第9話 大公からの使者

覇者の斧が壊滅してから6日ほどたった。今や宿泊しているのは安宿ではなく、街でも一、二を争う上質なホテルだった。まあ、田舎町なのでたかが知れているが。

 それでお寝室だけで以前の宿の一室と同じくらいなのだ、リビングルームでは六、七人は囲める机、くつろぐためのソファ、サービスで果実水とバスケットにいれて運ばれてくるパンがあった。パンと果実水なんて前の宿じゃまずサービスなんてことはありえない。それにベランダまであるのだ、背の低いよその建物ごしに見える遠くの山々の緑が俺は偉くなったんだな、なんて勘違いさせてくれた。

 今はちょっと休憩だ。この一年双角らと出会う前は日々の暮らしもきつかったのだ。昼間まで寝て、のんびりと飯をくう、学生時代に戻ったようで楽しかった。ただ、いつも起きると双角が飯を食っているのがあれだが。やつのせいでまともに腹が減っていることが少なくなっている。ただこの生活ができるのもやつのおかげだ、少しは感謝すべきだろう。

 だが今日も双角は飯をもりもり食っていた。しょうがない、俺の腹が満ちる前に俺も食って食事の楽しみを味わうかと、テーブルの上のパンに手を伸ばしたところである。急に出入室の扉が開いた。マティが返ってきたらしい。

「お、ちょうどおきた?」

「ああ、今からパンでも食う」

「待て、お主が食べたら我の分が減るではないか」

「お前は食いすぎだよ」

「ごはん食べてるばあいじゃないかも。おきゃくさんだよー」

 客? とやや俺は不審がる。嫌われ者の俺に会いたいやつなんているわけがないのだが、確かに訪問客だという。

 招き入れると、屈強な付き添いをしたがえて身分のよさそうな中年の男がやってきた。マントを羽織っており、よく目につく場所に紋章がいれてある。この地域で丸十字の紋といわれるものだった(女性をあらわす頭に丸、その下に十字が描かれるあの記号によく似ている)。この街や近隣を支配するピピン王太弟大公家の家紋だ。

「大公さまの家来のかたですか?」

「はい」

「なんのご用です?」

 そういいつつも、突っ立たせているわけにもいかないので備え付けのソファに座らせることにした。せっかくあるのだ、利用しなくては。

 使者の名はアンリといった。ひげを伸ばしておりそのためより年齢を重ねたように見えていて、40代かと思ったがそこまでではなさそうだ。30代後半といったところか。

 彼の要件はまず最近の俺の仕事ぶりについてだった。

「この短期間に、いくつもの魔物を退治されていますね。それも二人だけで。なにより覇者の斧を倒されたのもあなただとか」

「ええ、まあ……」

「彼らには大公さまも頭を悩ませておりましてね。“群狼”らへの対応で手薄な所をいいように暴れさせておりましたからな。助かりました」

 群狼とは、魔物の一種だが、こいつらはほかの魔物らとちょっと違う(らしい)。俺も出会ったことはないが、社会性のある魔物たちでその名のとおり群れを成して生活していた。知性も多少あって、とくに親玉は力も強く賢くもありで群れが巨大になるとかなり手ごわい奴らだと冒険者らの間でいわれている。

 この草笛の街から五日間ほど馬車で東へいくと、“台場の砦”と呼ばれる巨大化したとある群狼たちとの最前線の基地があった。大公がそちらに戦力を割いているのは、ギルドの募集を見ていれば、噂話をしてくれる相手もいない俺でも推測できたことだった。

 だが、べつにそのお礼をくれるわけでもないらしい。なんだ、言葉だけかなどと思っていると、それなりに耳寄りなことをいってくる。

「ツカサさま、このたびですね、あなたのような有望な冒険者さまのうちから優れた功績をあげたかたに、大公様公認の認可証をお渡しする機会を作りました」

「うん? というと、どういうことです?」

「わぁー、なんかくれるみたいですよご主人さま」

「もぐもぐもぐ」

 マティがよくわからずにもろ手をあげて喜びを双角に伝えているが、そんなことはよそにして、使者は詳細をかたった。

「北部ならいざしさず、我々が住む聖三重王国南部はまだまだ魔物がおおぜいおります。そのため冒険者もいっそう必要ですがいまいち質のよいかたがたが集まらなくてですな、対応策として大公さまからの特別の御ひいきを腕のある者へ与えようということになったのです。そうして噂を聞きつけたよその土地の才ある冒険者さまを集めようというわけです」

「それでまず俺が選ばれたと?」

「いえ、失礼ながらまだです。ツカサさま以外にも我れらが大公さまの領地には優秀な冒険者はおりますから。この度はですね、その特別認可証獲得のための公開依頼をお伝えに来たのです」

 公開依頼とはだれでもギルドにとどける必要なく行っていい依頼だ。賞金首のハントなどがこれにあたる。使者がカバンから出した依頼書もおなじくそうであった。

 認可証獲得のための狩り対象物は魔物だった、ただし並みの魔物ではない。

「“怪異”か……」

「はい」

 怪異とは魔物のなかでも特別な成り立ちをもつものであった。たいていの魔物は動物、植物が瘴気に影響されてなるのだが、怪異は無機物がもととなった魔物なのである。鉱物やガス、瘴気自体が魔物化する場合もある。

「霧状の姿、名称“離れ遺跡の怪異”。冒険者クインら一行が発見し交戦するも有効な手立てなく逃げられる。難度二級剛位、と」

 依頼は目星としてランク分けされている。下から三級、二級、一級、特級とありそれぞれの等級のなかでさらに立位、上位、剛位と細分化されていた。

 二級剛位ならちょうど真ん中になるが、依頼など大抵三級か、二級である。その中でも二級剛位となれば、並みの冒険者では歯が立たない難度であった。これをいち早く攻略できれば、確かに特別扱いされるに相応しいかもしれない。

「これはもう、ギルドにもくばられたのですか?」

「いえ、これからです。やはりツカサさまは目覚ましい功を立てられているので、期待を込めていち早くお伝えしようと思いまして」

 ありがたいことだ、などと嬉しがってその後もいろいろと世間話身の上話になったがどうも話の展開がおかしかった。妙に俺らのなかを聞き出そうとしているのだ。

 どうも、もうひとつ目的があるらしかった。それはやはり俺がどうして急に強くなったのか、ということだ。

「あなたは本当の力を隠していた、ということですか? ならば、なぜ?」「覇者の斧を壊滅させましたが、本当にあなたひとりで?」「そもそもあなたは単独行動でしたが急に仲間を作ったのはどういう経緯です?」などなど。たしかにはた目から見たらおかしいことばかりだ。

 だが、俺もそのまま異世界の怪物と契約し合体して強くなりました、などという訳にはいかない。双角の身元と力はできるだけばらしたくないのだ。

 この世界では、異世界の存在は俺らの世界からの住人しかやってきていないことになっている。理屈の上では多様にある各世界だがある世界からまた別の世界への移動など普通はできない。魔術があってもだ。俺ら来訪者と呼ばれる人間たちがばんばんやってきたのはここ十数年のできごとで、記録に残っている上では今までなかったことなのだ。

 なので双角の身元を明かせばそれだけで騒ぎになる、面倒はごめんだった。それに俺らには将来的な目的がある。俺というか双角の目的というべきだろう、霊泉の確保だ。やつが俺と一体化したのは霊泉を占有するためなのだ。今は俺の双角の力の操作の練習期間であり、未来への準備でもあった。

 霊泉はありきたりの場所にあるわけではない。それらは人を寄せ付けない奥地、巨大古代遺跡の中枢、王国の首都最重要部分などが想定されるらしい。どうしてこの世界にやってきたんだ、なんて話題になるとやはり面倒だし来訪者たちのせいで異世界からのものは攻撃的で破壊的な存在だと思われている可能性がある。二重の迫害(いや、双角はあきらかにこの世界の魔力を奪おうとしているのだから、ばれたら攻撃されるのは当たり前あ)に会うのもこりごりだった。

 そこで事前にこのようなことになった場合に決めていた偽りの事情を流すこととなった。内容はこうだ、双角は西の大陸の帝国に抑圧されていた少数民族で侵略で村を追われて逃げて来た(西の大国“柱樹帝国”は巨大で、攻撃的でもあり事実現在さらに西方にある照火王国と戦争中であった)。偶然遺跡で彼らをたすけたことで急に親密となり、パーティを組むことになった。そして双角ことバルバロイは特別な力をもつ一族であり、そのおかげで俺も一時的だが強くなった、のだと。

 能力のことはにおわしたくもないが、こればかりはしょうがない。俺が急に強くなったことはごまかしようがなかった。だがこれ以上は語るつもりはない。

「バルバロイの力のことは、お話しできません」

 と、言葉を強くして伝える。使者は「ふむ、なるほど」などといってうなづいている。疑問な点もあるようだが、ひとまずは納得したようだった。

「たいへんありがとうございました。というわけで、大公さまもあなたさまには期待しております。是非怪異を退治されてください」

「ありがとうございます」

 定型通りのやりとりをして、使者たちは帰った。

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