第24話 サイドE キョウヤ

 

「あんたなんか産まんといたらよかったわ」


 おかんはワシが小さい頃から、なんかあるたびにそう言った。

 おとんは小学校の時に、他に女を作って逃げた。

 おかんもすぐに男を連れ込んだ。どの男も長くは続かず、ろくな男がいなかった。ワシはおかんにも、よその男にもよく殴られた。

 当然のようにグレる。

 不良グループに入ってやりたい放題、暴れ放題の日々が続いた。

 喧嘩は強くなかったが、むれで弱い奴をボコボコにすることに楽しみを覚えた。

 弱い奴を殴る。

 最低のおかんと同じことをしていることに気がついていたが、やめられへんかった。

 最低から産まれたワシは最低になるしかない。そう思って生きていく。

 結局、中学も中退して、そのままヤクザの下っ端になった。


 何をやってもイライラする。

 なぜかはわかっている。

 誰もワシを必要としてへん。

 おかんもこんな気持ちやったんやろか。


 中学を中退してから十年ぶりにおかんに会いに行く。

 少しはマシになってるやろか。

 ワシはお前のせいでこないになってしもうたんや。

 文句の一つでもいうたる。

 そんな思いで会いにきた。

 今にも崩れそうな古家にたどり着く。

 表札はいまだにずっとおなじやった。

 ワシとおかん、出て行ったおとんの名前。

 ドアを開ける。

 部屋の中央に何かがぶら下がっていた。

 それがすでに白骨化しているおかんと気がつくのに時間がかかった。

 テーブルに手紙が置いてある。

 中を開けると、一言だけ、さみしいと書いてあった。

 涙はでえへん。

 おかんの懐かしい声が聞こえる。


「あんたなんか産まんといたらよかったわ」


 ほんまにそうやで、おかん。

 産まんといてほしかったわ。



「この作戦はキョウヤさんにかかってます。できるだけ敵の気を引いて下さい」


 ハジメとか言うガキが熱弁する。

 いつのまにか連れて来られた異常な世界。

 いきなり犬に襲われ、でかい乳のねーちゃんからデスゲームのルールを聞く。

 その後、イカれた先生にボコボコにされた後、天使みたいな座敷童子に看病される。

 展開にまったくついていかれへん。

 だが、なんやろ。

 こいつはワシをのけもんにせんかった。

 見捨てたらええ人間を仲間にしてくれた。


「頑張りましょうね、キョウヤさん」


 中学生くらいのナナちゃん。きっとメチャクチャ怖いはずや。

 やのにワシに気を遣ってくれとる。

 なんやろう、今までにこんなことあったやろか。


「きっと、足ひっぱるよ、あーあー、ハズレクジ引いたなぁ」


 一人、ワシと同類の匂いがするスレたアバズレがおる。

 ええよ、ワシも似たようなもんや。

 現実世界に居場所はなかった。

 もしかしたらここで何かが見つかるんやろうか。



 ハジメが気配を消してリザードマン二匹の間を通っていく。


「来いや、トカゲっ!」


 リザードマン二匹は最初の三匹と同じように剣と盾を装備していた。

 最初の戦いは、腕を一瞬で切断された。

 次はあんなミスはせえへん。

 後ろにいるナナちゃんと、ついでにアバズレを守ったるんや。


「シャー、シャーっ」


 一匹が剣を振り上げ向かってくる。

 それに合わせて剣で受け止める。


「う、お」


 力がすごい。剣を手放しそうになるのをなんとか堪える。

 後ろのナナちゃんが不安そうに見ている。

 大丈夫や、負けへんで。


「うおぉおおっ」


 押し切ろうとするリザードマン。だがその時、ハジメがリザードマンの尻尾を切断する。


「シャギャァ」


 最初の時と同じように仰向けに転倒するリザードマン。


「喰らえやっ!」


 身体が薄っすらと光に包まれる。

 特攻のスキル。

 力が身体中から溢れてくる。

 倒れたリザードマンの首めがけて、渾身の力で剣を打ちおろす。


 ぶつり、と断ち切れる肉の感触。

 リザードマンの首から上がちぎれ飛び足元に転がる。

 トカゲの頭は、切断されてからもチロチロと舌を動かしていた。きもいわっ。


「もう一匹っ」


 もう一体はアバズレのほうを見て興奮していた。

 一匹始末している間に、アバズレが魅了のスキルを使ってくれてたんやろう。

 距離はまだある。ハジメはすでに向かってるんやろうか。

 隠密のスキルは、一度、ハジメから目を離すと、もう認識できひんようになる。


「フー、シャー、フーっ」


 魅了のスキルを長く使っているためか、リザードマンの様子がおかしい。

 一回目、ハジメがすぐに倒した時より明らかに発情している。

 ヨダレをダラダラたらして、アバズレを逃さないようにジリジリと詰め寄っている。


「見て見て、ナナ。こいつチンチン二つあるよ」


「え、え、ええ〜〜っ!」


 いらん情報言うなやっ。

 ナナちゃんも顔隠すふりして、ちゃかり観察してる。

 あかん、早よ、こいつも倒さな。

 ワシを無視して通りすぎようとしたところを攻撃する。


 金属音、盾に弾かれ剣を持った右手が宙に浮く。

 あかん、これ、一回目と同じパターンや。

 リザードマンの剣が右手に向かう。

 同じようにやられてたまるかっ。

 リザードマンの腹に蹴りを入れる。

 ビクともしないが反動で後ろに転び、尻餅をつく。

 そのおかげで右手を狙ったリザードマンの剣が空を切る。


「シャー、シャーっ」


 発情しているところを邪魔されて怒り狂うリザードマン。

 尻餅をついたため、ちょうど股間が顔の前にくる。


「ほんまに二つあるやんけ」


 爬虫類の生殖器は二つあると聞いたことがあった。

 気持ち悪いグロテスクな物体が二本、目の前で勃起ぼっきしている。


「てい」


 嫌悪からか、ごく自然な動作で剣を持った手が動いた。それは二本同時に切断された。


「シャギっアアアアアアアアアっ!」


 阿鼻叫喚あびきょうかん

 悶絶もんぜつするリザードマン。

 さらに、背後からいきなりハジメが現れる。


「ナイスです、キョウヤさん」


 慣れた感じで尻尾を切断する。

 前と後ろを切断され、リザードマンが転倒して、もがき苦しむ。


「ぶっ殺せっ!」


 後ろからアバズレが叫ぶ。

 ハジメと同時にリザードマンに剣を突きつける。


「うぉおおっ!」


 叫ぶ。

 ワシはここで生きていく。

 おかん。

 ワシ、産まれてから初めて、守りたいもんできたで。




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