事の方がいいか?」

「……いや、遠慮しとく」

 両の手を上げて、ロジャーは踵を返した。藪に覆われた丘――を迂回して、その向こうを走る幹線道へ。

 夜明けとあって、交通量は多くない。たまに通るトレーラやトラックに親指をかざすこと9回、大型トレーラ・ノトスが反応した。中からたくましい中年女が顔を出す。

「よう色男、こんな所でどうしたい?」

「ガス欠でね」ロジャーは、肩をすくめてみせた。「この先まで――〝トリオレ・シティ〟までいいかな?」


「助かったよ」

 〝トリオレ・シティ〟の街外れで、ロジャーはノトスを降りた。道中、ドライヴァはロジャーの話術に大いに盛り上がり、別れを惜しんでさえくれた。

 降りたところで、ロジャーは中古車の出物を漁る。狙いはフロート・ヴィークル・ストライダ。

〈他は?〉訝しげに〝ネイ〟が訊く。〈ガルムとかサヴァンナとか色々あるでしょ〉

〈あれがいいんだよ。パワーはあるし荷物は乗るし〉

 ロジャーが断言する。

〈まあ色々乗せるんだろうけどさ〉ヒットした物件をリストに連ねながら〝ネイ〟が呟く。〈ジャックって市街戦の真っただ中に乗り込んでったって言うし、案外過激よね〉

〈何が言いたい?〉

〈ん、どうせボッコボコになるだろうなってコト〉

 一拍の間。

〈……まあ覚悟の上さ〉

〈あ、開き直った〉

 眼をつけたディーラの名は〝マクレー〟。無人タクシーを拾い、道中で話を詰めつつ、店の前へ乗り付ける。そのままの勢いでストライダを指名買い。かねて用意の隠し口座で決済して――、

「実は車両登録がねェ……」禿頭の店主が頬を掻く。「役所のサーヴァがダウンしてまして」

「え?」ロジャーが問い返す。

「いや手続きがね、」店主は申し訳なさそうな顔を作ってみせた。「こっちから出向いていかないと、どうにもならないんですわ」

 ロジャーの眼には手数料をせしめたい、との本音が透けて映った。

「じゃ、こっちでやるさ」

 手続きがややこしいの何のと渋る店主にチップを弾んで書類を取り上げ、ロジャーはストライダに乗って店を出る――郊外へ。




 マリィは傍らへ眼を投げた。揺れ続ける軍用トラックの簡易シート、腕を組んで背を預けたシンシアとふと眼が合う。

「ねえ、」マリィは思い切って、それまでの沈黙を破った。「教えて」

 シンシアの眉に疑問符が乗った。唾を一つ呑んで、マリィは言を継いだ。

「あなたの狙いは、何?」

「狙い?」

 シンシアの反問に、マリィは頷きを返す。

「狙いも何も、」シンシアは肩をそびやかした。「あんたを〝クライトン・シティ〟へ送るだけさ」

「私?」

 マリィは自らに指先を向けた。首を傾げた拍子に、亜麻色の髪が揺れる。

「そ。あんたさ」

「どうして?」

「随分と自分を小さく見てるな」シンシアは上体を乗り出した。「あんた、時の人なんだぜ」

「じゃ、〝ハミルトン・シティ〟の空港で救けてくれたのはどうして?」マリィも顔をシンシアに寄せる。「見過ごせばそれで済んだはずよ」

「正直、あん時ゃ焦ったがね」

 シンシアの唇に苦笑が引っかかった。

「答えになってないわ」

 マリィの眼がシンシアを見据えて逃さない。

「ジャックのヤツはまだいいのさ」シンシアは脚を組んだ。「動きがまだ読めるからな」

「どういうこと?」

 マリィが追いすがる。

「あーはいはいごちそうさん」シンシアが意地の悪い笑みをマリィへ突き付けた。「あいつァあんたに熱を上げてる。ベタ惚れだ」

 マリィの顔に朱が差した。眼が逸れる。

「からかわないで」

「おーお、お熱いこって」シンシアは手をひらつかせ、「そういうこった。ま、できりゃ手を組んどきたかったがね」

「……でも、突き落としたわ」

 一転、非難の色を帯びた眼が向く。

「からかい過ぎたかな」

「ごまかさないで」

 マリィが噛み付く。シンシアは両手を掲げた。

「あの流れじゃ、逃げられても連邦に捕まっちまうからだよ。違うか?」

「でも、あの飛行機を乗っ取れば……」

「勝負は着いてる。ヤツは失敗した」

 マリィの仮定をシンシアが断ち斬る。マリィには返す言葉がなかった。

「どっちにしろあんたを連邦に渡したかない」

「どういうこと?」

「言ったろ、あんたを殺しちまうからだよ」

 マリィが息を呑む。シンシアは続けた。

「あいつら、口実が欲しいのさ」

「……何の?」

 マリィの声に力がない。

「そりゃ決まってる」シンシアは声を低めた。「全面攻撃さ――解ったかい?」

 マリィはうつむいた。肩を落とし、息を吐き、それから顔を上げる。

「それで、〝テセウス解放戦線〟には何の得があるの?」マリィは胸に手をかざす。「――その、私を引き渡して」

 シンシアの反応が遅れた。マリィは思いつくまま、言葉を続ける。

「私を――私達、ジャーナリスト全員を引き渡したら、何が残るの? それはそれで連邦が手を止める理由なんてなくなるってことじゃない」

 シンシアに無言。黙って頬を掻く。マリィがさらに畳みかける。

「……時間? 時間を稼いで、どうするの?」

「しゃべり過ぎたな」シンシアの視線が冷えた。「話はここまでだ」




「早かったな」

 日が頭上に輝く頃には、ロジャーのストライダがジャックらの眼前に現れていた。

「まあ人選が良かったからな」ストライダの運転席からロジャーが返す。「で、次の手はどうするよ?」

 ロジャーが窓からフライト・ジャケットを差し出した。耐弾スーツでは目立つだけに、現実的なカムフラージュというところか。

「連邦がこのまま指くわえて見てると思うか?」ジャケットを受け取りながらストライダのドアを開け、助手席へジャックが乗り込む。「行き先は判ってる。騒ぎになるのも察しがつく。どさくさに紛れて取り返すぞ」

「言うことが過激になってきたよな、お前さん」ロジャーが笑みつつ、小さく首を振る。「こっちのお株が取られそうだ」

 ロジャーはハンドルを取り、ジャックへ眼を流した。

「シンシアのことを聞かせてくれ。あいつ、どうなった?」

 ジャックは腕を組んだ。息を吸い込み、躊躇の間。――それから、

「あいつはゲリラの側に付いた」

「何だって?」ロジャーが眉をしかめた。「冗談なら……」

「ゲリラ、だったんだ」ジャックが言葉を重ねる。「あいつ、俺を突き落としやがった」

「おいおいおい、どこで何がどうなっちまったんだ?」ロジャーが首を振る。「お前を焚きつけたのはあいつだと思ってたがな?」

「何を知ってる?」ジャックの視線が尖った。

「詳しくは俺も知らねェよ」ロジャーは右手、指を小さく踊らせた。「陰で色々やってた。お前さんを助けてたみたいだったがな」

 ジャックにしても腑に落ちないことがある。シンシアから手渡されたデータ・クリスタル――その中身。彼女がゲリラであったなら、実に不都合なデータが入っていたことになる――たとえ彼女が知らなかったにしても。

「罠か?」

 スカーフェイスが率直な指摘を衝き入れる。

「判らん」ジャックは首を振った。「確かめとく必要はありそうだな」

 ジャックは〝キャサリン〟を呼び出した。

〈あらご無沙汰〉

「やっと話せる所まで来た」ジャックが通常言語で返す。「急いで確認を取りたい。例の、サラディンのデータだ」

『何かあったの?』

 合わせて、〝キャサリン〟が通常言語に切り替えた。ストライダの車内、スピーカから声を流す。

「シンシアがゲリラの側に付いた」説明するジャックの声が苦味を帯びる。「データの出所に特大の疑問符が付いたことになる」

『妙な話ね』〝キャサリン〟が声を低めた。『データに嘘はないわ、私が検証できる限り』

「量子刻印も? ベン・サラディンのサイン・データも?」

『そう』クリスタルの中身、直筆サインのデータを〝キャサリン〟はストライダのフロント・グラスへ投影する。『それも本物』

「本物には違いないわけだ」後席でスカーフェイスが腕を組む。「なら、やることに変わりはない。頭数が減っただけだ」

「うわ、断定」ロジャーが舌を出す。「クールだね、どうも」

「違いない」天井を仰いだジャックに苦い声。「ともあれ、銀行へ寄ってくれ。今はとにかくカネが要る」

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