第61話 サイドH リリン その3

 

 首のないボブの下でワタシは卵のように丸まっていた。

 ここから出なくてはいけない。

 だが、もう少しだけ。

 あとほんの少しだけ、ここに居たかった。



 数分前。

 ボブがレッサーパンダから黒人に戻り、盗賊のボスに斬りかかった。

 だが、その間に瞬間移動で片腕男が入る。

 そこにファイヤーボールをぶちこんだ。

 左目あたりに当たって顔の半分が焼けただれる。

 ボブが悲鳴をあげる片腕男ごと、ボスに向かって剣を振る。

 だが、その攻撃を巨大な戦斧でボスが受け止めた。


 金属が弾ける音がして、ボブと盗賊のボスが力比べをしている。

 その間に火傷の傷を抑えながら片腕男がボブに短剣で襲いかかろうとしていた。

 再び残っていた二発目のファイヤーボールを片腕男に向かって投げる。

 だが、瞬間移動で片腕男が姿を消す。



 どこに、と思った時は手遅れだった。

 ボブの背後に現れ、ナイフを振り降ろす片腕男。

 深々とボブの背中にナイフが突き刺さる。


「ファッ、キュー、ジャップっ」


 ボブが剣を持ってない方の腕で片腕男を振り払う。

 その隙を逃さずに盗賊ボスが力任せにボブを押し込んだ。

 ナイフが背中に刺さったままボブが転倒し、呻き声をあげる。

 そこに戦斧を叩き込もうとするボス。


「逃げろっ、ボブっ」


 連続でファイヤーボールをボスに向かって叩き込む。

 だがそれが全て弾かれる。

 ボスの身体がまるで鉄のような色になっていた。

 スキルだろうか。今のファイヤーボールの威力では鉄を溶かすことが出来ない。


 背後でハジメに似た幽鬼のような男が雄叫びをあげる。

 だが振り返って見る余裕はない。

 杖を振りかぶり、ボスに向かって駆け出した。

 頭を割る。

 叩き潰す。

 ワタシは誰にも負けない。


 ぶつん、と意識がそこで途切れた。


 気がついた時、ワタシに何かが覆いかぶさっていた。

 それが戦斧に斬り裂かれ、ボロボロになったボブと気がつくのに時間がかかった。


「ボ......っ」


 ボブと叫ぼうとして口を塞がれた。

 ワタシを守るように全身で身体全体を覆っていた。

 背後にボスの姿が見える。

 腹から血を流して満身創痍だ。

 ボブがやったのか?

 だがボブはそれ以上に傷ついている。

 見ただけでもう助からないのがわかる。


「死んでるフリをしていて」


 片言でないボブの声。

 ワタシにだけ聞こえるようにつぶやいた。


「ごめんね」


 ボブの身体から流れる血が降り注ぐ。


「マゼちゃんを守れなかった」


 違う。

 ワタシはマゼちゃんじゃない。

 ただの殺人鬼だ。

 守ってもらう価値などない。


 声には出せない。

 口は塞がれている。


「僕は混ざりたかったんだ。マゼちゃんみたいに。でも......」


 最後に見たボブの顔は笑っていたのだろうか。

 泣いていたのだろうか。

 なんとも言えない泣き笑いの表情のまま、ボブの首が目の前から消えた。

 盗賊ボスの巨大な戦斧がワタシの頭の上をかすめて地面に刺さる。


 叫びたい衝動を必死で抑える。


 ボブの首を掴んだ盗賊ボスが誰かと話している。


 無敵タイム。救済措置。この世界を作った。ゲームの駒。記憶喪失。永遠。代わりの俺。神。安っぽい神。


 断片的に聞こえる言葉。

 そうか。

 お前がこのゲームを作ったのか。



「パズン、聞こえるか、パズンっ」


 盗賊ボスが叫んでいた。


「パズンっ、記憶しろ。そして、忘れるなっ」


 盗賊ボスの最後の言葉だった。


 二本の剣を持った男が何発ファイアーボールを打ち込んでも弾かれた鉄の肉体を、まるで豆腐でも切るようにバラバラに斬り裂いた。


 幽鬼のような男はもういなかった。

 ハジメだ。

 この男がボブとワタシをこの世界に連れてきたのだ。



『ミッションコンプリート。すべてのミッションが完了しました』


 頭の中にアナウンスが流れる。


『三分後に教室に戻ります。お疲れ様でした』


 まだだ。まだ終わっていない。

 首のないボブの身体を抱きしめる。

 一緒に倒そう。

 アイツを倒して一緒に帰ろう。

 今度こそ、本当にワタシは合体する。


 彼女が近づいてきているのがわかっていた。

 不思議な感覚だ。

 彼女の匂いがハッキリとわかる。

 ボブが動物になった時の能力をワタシが受け継いだのか。



「ただいま」


 そこに現れた女は満面の笑みを浮かべていた。

 アイだ。

 手に赤ん坊を抱いている。


「おかえり」


 ハジメはそれを同じくらいの笑顔で返す。

 二人以外に動くものはいない。

 腕を切られた女盗賊も下半身を切られた男盗賊も、息絶えていた。


 このままハッピーエンドになるとでも?

 ふざけるなよ?


 普通に考えればわかる。

 盗賊のボスを倒せなかったワタシに、簡単にボスを倒したハジメを倒せるわけがない。

 だが、お前なら倒せる。

 そして、お前が死ねばハジメは生きていけないだろう。


 ゆっくり、気づかれないよう、ゆっくりと指先に集中する。

 小さなファイアーボール。

 だが、凝縮されたその小さな玉は、今までとは比べ物にならない程の高密度だ。


 ボブの身体から這い出てくる。

 ずっと中に居たかった。

 でも大丈夫。

 ワタシの中にボブはいる。

 ワタシ達は合体している。


 いくよ。これがワタシ達の必殺技だ。


 そのファイアーボールは弾丸のように螺旋状に回りながら発射され、加速した。


 一撃。

 その一撃は見事にアイの頭をぶち抜いた。

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