3―3.急転

 マリィ・ホワイトは地へ足を降ろした。背後、同乗してきたイリーナがコミュータを降りる。

 〝雑貨屋〟サントスの〝店〟は、外見を表すならジャンク・ヤードを背に抱える倉庫、という表現が的を射る。イリーナが説明する「チューインガムからロケット砲まで扱ってます」との言葉に、半ば合点めいたものをマリィは感じた。

 サントスの指示でコミュータを停め、倉庫内の事務所へ足を運ぶ。倉庫内には確かに、食料品から武器弾薬までが箱詰めになって積み上げられていた。その間を縫って、中の事務所へ。

「ジャックのヤツァじき現れるはずだ。コーヒーでも飲んで待っててくれや。俺ァ仕事が残ってるんでね」

 サントスの言葉に、紅茶党の劣勢を重ねて実感したマリィだった。


 サントスは端末越しに別件の手配を進めている。その背中を眺めることしばし、手持ち無沙汰のあまりに苦いインスタント・コーヒーを呑み下すこと3杯――。

 クラクションの音が軽く倉庫の入り口から。

 振り返ると、見るからに使い古しの小型トラックが、尾部から倉庫に進入しつつあった。運転席に人影が一つ。

 マリィは思わず視線をサントスへ。

「ああ、ジャックのヤツがやってきたな」

 サントスが席を立ち、トラックへ足を向けた。イリーナに促され、マリィがその後に続く。

「よォジャック、早かったな」

「ブツは?」

 開けたドアからジャックが問う。

 マリィには聞き慣れない声だった。声の主――ジャックへ眼を向ける。やや細めの顔立ち、鋭い眼、焦茶色の髪と瞳――彼女の記憶に残るエリック・ヘイワードの容貌が、そのままそこにあった。

「……エリック!」

 思わず、マリィの裡から叫び。

 マリィの深緑色の瞳が、焦茶色の瞳と視線を交えた。その瞳に表情が兆す――驚きか、その他の何物か、判然とする前にそれは消えた。

 マリィが思い出したように走り出す。

「サントス、」眼を外したジャックが口を開く。「そこの2人は……」

「エリック・ヘイワード!!」ジャックへ駆け寄ったマリィが、相手の視線に割って入った。「私よ、忘れたの!?」

 焦茶色の瞳がマリィへ向き直る。その瞳は、今度は表情を帯びていなかった。

「人違いだ」

「……え?」

 もう一度相手の顔を見直す。その眼、眉、輪郭――どこをどう見ても彼女の知るエリック・ヘイワードそのもの。声こそ違うが、それが容易に変えられることは彼女も知っている。

「どうして……」

「悪いな」

 マリィの疑問を切り捨てて、ジャックはマリィの横を通り過ぎた。

「そんな……」

 言いさしたマリィに、ジャックは構う素振りもない。サントスが控えめに問うた。

「あー……、もういいのか? 実は……」

「待って!」マリィはサントスの言葉を遮った。ジャックに追いすがる。「エリック・ヘイワードよ! 絶対そう! 知らないなんてはずないわ!」

「知らないな」

 ジャックには取り付く島もない。その眼は頑なに表情を封じていた。

「そこら辺にしといてもらおうか!」あらぬ方から声が響いた。「こっちにも用があるんでね!」

 裏口へ通じるドアから人影が一つ。入り口からも3人が中へと入り込む。

 4人とも拳銃を構えていた。グレンP86オフィサ。

「おいおいおい、話が違うぞ、メンデス!」裏口の男へ振り返りつつ、サントスが声を荒げる。「ヤツを探してるたァ聞いたが、荒事とは聞いてねェ!!」

「1万ヘイズも賞金が出てりゃ、話も違ってくるだろうさ!」裏口の男――メンデスが叫び返した。

「どういうことだ?」

 ジャックは冷たく、サントスへ声を向けた。眼はメンデスと入り口の3人を視界に捉えている。

「おっと動くなよ、ジャック・マーフィ!」メンデスが遮った。「賞金がかかってるのはお前だがな、動いたらそこの女ごとぶち抜くぞ!」

 ジャックは小さく肩をすくめて〝雑貨屋〟へ眼を向けた。「で、サントス?」

「ウラジミルのヤツが、お前に連絡がつかんと言っとったから――」少しばかり気が引けたように、サントスは首を振った。「――教えたんだ。止められてなかったんでな」

「賞金だって?」ジャックが訝しむ。

「賞金は〝メルカート〟からだ!」よく見えるように携帯端末を操作しながら、メンデスが答えを提供した。「ついさっきの話だ。もうお前の居所はバレてるぜ。何やったか知らねェが、とっとと観念……」

「おいちょっと待ちなよ!」イリーナが声を上げる。「彼女には手を出さない約束でしょうが!」

「約束……?」

 マリィが怪訝を問いに乗せた。遅れて悟る――知らないうちに、彼女の探している相手を売る話が成立していたのだ、と。

「いや……ついさっき、〝メルカート〟が彼に賞金をかけたんですよ。この辺りじゃ〝メルカート〟に逆らっちゃ生きてけやしないし」

 答えたイリーナにマリィが反発する。

「だからって……!」

「女の方も何か知ってやがるようだから、チクってやったぜ!」マリィの声をメンデスが遮った。「大人しくしてたら……」

 皆まで言わせずジャックが跳んだ。

 マリィを右肩で突き飛ばし、もろともに倒れこむ。メンデスからの銃弾はマリィでなくジャックの左肩、防弾スーツに弾かれた。ジャックは転がりざまに抜いてケルベロス、入り口側へ4発。起き上がりつつ2発を続け、呆気に取られた3人の右肩を撃ち抜いた。翻って銃口をメンデスへ据える。

「大人しくしてたら、何だって?」

 ジャックがメンデスに鋭い眼を向ける。

「手前、〝メルカート〟に楯突こうってのか?」

「さあな」

 言うと同時にケルベロスが咆えた――2発。メンデスの右肩から血煙が上がる。

 もんどり打って倒れたメンデスの手から、携帯端末をもぎ取る。〝キャス〟から伸ばしたケーブルを繋ぎ、ジャックはデータを吸い出させた。

「……厄介な」

 起き上がりかけたマリィへ眼を向け、ジャックは口を開いた。

「俺とあんた、2人でグルってことになってる。とっとと逃げないと面倒だ」

 状況を呑み込めないマリィへ、ジャックは言を継ぐ。

「付いてこい。俺があんたを街から逃がす」

「ちょっと待ちなよ!」イリーナが抗議の声を上げた。「彼女は私の……」

 ジャックが鋭い一瞥で、イリーナの言を封じた。

「〝〝メルカート〟には逆らえない〟――あんたそう言ったよな」マリィに向けて顎をしゃくる。「彼女も売るつもりか? 俺みたいに」

 マリィは今度こそ絶句した。そこへジャックが投げて問い。

「役立たずのボディガードと、得体の知れない賞金稼ぎ――どっちを選ぶ? 時間はないぜ」

 生唾が喉を滑り降りる。が、躊躇している暇はない。

 立ち上がりざま、マリィは決然とジャックに向き直った。

「あなたよ――聞きたいことが山ほどあるわ」

「ジャック・マーフィだ。〝ジャック〟でいい――乗れ」

 ジャックがトラックを示した。

「マリィ・ホワイトよ。〝マリィ〟で結構」

 マリィは立ち尽くすイリーナへ一瞥をくれると、そのままトラックの助手席へ収まった。


「マーフィが逃げた!」メンデスが、手下の携帯端末を奪って喚いた。「登録ナンバRSS732257、白いトラック! 女を連れて逃走中!」


「こいつか」

 ジャックが呟く。トラックの鼻先は〝カーク・シティ〟中心部へ向けてある。網膜にはメンデスの呼んだ〝メルカート〟の手の者、その現在位置が、地図に重ねられて映っていた。今のところはコミュータが1台。

〈メンデスとやらが呼んだ〝お迎え〟ね〉

 〝キャス〟が、メンデスの端末から吸い出したデータを付け加えた。乗員4人、いずれも武装。

「じきに追っ手がかかるな」

 マリィにも聞き取れるように、ジャックは標準言語を口に上らせた。

〈賭けにならないわね〉

「すぐに降りる」ジャックは隣のマリィへ言葉を向けた。「見た目を変えるぞ」

「見た目?」

「その格好は敵に見られてる」ジャックは前を向いたまま、帽子に焦茶色の髪を押し込んだ。「髪型、服装、顔……カメラやセンサに引っかかったら居場所がバレるぞ。今のうちに髪型だけでも変えておけ」

 ジャックがフライト・ジャケットを脱いだ。いきなりの展開に呆けかけてから、気を取り直したマリィは亜麻色の髪を結い上げた。ジャックは懐からサングラスを取り出す。

「他には?」

「帽子、コート、メガネ――降りたら適当に手に入れて、とにかく見た目を変える。街中を徒歩で突っ切るぞ」

 ジャックはマリィへ自分のジャケットを差し出した。受け取ったマリィが袖を通す。

 繁華街〝ヤン・ストリート〟に差しかかったところで、ジャックはトラックを停めた。マリィを降ろして、トラックの運転を自動に切り替える。そのままシティ南部を目指すよう設定し、さらにはメンデスの端末を座席へ放り出してから、ジャックもトラックを降りた。無人になったトラックが発車する。

 マリィの脇を抜けて、ジャックが先に立った。

「端末、いいの?」

 マリィがトラックの方向を指さした。

「どうせもう情報は取れんさ」半分だけ振り返ってジャックが答える。「逆に追跡されるのがオチだ」

 手近な露店で帽子を、別の店でサングラスを買うと、ジャックはマリィに与えた。自身も新しいジャケットを手に入れる。

「この程度は気休めだ」ジャックはジャケットに袖を通しながら、「カメラはごまかせても、探されたら人間には見分けられる。着替えながら行くぞ」

「訊きたいことが……」

「声がセンサに引っかかるぞ」遮ってジャックの声。「急ぎじゃなきゃ後にしろ」

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