第60話 サイド盗賊 パズン その4 終局

 

 その出来事はすべて一瞬で起こったことだった。

 あまりにも唐突に、命が燃え尽きようとしていた。

 オイラの身体の半分、下半身はどこかに飛んでいって見当たらない。


「......パ、ズン」


 隣で右肩から半分切り裂かれたレラがか細い声でオイラの名を呼んだ。

 二人とももう長くはないだろう。


「パズン、聞こえるか、パズンっ」


 団長の声が響く。

 その大きな声を聞くとまだまだオイラ達は大丈夫と思ってしまう。

 だが、それは幻想だ。

 団長ももう気力だけで立っているのだろう。

 腹は引き裂かれ、止めどなく流れる血が地面に溜まっている。

 それでも団長はいつものように叫んでいた。


「パズンっ、記憶しろ。そして、忘れるなっ」


 記憶。オイラのスキルは絶対記憶だ。忘れることはない。

 バトス盗賊団壊滅の瞬間は今も脳裏に焼き付いている。

 小さな熊が黒人になり、団長に剣で襲いかかった。

 団長を救おうと瞬間移動で間に入ったロイの顔面にファイアーボールが打ち込まれた。

 黒人はロイごと団長に剣を振るい、団長はロイをかばい、戦斧で剣を受け止める。

 オイラとレラは女と黒人を止めようと二人で駆け寄ろうとした。

 その時だ。

 ペッジを溶かして頭だけにした男が雄叫びを上げた。


 幽鬼のように漂っていた男の顔に生気が戻っていた。

 団長に斬られたはずの右腕がいつのまにか再生している。


「声がっ」


 男が初めて感情のこもった人間らしい言葉を出す。


「声が聞こえるっ」


 男が叫びながらロイに向かって突進する。

 腰に差していた剣を抜いて、右手に握っている。

 ロイが瞬間移動で消えて、男の背後に回り込んだ。

 だが。


 ぼとん。


 顔の半分が火傷でただれたロイの頭が、男の目の前に落ちる。

 首のない身体だけが、男の背後に立っていた。


「生きている」


 男の顔は笑っていた。


「生きているんだ」


 この場にいる誰とも目は合わせていない。


「終わらせる。お前らはすぐに消え失せろ」


 オイラとレラの方に向かって走る。

 だが、こっちを見ていない。

 違和感。

 この男はオイラ達を敵とも思っていない。

 そして、人間とも思っていない。

 ただ、邪魔ななにかを片付けて、進もうとしているだけなのだろう。


「パズンっ、レラっ」


 黒人と魔法女の二人を相手にしているバトス団長が叫ぶ。


 オイラの横でレラが中指を立てて、魅力のスキルを男にかける。

 前回はこれで男の動きが止まった。

 だが、今回はまるで止まらない。

 空気が斬り裂けるような音が隣で響き、中指を立てたままのレラの右腕が宙に舞う。

 正確には右腕だけでない。

 右肩ごと斜めに剣が入り、右乳房の半分が削り取られ、そのまま切断されていた。


「あ、ああああぁあァ」


 これまでの記憶にない、大きな負の感情が生まれた。

 泣きながら男に斬りかかる。

 だが両腕を上げたまま動くことができなかった。

 気がついた時には下半身がなく、胴体だけが宙に舞っていた。


 男の顔はもう見えない。

 背を向けて、バトス団長の方に向かっている。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 バトス団長の腹の傷が開き、血が吹き出ていた。

 右手に戦斧、左手には黒人の首を持っていた。

 首のない黒人の死体は、魔法女に覆い被さるように倒れている。

 最後に彼女を守ったのだろうか。

 だが、下の魔法女はピクリとも動かない。


「お前の」


 団長が叫ぶ。


「お前の目的はなんだっ、神っ」


 団長の叫びに男は首をゆっくり横に振る。


「さあ、なんなんだろうな」


「ふざけるなっ、貴様はっ」


 斬りかかろうとする団長に向かって男は左手を前に出した。

 首のない黒人の遺体の側に転がっていた剣が男の手に吸い込まれるように飛んできた。

 右に一本、左に一本。

 男は二本の剣を持ち二刀流になる。


「貸してたんだ。これ」


 独り言のようにつぶやく。

 あまりのことに景色が歪む。

 団長が神と呼ぶこの男にとって、オイラ達の存在事態がどうでもいいものなんだろう。

 オイラ達がアリを踏んでも気にかけないように、オイラ達のことは死にかけの虫が地面に転がってる程度の認識しかないようだ。


「これを倒せばミッションクリアでアイと帰れる」


 まるで散歩するように団長に近づいてゆく。


「答えろっ、俺達はただのゲームの駒かっ、お前の娯楽なのかっ」


「ゲーム......」


 男が少し考える。


「俺のこの無敵タイムはこのゲームでは一度しか使えない。早々にゲームが終わってしまうとつまらないための一度だけの救済措置。死ぬほどの絶望時に自動で発動する。その事だけが思い出された」


 本当に団長が言うようにこの世界はゲームで、目の前の男が神だというのか。


「この世界は俺が作ったのだろう。だが俺もただのゲームの駒だ。記憶はなく、ただこのゲームに参加している」


 信じ難い言葉を男は話す。


「俺が死んでも、永遠に代わりの俺がゲームに参加するだろう。それを神と呼ぶならばなんとも安っぽい神だろうか」


 団長に向かって話していない。

 男は自分に向かって話しているのだ。


「ならばっ、真の神は......」


 団長は何かを言いかけて言葉を飲み込んだ。


 そしてオイラに向かって叫んだ。


「パズン、聞こえるか、パズンっ」


 ハイと言おうとしたが声が出ず、ただうなづいた。


「パズンっ、記憶しろ。そして、忘れるなっ」


 それがバトス団長の最後の言葉になった。

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