第3話 欺きと交渉

 くそっ、あの女め。だましやがって!! 

 目の前には、真っ黒な塊が浮かんでいた。うすぼんやりとしたガス状の集まりでありそこからなん本も触手みたいなものを出している。

 うすぼんやりとしている塊をよくみればうっすらと顔みたいなのも確認できる。イノシシ見たいな相貌で、額にはふたつの角、口からもするどい牙をのばしていた。

 俺はマティアの依頼を受けた翌日に早速下見を兼ねて支持されたダンジョンに潜った。何事もなく進入できたと思ったのもつかの間、いきなり俺は奇襲されたのだ。

「フンッ、愚か者め! ワレに食われるのを光栄に思え!!」

「!!?」

 反応できなかった。どこから襲われたのかも分からない。相手の隠密スキルが優れていたのだ。一瞬のうちに俺はそいつにまとわりつかれ、魔力を一気に吸われてしまった。

「はっはっはっ!」

(どうして!!? なにが!!?)

 それが意識を失う最後の記憶だ。死ぬまえに走馬燈を見るという話があるが、嘘だろう。そんな余裕なんてないもんだ。目が覚めると光明の魔術で周囲を明るく照らされたダンジョンの一角に、俺は横たわっていて、目の前には上述の怪物が浮かんでいた、というわけだ。

 マティアも、いる。怪物のそばでパンかなにかを喰ってやがった。

「お、起きたんだねー。おはよっ」

 ふざけた調子で話しかけてきやがった。初めて会った時とは全く違う雰囲気である。妙に明るい、状況にそぐわない快活さだ。こっちはすぐにでも殴りたいくらいの気持ちがふつふつと湧いているにもかかわらずだ。

 俺の背後には、壁。逃げるには目の前の怪物と、マティアをどうにかやり込める必要がある。勝つ必要はない、逃げ切ればいいのだ。マティアはともかく怪物はどれくらいの力か分からなかった。あんな魔物に出会ったことはない。

 なので俺は来訪者の眼を使ったのだが、予想外のことが早速起きる。


マティア

Lv.22

種族;人間・半妖

職業;剣術士・薬術士

HP;178

MP;221

腕力;177

機敏;182

器用;170

感応;190

幸運;62


スキル

剣術;Lv.7

隠密;Lv.4

薬術;Lv3.


(昨日とまったく違う! 俺より上じゃないか!!? 半妖!? 職業二つ!? やばい、最高クラスの戦闘能力者だ……!)

 昨日はたしかに13だった。しかし今や大幅に上がっている。それに半妖という種族特性までついていた。

 今度は半妖という特性に意識を集中する。こうすることで、大設計の精霊の声が聞こえるのだ。


半妖;精霊や魔物の血が混じった人間種。混血する相手によって引き継ぐ性質は違うが、大抵は人より秀でた特性を持つ。


(ちっ! これだけか……)

 精霊の声はあらゆるものを説明してくれるが、対象によってその詳細さは様々だった。今回は外れだ、これじゃ戦いの役には立たない。

 次いで、正体不明の怪物である。すでにマティアだけでやばいが、もう一匹もとにかく把握しておかなくてはいけない。同じく来訪者の眼で、探ってみる。


XXX

Lv.22

種族;不明

職業;不明

HP;230

MP;388

腕力;109

機敏;299

器用;229

感応;688

幸運;50


スキル

XXX;Lv.X

XXX;Lv.X

XXX;Lv.X


(な、なんだこりゃ……)

輪をかけてひどかった。もう名前も分からない。不明の項目が多すぎる。各基礎能力値も腕力を除いて秀でている数値だ。特に“感応値”なんてやばい。感応値は魔法の威力に直結する項目だった。しかし、これだけで推測できることもある。おそらく魔物が主人だろう。あの感応値は普通じゃない、なにか魔術でマティアを使役しているのだろうと思えた。急なレベルアップもやつのスキルのせいなのかもしれない。

「もう観察眼は使ったな? 我らのレベルを見たのだろう?」

「……!?」

 最初、何を言われたのか分からなかった。想像すらしなかったことだった。

 こいつは、大設計を知っている。

「……」

「とぼけるなよ。我もその仕組みくらい見えている。なにせこの世界での暮らしも長いからな……」

「お前も見えるのか……?」

「だから、そういっているだろうが」

 すこしめんどくさそうにやつは返事をしやがった。俺はまだ混乱している。魔物がしゃべるのだ。奴の声は意外と若い。声質的には男の声、といっていいだろう。

(どういうことなんだ、どうすれば、切り抜けられる?)

 頭のなかは事態を把握しようとする意識と、呑み込むことが出来ない事態で混乱した考えがぐるぐると入り混じっていた。

「もー、混乱してるかもしれないけど、ちゃんとしてよーツカサくーん」

 マティアが意地悪な感じでちゃちゃを入れてくる。いらっと来た俺は思わず「てめえっ!」と怒気を込めた声を出すと「こわーい☆」とさらにふざけやがった。奴のほうが数段強いのだ。俺を怖がるわけはなかった。

「フンッ、そう煽るなマティアよ。我らの仲間になるかもしれん男だぞ」

「はーい」

「仲間、だと」

「そうだ、だからお前を喰わなかったのだぞ」

 俺を奇襲したのはあいつだったらしい。

「そういえば、名前をまだ伝えておらなかったな。ツカサよ。我は偉大なる“八翼の王”が僕、“悪食の双角”である」

「悪食……双角……」

「そしてぼくはマティアことマティだよー☆」

「なに!?」

 マティもマティアもともに人名だが、この世界では性別によって区別して付けられる。マティアなら女性に付けられるのだがその逆ということは……。

「おまえ、男なのか?」

「かわいいでしょ?」

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