1―2.火種
〈えー、またァ?〉
〝ネイ〟の文句を聞き流し、ロジャーは殺人課のオフィスを抜けた。
〈そ、今度は鑑識。ぶーたれてないできりきり働きな、彼女の仕事が終わったら迎えに行けるように〉
〈〝浮気がバレないように見張ってろ〟って正直に言ったら? まったく女に待たされてるからって八つ当たりすることないじゃない〉
〈女の仕度ってのは長くて当たり前なの! 感謝しな、退屈しないで済むぞ〉
高速言語でナヴィゲータと応酬する合間にも、すれ違う婦警に笑顔を向けることは忘れない。
〈仕度ったって、ただ報告書で捕まってるだけでしょうが〉
〈その後のロマンスのためにな。なんていじらしい……〉
〈あほらしい。あっちは誰かさんの気まぐれで動いてるんじゃないわよ〉
ごつい大男を2人がかりで連行する制服警官とすれ違う。
〈でかいネタが眼の前に転がってんだぞ。指くわえて待ってられるか〉
騒ぎでも起こらないか――見送る視線に期待が込もる。
〈その科白で何回空振りしたっけ?〉
暴れかけた大男だが、すぐスタン・ガンを食らって沈黙した。あからさまな落胆を舌に乗せて、ロジャーは〝ネイ〟の嫌味に応じる。
〈失敗が怖くて賞金首が狩れるかよ〉
〈相手を考えなさいっての! 私はともかくあんたがドジ踏んだら取り返しがつかないでしょうが〉
〈〝ともかく〟ってのは何だよ〝ともかく〟ってのは〉証拠品を小脇に抱えたまま血相変えて走り行く職員の脇を抜け、鑑識課のドアを開ける。「やあアイリーン、エンジェル・フィッシュは元気になったかい?」
「またあんたか」ロジャーに気付いたざんばら髪の男性職員が、露骨に嫌な声を投げてよこした。「いいかげん彼女にまとわりつくのはやめたらどうだ?」
「あんたが彼女と結婚したらあきらめるよ」小柄な相手の肩越し、ブルネットの髪をひっつめた白衣の女に手を振ってみせる。自称〝女殺し〟の笑顔を添えて一言、「やあ」
まんざらでもない風の表情を女の眼元に認めた上で、男性職員の傍をすり抜ける。
「今度、食事でもどう?」
「あら、今度は何のおねだり?」
そっけない素振りを並べつつも声には色――手応えを感じとったロジャーは、悪童じみた表情を口元へ。
「君のハート……と言いたいとこなんだけど、今回は調べ物。手伝ってくれない?」
一応は渋ってみせる相手を、口八丁で言いくるめて保管庫へ。見るからに頑丈な扉をくぐると、運び込まれたばかりの押収品の山と対面する。
「5分だけよ」
「感謝感謝。おーお、よくもまァこれだけ集めたもんだ」
個人規模らしからぬその数と、拳銃から携帯対地ミサイルまである品揃え――それを眼にしたロジャーが興味深げに眼を細めた。
〈あ、なんかいやァな予感……〉〝ネイ〟の声に暗く冷えた感情が乗る。
〝シュレイダー・ウェポンズ〟製の狙撃銃SR215イーグル・アイを、ロジャーは手に取った。盗品らしくシリアル・ナンバの刻印が削り取られているのは当然として、レーザ・サイトの電子部品まで出所を隠すために表面を焼いてある。
〈おーお、念の入ったこって。けどこうもあからさまじゃ隠したうちにゃ入らねェよな〉今にも舌なめずりしそうな表情でロジャーが呟く。〈一つ残らず軍の制式型じゃねェの。こりゃ買い手に軍人くずれでも混じってるか、それとも……ってね。さァて、こいつァ面白くなりそうだ〉
〈全くこれだからドンパチ好きは……調子に乗って深入りして、相手が企業傭兵かなんかだったらどうすんのよ〉
〝ネイ〟の口出しも聞き流し、ロジャーは嬉々として武器の山を漁り出した。
〈そんときゃホントに戦争おっぱじめるまでよ。軍隊だろうが何だろうが巻き込んでお祭りにしてやるさ〉
〈もう、ほんとに死ななきゃ治らないのかしらねこの馬鹿は〉
〈お祭りも知らないお利口さんになるよりゃ馬鹿の方がマシだね〉
〈そのお馬鹿さんにコールよ〉余裕の科白に〝ネイ〟が水を差す。〈例の婦警さん。期待はしないようにね〉
〈そうやっかむなって〉鼻で笑ってからロジャーがよそ行きの声を作る。「やあハニィ、仕度はできたかい?」
『ごめん招集かかっちゃったの。全く人使いが荒いったら……ああもう、すぐ行くったら!』
〈ほらね〉
『また連絡入れるわ。じゃあね』
よほどの大物が相手なのか、一方的に回線は切れた。
〈よかったわね、浮気はバレてないわよ〉
〈うるせェ! ……まあいいや、それじゃ仕事だ〉楽しげな口調に、自棄気味のスパイスを薬味に添えて、〈エミリィに連絡入れな、これから忙しくなるぜ。それじゃ最初の一人目を巻き込みに行ってみようか〉
表面上は、瞬時に気を取り戻したロジャーが揉み手しながら立ち上がる。
〈……まだ懲りてないの?〉
〈そ。賞金稼ぎってな現金なもんでね、勝ち目のあるネタには眼がないのさ〉
〈そっちじゃないわよ、あの情報屋だってば。借金取りに自分から会いに行くようなもんじゃない〉
保管庫を出てアイリーンに向けた笑顔を、ロジャーは一瞬だけ引きつらせた。慌てて退場、廊下へ出たところで反論を試みる。
〈……だからこうやって、儲け話に食らい付いてだな、誠意のあるとこ見せようってんじゃねェの〉
〈20点。誠意のないのが見え見えね〉
〈……うるせェよ〉
尾行の気配を探りつつ路線を変えること数回、しかし怪しい動きは特に見られず、ジャックはさしあたりの見切りをつけた。北東へ向かう4号線へ移り、〝ヒューイ〟を安全運転の無人タクシーの後ろへつける。
シティの中心部を抜けて10キロも走ると、ビルの頂く夜空が拡がり始める。道を行くにつれ、建物の数は減りこそしないが荒廃する一方で、見る間に風景は寂れていく。
〝狂乱〟の代名詞を奉られた第2次資源統制当時、地球を始めとする星系〝ソル〟からの移民を受け入れた区画。当時、まさに雪崩を打つがごとく流入するその勢いに、シティ当局がまともな都市計画を進められたはずもなく、この一帯には〝混沌〟の形容に相応しい無秩序ぶりが蔓延することになったと言われる。程度はともかく、その名残は今なお隠しようがない。
〈ちょっと待って〉
〝ハミルトン・シティ〟北東部、〝カーヴァ・ストリート〟――安アパートメントが軒を連ねるその一角。仮の宿に使うアパートメント前に〝ヒューイ〟を停めたところで、〝キャス〟が注意を促した。〈ドア・ロックに異常信号〉
舌打ち一つ、ジャックは問いを返した。
〈侵入されたか?〉
〈多分……大したタマね。そりゃセンサはパッシヴ・モードだけど、ラスト3番目まで反応なし、トラップも突破されたわ〉
〈早かったな〉
ジャックはエンジンを再始動、100メートルばかり行き過ぎた廃ビルの陰で〝ヒューイ〟を停めた。ホルスタにケルベロスの感触を確かめつつアパートメントへ戻りにかかる。
警備会社のネットワークへ侵入、周辺のビルの屋上が無人なのを確かめて、ジャックはアパートメントの非常階段に潜り込んだ。部屋のある7階まで音ひとつ立てずに駆け上がる。
〈〝キャス〟、部屋のセンサは?〉
〈だんまり。だけど賊が大人数じゃないのは間違いないわ、多くて3人。でなきゃいくらなんでも引っかかるわよ〉
〈よし、センサのモード変更、アクティヴに。賊が逃げ出すところを押さえる〉
〈OK。3、2、1、アクティヴ・サーチ!〉
〝キャス〟の宣言と同時に、部屋に仕掛けておいた対人センサが揃って電磁波や超音波を放出した。そうして自らの位置を明かす代わり、センサは部屋の中にある物体という物体の位置を洗い出す。
〈侵入者発見! 人数1、キッチンに隠れてる!〉
侵入者にとっては、頭上で警報が鳴り響いたも同然。早々に逃げを打つ――かと思われたが、しかし予想は裏切られた。
〈ちょっと、動かないわよこいつ!?〉
〈死体か、人間爆弾か?〉
〈心拍上がってるけど異状なし〉
〈け、大した肝っ玉だ〉ジャックは廊下へ出た。部屋の前に忍び寄る。〈トラップは?〉
〈反応ないわ〉
ドアの傍に張り付いて、ジャックはケルベロスを構えた。
〈いいだろう、突っ込むぞ〉
〈言いたかないけどね、そっちこそ大した肝っ玉してるわよ〉
〈吐かせ!〉
〝キャス〟がドアの鍵を開ける。調度などろくにない殺風景な部屋に踏み込むとすぐ左手、キッチンの静寂へと滑り込む。
正面の暗がり、テーブルの陰に賊がいた。構えていた銃が互いに動く。軸線が交わる、しかしその直前で賊は手を止めた。代わりにジャックへ向けて左の掌。
「待った!」
女の声。引き鉄にかかった指が止まる。照星越し、動かない賊を睨んだまま数秒の空白。
「――久しぶり」緊張含みの声が沈黙を破った。「もう忘れちまったかい、軍曹?」
「……お前、か?」
思わず声がかすれた。銃を降ろすのも忘れて呟く。
「……生きて、いたのか……」
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