第13話 ノート

 

 特訓から帰ってくると教室には誰もいなかった。

 机の中の携帯を取り出す。

 ポイント交換で欲しいものがあった。

 これまでの情報をメモするノート。

 人間は忘れる生物だ。

 しかも自分は記憶喪失。

 いつまたすべての記憶を失ってもおかしくない。

 大事なことはなるべくメモしておきたい。

 ポイント交換をタップする。

 日用品の項目を見ると、目的の物が見つかった。


 ノートと鉛筆のセット 1P


低いポイントで交換できることに安堵する。

 早速、携帯をタップして購入する。

 のこりポイントが99Pになった。

 机の中から小さな音がする。

 中を確認すると、大学ノートと鉛筆が入っていた。


「このノートは......」


 昨日消えた、すべてが書かれたノート。

 そのノートとまったく同じデザインだった。

 中を開くと当然何も書かれていない。

 どこにでもありそうな普通のノート。

 しかし例えようのない違和感がある。


 ノートにここでの情報を書こうとする。

 突然、頭に痛みが走る。

 記憶がまた断片的に蘇る。

 しかし、今までと違う。

 ノイズが頭の中に走り記憶の映像が壊れたテレビの画像のように乱れていく。


「うっ」


 頭を抑えて机に倒れ込む。

 砂嵐のような画像の中に、机でノートを書く人物のシルエットが浮かぶ。

 あれは自分なんだろうか。

 わからない。

 ただの黒い影にしか見えない。


 すべての設定が書かれたあのノート。

 文字は自分の字だった。

 あれを自分はいつ書いたのだろうか。

 普通に考えればこの世界を作る前だ。

 だが何かがおかしい。

 時間が無かったので丁寧には見ていない。

 だがすべての情報が書かれたあのノートは設定資料というよりも......。


 さらに頭に痛みが走る。

 ノートを閉じて考えるのをやめると、痛みは嘘のように引いた。

 どうやら自分には、思い出してはいけない記憶があるようだ。

 それが自分で封印した記憶なのか、他者から封じられた記憶なのか。

 何もわからない。

 ただ一つだけ漠然ばくぜんとわかる。

 1Pで手に入れたこのノートは自分にとって大切なものになるという予感がした。


 何も考えずに再びノートを開く。

 頭に痛みは走らない。

 これまでにわかったことを書いていく。

 今わかっているポイント交換のリスト。

 別のクラスの存在。

 職業。

 クラスチェンジ。


 書きながら確信する。

 消えたノートはやはり......だ。

 そして......いつ......。


 ノイズが走り、思考が邪魔される。

 この情報は、今の俺には知られたくない情報なのだろう。

 だがもうはっきりとわかる。


 あの消えたノートは......だ。



 キーンコーンカーンコーン


 ノートを書き終えて机で休憩しているとチャイムがなった。

 時計は夜の七時。

 机の上に食事が現れる。

 アイがロッカーから眠そうな顔で出てくる。


「おはよぉ」


「朝じゃないけどね、おはよう」


 目を擦りながら机の食事を見る。


「カレーじゃん!」


 いきなり目が覚めたようだ。

 机にはカレー皿に盛られたカレーライスがおかれている。

 横には相変わらずの牛乳と先割れスプーン。


「うっわぁ、テンションあがるわぁ。うち、カレー大好きなんだよね」


 自分も多分カレーは好きだ。

 だがノートの事でテンションは上がらない。


「かっれぇ、かっれぇ、かっれぇだ。ぼーん」


 訳のわからない歌を歌いながらアイがカレーを持って隣の席にやってくる。

 アホの子全開だ。カレー恐るべし。


「お、今日はカレーか」


 ロッカーが開くと共にルカが嬉しそうな声で入ってくる。

 続いてアリスが出てくる。


「白身魚のムニエルか」


 アリスの声が暗い。


「ルカ、晩御飯交換しな......」


「イヤ」


 即座に断られ、がっくり肩を落とすアリス。


 最後にいつものように全身機械装備のカムイが現れる。

 見慣れてきたけど威圧感が凄い。

 現れるたびにダースベイダーのテーマソングが頭の中に流れてくる。

 テーブルにはいつものバランス栄養食と水。


「せめてカレー味なら」


 ぼそりとカムイが呟いた。

 みんなカレーが大好きなようだ。


 ここはノートのことは忘れてカレーに集中しよう。

 アイは無言でカレーを頬張っている。


「一口だけでも交換しな......」


「ムリ」


 アリスは凄いスピードでカレーを食べるルカを羨ましそうに見ている。


 先割れスプーンでカレーをすくい一口食べる。


「うまい」


 思わず呟く。

 後はアイと同じように無言でただただ口に放り込む。

 高級料理の味ではない。

 なんだろう。

 カレーには日常生活を思い出させる何かがあるのだろう。

 食べていると平和な世界に帰れるような、そんな気分になれる。

 あっという間にカレーを完食する。

 横のアイもすでに完食していた。


「美味しかったねぇ」


「ああ、美味かった」


 幸せそうにしているアイに笑いかける。

 こっちに来て初めて笑ったことに気がつく。

 頬を何かが流れる。

 それが自分の涙だという事がしばらく分からなかった。


「どうしたの?」


「なんでもないんだ。カレーが辛かったのかな」


 自分でも何故涙が流れたのかわからない。


「今日は先に休んでいいかな? 特訓で疲れたんだ」


「う、うん」


 日常と非日常。

 カレーを食べて気が緩んだのか。

 色々な事が一度に起きて、頭も混乱していた。

 部屋でシャワーを浴びてベッドに入る。

 本当に自分は神様で、この世界を作ったのだろうか。

 ただの人間にされて精神も弱くなったのだろうか。

 考えてもわからない。

 ただ一つわかっていること。


 すべてを知るためには、ここで生き残らなければいけないということだ。


 意識を閉ざして眠りにつく。

 二日目が終わり三日目に突入した。



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