第2話 この世界の仕組みと、嬉しき出会い

そのため、俺はこの一年間ずっとひとりでやりくりしなくてはいけなかった。生業は、“冒険者”だ。冒険者は魔物を狩ったり(そう、魔物もこの世界にいるのだ)数千年前に滅んだらしい古代超文明の遺跡を発見、探索して財宝を見つけて売ったりして生活している者たちのことだった。遺跡探索なんてずいぶん夢がありそうな職業にみえるが、俺みたいな中途半端の実力な者はそんな華やかな仕事なんて出来ない。“ギルド”と呼ばれる仕事を仲介あっ旋する組織から仕事をもらってその報酬で生活しているだけだ。

 自然界には魔力が流れているのだが、それが滞り、“瘴気”と呼ばれる邪悪な魔力を浴びて動物たちが魔物化することが常にある。なのでそいつらを倒すのが、もっぱらの仕事だった。

 ここで最大の問題が発生する。俺が来訪者ゆえ、嫌われ者だったってことだ。通常冒険者らは徒党を組んで活動する。当然、戦ってくれる人数が多いほうがいいからだ(ただ、たいてい四人組かその前後の人数だ。その人数で行動するのが冒険者のたしなみらしい)。

 だが、繰り返すが俺は嫌われているんだ。だから、一人で活動するしかない、ひとりで。だから四人で狩りをするのがもっぱらの仕事を、単独で狩らなくちゃいけない。俺をかわいそうだと思うやつはいない。来訪者なんて死んだほうがいい、と思われているから誰も手を貸してくれることはなかった。

 そうしてボロボロになりながらの魔物狩りから帰ってきたときに、マティアと出会ったとうわけだ。

 これはうれしかった。なにせ俺に話しかけてくる女の子なんて、こっちではあったことがなかった(いや、もとの世界でも大して数多くあったわけじゃないが……)。

 なにもスケベな心(のみ)でよろこんだわけじゃない。というのは、少し前に単独行動のわりにはなかなかの成果をあげた依頼があったからだ。それは魔物の巣と化した遺跡=ダンジョンに潜入して、家宝の短剣をとってくるという依頼だった。魔物はカクレグモとよばれる人の何倍もある巨大クモで、おもに貴金属類を巣の特定の場所に集めて保存しておく習性があった。その巣の中に潜入して密かに奪い返したのだ。

 この見つかればまずただでは済まない依頼をこなして、俺は期待に胸を膨らませていた。いくら嫌われていてもこれくらいの実力があれば、誰か仲間に誘ってくれるんじゃないかと。

 でもいなかった。命からがら力を振り絞ったあとのこの落胆を分かっていただけるだろうか? そしてそんなときに、マティアが話しかけてきたというわけだ。

「なにか、ようかな」

 そして俺は彼女をちょっと特殊な方法で、覗き込んだ。


マティア

Lv.13

種族;人間

職業;薬術士

HP;88

MP;167

腕力;55

機敏;57

器用;49

感応;122

幸運;62


スキル

隠密;Lv.3

薬学;Lv.3


(おお、並みの能力かと思ったが、幸運が高いな、この子)

 なんて心中でつぶやいた。俺は目に魔力をこめて、彼女を“ステータス”をみたのだ。

 これが俺が今まで生きてこれた大きな要因だ。魔術が中途半端な俺でも、“来訪者の眼”はもつことが出来ていた。

 来訪者の眼、それはこの世界のシステムである“大設計グレートアーキテクチャ”を直接見れる能力だった。大設計って名前はすでに来訪者らのなかで定着していた言葉だ。このシステムを覗き見れるのは世界の外からやってきた者だけらしく、交諸界の内側で生まれた生物はこの能力を持っていない。すくなくともいままで会った者たちにはひとりもいなかった(魔物はもしかしたら持っているのかもしれないが、会話不可能なので確認しようがなかった)。

 ありがたかった。この力のおかげで、数値的に彼我の力の差が把握でき、無理な戦いをしなくて済んだのだ。これを最大限有効に使うため、俺は隠密のスキルを必死であげたのだった。

 しかしこの世界がなんでこんなシステムで動いているかは誰も分からないらしい。大設計は各項目をさらに詳細に注視することで“精霊”を呼び出すことができ、彼らからその項目の内容を確認できるが、それ以外は一切受け付けない。お前らは何者なのか、このシステムは誰が作った、とかの質問は無駄だった。

それにこの大設計とかいう機構を発見できたのも、来訪者がどんどんやってきてからで、つまりここ十数年の出来事だ。この世界の住人は見えないので、研究するのも難しいみたいだ。

 とにかく、これで事前に相手を把握できる。マティアは見る限りただの冒険者で、大した力じゃなかった。ちなみに俺はLv.15、たいていの冒険者は戦士だろうと魔術士だろうとおれより二つ、三つレベルが下のやつらだ。平均より少しだけ俺は上だった。運がよければ並みの冒険者二人と相討ちできるが、三人なら手傷を負わせるだけで俺が死ぬだろう。それくらの、実力だ。

彼女の用件は、やはり依頼だった。内容は、物品の回収、それも魔物の巣からだ。

 経緯はこうだ。彼女は親族が重病であり、すぐには死なぬものの余命はもって数年といった状況で(この交諸界では医術も魔術によって行われるがもっぱら外科に偏っている。体の物理的損傷ならかなりの怪我でも治せることが多いが、病はあまりうまくいっていなかった。そのため風邪はもちろん結核やその他の厄介な病も治癒するのは難しく治せる治癒術専門の治癒術士らに頼むのは多額の金銭が必要だとも聞く)、彼女は意を決して冒険者になり、仲間とともに活動してついにまだ発見されていない遺跡の隠し通路を見つけ、進入、念願の治癒の秘薬を手に入れた(古代文明には病さえ治す魔術で作られた薬品があった。現在では再現できないだめ、非常に高価であり、売買の対象にもなっている)。だが、そこで秘薬を含む諸々の遺物をめぐって争いが起こってしまったのだ。

 幸い彼女は逃げ出すことに成功したが、仲間らは争そっている最中にみな魔物に食われてしまった。そして、彼女も逃走中に秘薬を落としてしまったというわけだ。

「場所は分かっています……。ですが、巣くっている魔物、オオオニグモと闘って勝てる実力はありません……」

 なので隠密裏に侵入して秘薬だけ確保するのを手伝ってほしい、というわけだった。単独行動の俺なら隠密技術が高く戦闘になっても二人で戦いながら逃げれば、生き残れる確率があがるからだ。

「お願いです……! 隠し通路は今や開放状態で、誰か見つけてしまうかもしれません、すぐに行かなくては、秘薬がどうなるか……助けてください!!」

 そういいつつ涙を流しながら俺へ抱き着いてくる。

「(はぁっ!!)」

 マティアはかわいい女の子だ。赤毛で二つおさげをたらしており、きゅっとしまった肢体をしているのが旅装越しにもうかがえた。実際抱き着かれてきて、その体の細さにおどろかされる。この体で、仲間がいたとはいえダンジョンを攻略してきたのだ。大変だっただろう。

 同情心ゆえか(親密になれば依頼者と被依頼者以上の関係になれるかも、という想いから)彼女の依頼を、俺は受けることにした。こっちに来てからただ生き延びるだけのすり減らされる日々、なにも心にうるおわせる行いや出来事などなかった。そして、こんなギリギリな毎日でいつ命を失うか分かったものではなかった。

 死ぬつもりはない、だけど、それが起きるのは十分ありえる。その前にひとつくらい善行を積むのも悪くない。すでに親不孝ものだろうしな。

「わかった、で、場所は? ここじゃなんだから酒場にでもいこうか」

「はいっ! ありがとうございます」

 そうしてマティアと二人で草笛の街へ戻ったのだった。

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