第4話 破れかぶれ

 ひとまずマティは置いておいて、怪物のほうである。

 怪物こと双角も、異世界からやってきた存在だった。やつの主人、八翼の王とやらが作った世界の一員で精霊なのだという。それもただの精霊ではなく格の高い“大霊”という上位の存在であると。

「魔物などと一緒にするなよ。あんな下等な肉の集まりとは霊質からして違うのだ」

 とは双角自身の言。やつも魔物より魔物らしい外見をしているが刺激するのもなんなので、黙ることにする。

 目的は、“霊泉”の確保だった。

 霊泉は大地から湧き出る魔力の源だ。この交諸界では自然界に魔力が流れてもいるがそれらは霊泉から湧き出る霊力が魔力に変換するのだという(なぜかは俺は知らなかった。複雑な理屈があるらしく俺へその内容を教えてくれる人もいなかった)。

 霊泉は小さいのを含めれば何千とこの世界にはあるが、巨大なのは手足の指を合わせた数もないのだという。つまり十数個だ。

 その巨大な霊泉を魔力的に支配すると上質で多量の魔力を確保できるので、それをもとの世界の主人に送れば、功績を認められ主人八翼の王から魔力を与えれ、双角は今の大霊から“亜神”へと偉くなれる。

「亜神になれば、その力で自身の世界が作れる。いわば神になる前段階だ、我の力を考えればとっくに昇っておらねばおかしいのだがな……王はなぜかお認めにならなかった。忸怩たる思いであったが、この交諸界が混乱し、付け入る隙が生まれたと聞いてな。誰かを派遣し、霊泉の確保を行える者は居らぬかとなった時に名乗り上げたという訳よ」

 そしてここからが俺に直接関係する話になった。なぜ、俺を生かしているのかについてだ。

 八翼の王によって一時的に世界間に通路を開け、双角は派遣されることになったが、問題は双角が異世界の精霊ということ。

「霊的な肉体をじかに晒す我ら精霊にとっては、別世界ではそれだけで力を大量に使うのでな……。本来の力を揮うには、適切な憑代が必要なのだ」

 最初に来たときは協力者がいたらしい。優秀な魔術士のもと、とある戦士が選ばれて憑依して活動していたが、強力な敵と戦い負けて戦士も魔術士も失ったと。もう数十年前の話らしい。

 憑依する相手は誰でもいいという訳ではない。“適合者”ではないと憑依できないがその適合者の性質を持つ者は非常に限られているとも語った。この数十年力をたくわえ直し適合者を探す旅を続けていたのだという。

 そして今日、俺に出会ったのだと。

「お主がやっと見つけた適合者なのだ。だから食うのをやめた。次はいつ出会えるか分からぬからな。もっと喜ぶが良い。我と契約すれば、今まで味わえぬ力をお前も持てるのだぞ」

「……」

 そういうわけで、だいたいの事情は分かった。親分のため自分のため別世界からやってきたものの、使っていた体を失っていたので探しており、ついに見つかったから協力しろ、てなところか。

「断る」

「なに?」

「はあー!?」

 俺の返事は意外だったらしく、双角だけでなくマティまでも声をあげた。怪物はあんな見た目だから声以外での反応をくみ取れなかったものの、マティにいたっては顔にやや怒気をふくんでいる。

「なんで断るの? せっかくの機会なのに! 双角さまと一緒になれるんだよ!?」

 マティアがさらに問うてくるが、当たり前だ。どうして怪物の操り人形にならなくてはいけないのか。

 それをそのまま伝えると、意外な言葉が返ってくる。

「勘違いしているな。憑依しても、お前は意識を失わぬし今まで通り自由に動ける。我が無理に操ることも出来なくはないが、緊急の手段に過ぎない。それを行えば憑代であるお主に負担がかかり消耗するため、簡単に選べる選択肢ではないぞ。我とお主が契約して“合一化”しても主導権は基本的にお主が握るのだ。契約の解除こそ出来ぬがな」

「嘘だ……!」

「嘘ならば、こんな回りくどいことなどせぬ。お前を嬲り、弄び、うんと言わせるまで玩具として楽しむだけだ。どうしても契約せぬというのなら、今からでも遅くはないがな……」

「くっ!」

「フンッ、戯れの言葉だ、そう身構えるな。我もやっとの出会いで得たせっかくの適合者だ、壊すようなことはせぬ。良いか、確と考えるのだ。我がその力を十全と発揮するには契約が必要なのだ。これはただの言葉の上での合意ではない。霊的な協調関係を取り結ぶという取り決めだ。これを行うことで我らは真に霊的に混ざり合い、強大な力を手に入れられる。だから、お主の意志が必要なのだ」

「……」

 俺はやつの言葉をやや信じ始めていた。たしかに拷問でもなんでもして、俺を従属させたほうが手っ取り早い。しかしそれをしないとなると別の事情があるに違いないのだ。

 だがついさっき、しかも俺を殺そうとした人間外の存在だ。やはり躊躇する心があった。

 そういう俺を見透かしてか、さらに双角はつづけた。

「それに、マティアに調べさせたがお主はこの世界の外からやってきた割には、力が弱いのだろう? そして、嫌われてもいる。だからずっと一人で狩りを行うしかなかった。体は擦り切れ、心は寂しく疲れている。うすうす自分でもあと何年も生き残れるかどうか分からない。違うか?」

「……」

 日々ばくぜんとして思っていることを、見抜かれてことばにされて、俺はむかっと来たものの、その通りだった。

 この調子だと、俺は長くはない。

「双角さまはさいこーのご主人さまだよ。ぜったい損しないよ」

(お前はそっち側の人間だろ、信用できるか……)

 ことばにして言い返したかったが、俺の心は揺れ始めてきた。断ったところで、どうなるというんだ。俺より数段格上の相手二人から抜け出せるのは至難の技だし、抜け出したところでやつらのいう通り、擦り切れるなかをどうにかやりくりする日々に戻るだけなのだ。

 もとは俺がバカな死に方をしたせいだ。

 この世界で、俺がうまく生き抜くことはできないのだ。

 どうにかするためには、非常の選択をするしかない、のだ。

「わかった……」

「ほう」

「だが、条件がある……」

「なんだ?」

「どんな人間を殺すかは、俺が決める……」

 俺は善人じゃない。大公連合を抜け出すときに、汚いこともした。盗みや脅しに、衛兵に見つかりそうになって機先を制して殴りたおしたこともあった。でも、好きでやったわけじゃなかった。 

 もうあんなこと、したくはない。

「フンッ、好きにしろ。では、いくぞ」

 言うや、双角は俺へ近づいてきた。やつの触手が一層はげしくうごめいている。

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