第7話 帰還後、草笛の街で
ガツガツガツ
「……」
ガツガツガツ
「せかしておいてこれかよ……」
今、俺らは拠点にしている草笛の街の飯屋にいる。テーブルには食べ終わって積み重なった皿と、これから食われるソーセージやポテト、パンが所せましと占めていた。すべて、双角の注文だ。それを獣のようにがっついている。
あの覇者の斧のザコ戦士どもとの闘いの後、俺らは何事もなく街へ帰ってきた。ただ話しかけられはしないが、奇異な目では見られていた。常に独りの俺がダンジョンから帰って来るや仲間ふたりを連れているからだ。
そう、ふたりだ。ひとりはもちろんマティ、もうひとりは、双角なのだが……あの異形な魔物のような姿では当然街へ入るなり大問題になる。しかしそこは大霊の力とやららしく、人の姿に成れるのだ。
変身して、やつは今やなかなかの美少年に化けていた(ただ丸裸なので、やつのために子供用の衣服を買ってやるはめになったが……)。白髪で、幼さの中にきりっとした品格があり、マティのような美少女に間違われるような可愛さはないものの、整った顔とその白い肌は名工が造った大理石の彫像のようだった。
しかし、(双角に服を買ってやったこともあり)俺には金がない。もう本当にぎりぎりだ。あと一週間も宿にいれないくらいの懐事情なのだが、それでもいきなりおもむいた場所はというと、飯屋だった。
そして喰うこと食うこと……。すでに金はない、ということを伝えてあるがそんなのお構いなしに双角は食べているのだった。
「おい、本当にもうないんだぞ! 明日までしかもうもたない! 明日、必ず依頼を成功させて報酬をもらわなきゃ、宿さえ追い出されるんだぞ! 分かってんのか!?」
「もぐもぐもぐ……」
「おいっ!」
「もー、心配性だなー。さっきのたたかいでご主人さまのじつりょく分かったでしょ? ぼくもついているんだし」
たしかに、今や俺の実力は双角との合体もあってあれから飛躍的に強くなっているが、日々の生活ではぐくまれた金銭がなくなる恐怖感はすぐには消えないのだ。
それに、“双角”の力もいいところばかりではない。第二の能力、霊魂燃焼をつかってレベルは31まで上昇したものの街へ帰ってくる間に、なんと16まで下がってしまったのだった。やつと合体したときは19だったのにだ。三つも、下がっている。
これも能力の影響の一部だった。帰還中に急速に魔力が消えていくのに驚いて「双角、なんかおかしいぞ!?」とうろたえていると、「反動だ」と伝えてきたのだ。
霊魂燃焼は、一つレベルを消費することで三つレベルを一時的に上げる能力らしいのだ。俺は覇者の斧を倒したときにはレベル19から31になっている。3×4=12なので、四つレベルを消費していたのだ。15じゃなくて16なのは最後の生き残りから魂を吸ったとき、たまたまレベルが上がったからだという。
知っていれば馬鹿みたいにレベルを上げる必要がなかったのに、と愚痴っていても「我も久しぶりに力を全開で使ってみたかったからな。なに、これからいくらでも魂は食っていけるのだ」などといって深く考えているようには思えなかった。
この調子で飯屋にも来ているので、俺は不安だったのだ。
「おい、半端もんにツレにも連れがいるんだな?」
「……」
やつらだ。覇者の斧らである。でかい冒険者団体なので、八人殺してもまだその倍近くはいるのだ。こいつらもさっきのやつらと同じく、チームカラーの赤色をまとい、斧のマークを身に着けている。しかし所詮チンピラどもだ。レベルはみな11,2くらいであった。
「ちっ、たく、なんで来訪者と組んでんだよ、お前ら」
チンピラのひとりが怒りを隠さずにマティらに毒づいている。たぶん、美人なのが一層腹がたつのだろう。マティなんてとくに美少女としか見えないのだ。
「きみたちにはかんけいないでしょ?」
「へっ、こいつらがどんだけ世の中を混乱させているのか、知らねえわけねえだろ。“三主神界”の人間として恥ずかしくねえのか」
口答えするマティにやつらのうちの一人がなじってきた。三主神界、とはこの世界の住人たちの自身の世界への名前だ。双角は交諸界と呼んでいるが、やつは密かにこの世界に来て、その任務のためにずっと外の世界からやってきたとは人々に伝えてないので、交諸界という名前は広まっていない。ちなみに俺ら来訪者らの世界は“乱界”と呼ばれていた。
こんな状況でも、双角はやつらのことをチラ見もせずにもぐもぐと飯を食べていた。人じゃないからなのか、まったく動じない。いや、マティも一切慌てないところを見ると内心慌ててるのは俺だけか。
ここで、ふと思うことがあった。なぜ、俺はこんなに動揺しているのだろう、と。こいつらはステータスを見る限り弱いはずだ。やはり今までのやつらへの恐れがそうさせているらしい。毎日びくびくして過ごしていた。やつらとばったり出会えば、リンチされてどうオモチャにされるか分かったものではなかったからだ。
そんな思案をしていると、チンピラが双角にちょっかいを出し始めた。
「おい、お前。ずいぶん食ってんじゃねえか」
「もぐもぐもぐ」
「ふん、今までロクに物喰えてなかったのか? じゃあ、あの来訪者にいくらで買われたんだよ? がははっ!」
やつが卑しい言葉を発した次の瞬間だった。飯屋内に絶叫が響き渡る。彼の両手に貫通するほどのナイフとフォークが深々と突き刺さったのだ。
やったのは、双角とマティだ。息を合わせたようにほぼ同時に仕掛けたのだった。
「てめえっ!」
激高したチンピラのひとりは剣を抜こうとするが遅い。マティがその男の首元へいち早く自身の剣を添え当てていたからだった。少しでも剣を押し引けば止まらぬ血のシャワーが周囲を赤く染めるだろう。
「ぐ、ぐぐぅ……!」
「ほんと、弱いやつってやだよねー。じぶんの実力もわからず、ケンカうるんだもん」
涼やかにマティは言うものの、その言葉の調子には怒りを感じ取れた。双角がやれ、とでも命ずればこんな場所でもかまわずに実行するだろう。
剣を当てられて動けない戦士のほかはみな剣や斧をかまえ始めた。「このアマっ!」だの「俺らを覇者の斧だと知らねえわけはねえだろうなっ!!」などといってほえたてて来た。いきなりの事態で、威勢のよさの中にありありと混乱している表情が隠しきれずにこぼれてしまっている。
「ちょっと待てっ!」
「ご主人さま、やる?」
「待てったら!」
俺の静止などマティはきかなかった。だが、思いがけない人から救いの手が入る。
「おい、騒ぎなら外でやりな!」
怒鳴ったのは、飯屋の亭主だ。彼は身長は2メートルを越え筋骨隆々のひげ面のいかにな男であった。もと冒険者で、当時は有名だったと噂されている。実際、来訪者の眼で確認してみるとレベルは21、だ。
強い、このオヤジさんこんなに強かったとは、と今更ながらに気が付いた。いつもはさっさと済ませてさっさと帰っているからだ。
「よし、いいじゃねえか。外でやろうや、来訪者ども!」
「フンッ、まったく食事中だというのに騒がしい奴らめ。お前らなど殺してもいいんだがな。許してやる。マティ、許してやれ」
「はーい」
双角にうながされマティはおとなしく剣をさげたが、同時に思い切り相手の腹を蹴飛ばして店の玄関付近まで転がらせた。当然覇者の斧のやつらは怒るもののマティの実力を測りかねてか攻撃はしてこない。
「おもてに出てやれ!」
再度、亭主が怒鳴ってくる。チンピラどももそうだそうだ、と意を同じくしているがそんな彼らを双角はあざ笑っていた。
「クソガキ! いつまでも笑ってんじゃねえ!」
「フンッ、お前らがあまりにも馬鹿なのでな。外に出てもいいが、お前らは我らと闘う時どう言い訳するのだ?」
「てめえらがしかけてきたから、買うだけじゃねえか!」
「ほう。年端もいかぬ子供らに、腕を貫かれ、剣で身動きとれませんでした、とだから復讐する、それで良いんだな? その程度の実力だと人々の噂に上って良いと」
「なに!」
「事実を言っているだけだ。我らに勝っても負けてもその無様さっぷりを世に示すだけだ、という訳だ」
「ぐ、ぐぐぐ!」
怒りで紅潮している戦士を仲間のひとりが耳打ちしてなにやら伝え始めると「長生きできるとは思うなよ」などと言って、店を出ていった。大事にはいたらず店内の状況を見ていたほかの客たちは一斉に安堵し、張り詰めた空気が引き潮のように去っていく。
「ふう……」
ほっと一息つくも、そこに怒鳴り声が。
「馬鹿野郎! ここで騒ぐんじゃねえ! お前ら支払えねえだろうが! 金もってんのか!」
「す、すみません」
亭主のいう通りなので素直に謝るしかない。本当にお金はないのだ。
「なんだー、かわいいぼくたちのために追っ払おうとしてくれたんじゃないのかー」
「へ、のんきなこと言ってんじゃねえ。てか、あんたらは見ねえ顔だが、こいつとどうやって知り合った? こいつの顔見りゃ分かるだろうが、来訪者だぞ? それにさっきのやつらはこの近辺で有名な悪党冒険者団の、覇者の斧だ。もうあれくらいの事やっちまったからな。許しはしねえぞ、あいつらは」
「雑魚の集まりではないか」
「うんうん、ご主人さまのいうとおり! ぼくのいちげきに反応もできなかったし。おじさんもけっこう強そうだから、わかるでしょ?」
「……確かに、お前は強いな。だが、残り二人はどうなる。来訪者はともかくとして、そっちのちっこいのの身を安全を考えねえのか」
俺はどうでもいいらしい。まあ、この一年でよく分かっている。いつもこんな扱いだったからな。
「フンッ、我のほうが強いぞ」
「馬鹿いっちゃいけねえよ。おい、来訪者、お前はどうでもいいがな、こいつらの事考えてさっさと逃げな」
「あ、はい……」
「ちょっとおっ! にげちゃだめじゃん! これからのし上がっていくんじゃん!」
亭主の迫力で思わずうなづいてしまったのをマティに激しくつっこまれつつ、双角の腹も満ちたらしく(俺の腹も時間が少しずれてどんどん一杯になっていった)、店をあとにしてすぐにギルドへ行き依頼を受けて明日にそなえるのだった。
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