第15話 三年B組アリス先生

 

「よ、よろしくお願いします」


 着物の少女はアリスに言われるまま、俺の隣の席にやって来た。


「よろしく」


 まだ何が起こっているのかわかってないのだろう。

 不安そうな顔で椅子に座ろうとした時。


「ひっ」


 怯えた声を出して、のけぞった。

 右隣りのカムイに気づいたようだ。

 全身機械男を見て震えている。


「す、すいません」


 それでもなんとか席に座る。

 質問は一切してこない。じっ、と黒板の方を見て固まっていた。


 近くで横顔を見る。

 まるで日本人形のようだ。

 年は中学生くらいだろうか。

 大人しそうで小動物を見ている気分になる。


「あたっ」


 後から何かが飛んで来て、後頭部に当たる。

 牛乳瓶のフタを丸めたものだった。

 後ろを振り返ると、アイが鬼のような形相でにらんでいる。


「浮気ダメって言ったよね、なに見惚みとれてるのっ」


「いや違うから」


 色々言いたいが説明するのも面倒くさい。

 無視して、黒板の方を向く。

 後頭部に次々と何かが当たるが、全無視した。

 二人の転校生。チンピラに引き続き、この少女、ナナもミッションを生き残れそうにない。


「ルカ、二人のスキルは?」


「ん、チンピラは特攻。防御力捨てて攻撃二倍、ほぼ自爆スキル」


 ルカが片目ゴーグルを作動させる。

 チンピラの生存確率がさらに減った。


「女の子は治癒。軽い傷なら治せるみたい。結構レアだね」


 ヒーラーか。

 なかなかいいスキルだ。

 教室に戻ってきたらポイントで回復できるようだが、ミッション中に傷を治せるのは有利かもしれない。


「あ、あのこれって夢ですよね?」


 小さい声でナナが話しかけてきた。

 どうやら夢と思っているようだ。

 現実と言った方がいいのか、夢と思わせといた方がいいのか。


「わからない」


「そ、そうですか」


 ナナがガッカリと肩を落とす。

 転校生が揃えばアリスが説明すると言っていた。

 ここは先輩に任すとしよう。


「すいません、誰かいますか?」


 ロッカーを叩く音と声が聞こえた。

 どうやら三人目の転校生が中からロッカーを叩いているようだ。


「すいませ......あっ」


 ドアを強く叩いたのだろう。

 勢いよくドアが開き、倒れるように男がロッカーから出てくる。


「い、いたた」


 左肘をさすりながら起き上がる。

 白衣を着て、黒ブチ眼鏡をかけている。

 医者だろうか。

 痩せていて、センター分けの黒い髪には少し白髪が混ざっている。

 三十代後半くらいか。知的な印象があるが力はなさそうだ。


「あれ、ここは? 教室?」


 辺りを見渡す。

 意外に冷静だ。


「席に座ってくれないかな、全員揃ったので説明する」


 アリスはヒロシと書かれたプレートのある席を指差す。


「あ、はい。わかりました」


 大人しく席に向かうヒロシ。

 彼も夢だと思っているのだろうか。


「ルカ、彼のスキルは?」


「知識スキル。敵の弱点を知ることができるみたい」


 鑑定と似たようなスキル。

 しかし、かなり使えるスキルだ。


「よし、始めるか」


 アリスが立ち上がり黒板の方に歩いていく。


「説明は一度しかしない。質問は後から受け付ける。命に関わることだから心して聞け」


 黒板の前に仁王立ちになる。

 白いドレスの巨大な胸が強調される。


「乳でけぇ」


 後ろのチンピラがおもわず呟く。

 ひゅん、と耳の横を白い物体が一直線に飛んできた。


「いってぇ!」


 チンピラがオデコを押さえてうずくまる。


「私語は禁止だ」


 どうやらチョークを投げたようだ。

 粉々になったのか、チンピラの顔と机が白くなっている。


「あわわわ」


 隣のナナがビックリして口を押さえている。

 漫画とかアニメ以外で、あわわわと言う人間を初めて見る。記憶ないけど。


「いまからこの世界について、私の知っていることを話す」


 自分の時にはなかった説明。

 ミッション直前だったから仕方ない。

 アリスは毎回説明しているのだろう。

 少しでも犠牲者を減らすために。


「まずここは......」


 アリスが簡単な説明をしていく。

 大事な事を黒板の空いてるスペースにチョークで書いている。意外なことに字が可愛い。

 特に大事なポイントは花マルで囲んでいる。

 アリスの話はすでに知っている情報だが、一言漏らさず聞く。もしかしたら自分の知らない情報も混ざっているかもしれない。

 隣のナナは青い顔でカタカタと震えてながら聞いている。よほど怖いのだろう。

 ヒロシはきちんとした姿勢でチンピラは足を机に乗せて黙って聞いている。


「次にパーティーについての説明だ」


 パーティー。

 これは初めて聞く情報だ。


「さっきも言ったようにここではポイントが全てだ。ミッションに参加してポイントを稼がないと食事もないし、部屋を作ることもできない」


 黒板に書いてある『ポイント大事』の所を大きい花マルで囲む。


「だが新人がポイントを無理に取ろうしたら、99パーセント死亡する。そこでオススメするのがパーティーだ」


 黒板に『パーティー』と書く。


「二人でパーティーを組んだ場合、ポイントは半分ずつになるが戦闘しなくても、パーティーメンバーが敵を倒せばポイントを獲得できる」


 なるほど。

 しかし、俺は初回パーティーを組んでいなかった。

 ルカとアリス。シュンとアイは多分パーティーを組んでいたはずだ。

 あの時点で俺はスキルなしの無能だった。

 つまり、これは......。


「私とルカはパーティーを組んでいるが、明日のミッションでもう一人パーティーに加えてもいい。ナナかヒロシのどちらかだ。希望するなら挙手してくれ」


 チンピラの名前はでない。

 やはりそうだ。アリスは慈善事業をしているのではない。


「なんや、なんでワシの名前ないんやっ」


「役立たずはいらん」


 アリスは冷酷な金色の瞳でチンピラを見下ろす。

 役に立つかもしれない新人は助ける。

 だがそれ以外は見捨てる。

 そうしないとここでは生きていけないのだ。


 ヒロシは手を挙げるがナナはうつむいたまま手を挙げない。


 不穏な空気が漂う中、アリスの授業は終わりを迎えた。

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