魂喰らいの怪物と契約してみると
森倭
第1話 プロローグ・困窮の中で
やっと運が回ってきたか……。
帰り道で出会ったその女の子と向き合って、思わず笑みを漏らしそうになった。こっちの世界に来てから何ひとついいことが無かったからだ。
女の子は、マティアという。彼女から名乗ってきた。そもそもの出会いはこうだ。
「ツカサさん、ですよね?」
まさしく俺の名前だった。ついさっきまで、魔物狩りから帰ってきた途中だったのだ。拠点としている“草笛の街”が目視で見える近さの場所で、彼女は不意に声をかけてきた。
俺はいわゆる転生者、というやつだ。正しくは転移者だろうか。もともと日本で大学生の大学生だった。無事合格し最初の試験を終えて夏休みに入ると、朝まで徹夜でゲームしていたのだ。レトロゲーをたくさん持っており(親父さんがゲームが大好きでファミコンやらセガサターン、さらにはネオジオというゲーム機まで所有していた)、一晩中遊んでいたのだ。
もう夜もあけて始発で帰ることとなる、ここでバカをやっちまった。寝ぼけている頭で友人の部屋の二階から盛大に階段を転げ落ちてしまったのだ。らせん状で途中の踊り場で止まったものの、すでに体全体が痛かった。友人も大丈夫か!? と駆け寄ってくれたが恥ずかしさもあり「大丈夫、大丈夫」なんてかっこつけてそのまま家に帰ろうとしてしまった。それが間違いのもとだった。
始発の車中で猛烈に後頭部に痛みが起きる。もう、座ってもいられられなくなるくらいの痛みだった。意識も失いそうになる中、スマートフォンを手にしながら救急車呼ばなきゃと、朦朧としつつ電話番号を押したのだ。そこで、俺の意識は切れた。
気が付くと、まったく知らぬ一室に俺は寝そべっていた。ぼんやりとした照明で、ほの暗くシミなのか暗さのせいなのか分からないだいだい色の天井、それが初めて見た異世界の景色だ。
俺は異世界“交諸界”に魔術士によって呼び出されたのだ。そう、この俺が今、住んでいる世界には魔術とそれを可能にする魔力があるのだ。
呼び出した魔術士はなにも道楽で呼んだのではない。兵隊がほしかったのだ。不思議と転生者、転移者ら(まとめて、“来訪者”と呼ばれている)はこの世界の生物より魔力が高い者が多いらしく、“青海王国”の大魔術師がそこに目を付けた。人為的に転生者らを呼び出す装置を発明したのだ。“大鏡”と呼ばれるシロモノだ。
だが、それが間違いのもとでもあった。初めて大鏡で転生者が呼ばれてから十年後、すでに数百に達していた転生者らつまり来訪者は反乱を起こし、青海王国を滅ぼして自分たちの国をつくったのだ。
その新しく生まれた国“大公連合国”の魔術士に俺は呼び出された、というわけだ。だが、来たくもない世界に呼び出されたという不運だけでは終わらなかった。
いや呼び出されたことはまだいい。そのままなら間抜けな死に方をしただけだからだ。だが、その次のは本物の不幸だった。
俺の魔術の才能が中途半端だったのだ。来訪者はふつう、一か月も訓練すれば精鋭の戦士くらいの実力にはなれた。しかし俺はダメで、二か月たっても三か月たってもそこそこの腕から抜け出すことはなかった。
この交諸界は、魔術によるところが多い文明社会だ。戦いでも魔術、怪我を治すににも魔術、田畑の収穫量を増やすのも魔術で作られた肥料であり、船の積載量も魔術で増やして運んでいたりするのだ。なににつけても魔術である。
そんな世界で多くの物資を費やして呼んだのが、ちょっと強いくらいのやつ。魔術士たちの失望を想像できるだろう。そういうわけで、四か月目には俺への扱いは一気にひどくなった。俺専用の部屋はなくなり、一般の戦士らとの共同生活を送ることになるのだが、来訪者のくせに魔術の才がないやつが暖かく迎えられるはずもない。常にいじめがあり、訓練でも命を失いそうになる扱いを受けだした。奴らにとっては来訪者など知らぬ世界から来て世の中をかき乱す不安分子に過ぎない。実際、その力におぼれて一般市民に横暴な行いをする来訪者らの話は山ほどあったのだ。
そういうわけで、俺は逃げ出した。訓練中に目星をつけたルートから夜中こっそり抜け出したのだ。もちろん見つかれば命はなかっただろう。
抜け出した先は、聖三重王国という国だ。連合とは休戦中であり、中はよくない。俺を売り渡す可能性は低いと考えての逃亡先だった。この予測は当たり、しつこい尋問を受けたが俺を呼び出した“ジャン大公国”に突き返されることはなかった。
というわけで、これで一安心、なわけはなかった。なかったのだ。
べつに今の王国に来たところで、俺の実力が高まるわけではないのだから……!!
この三重王国でも、人々の俺へのは態度は悪かった。来訪者への悪評のためだ。国ひとつ滅ぼしているのだ、当然かもしれなかった。俺は参加してないし呼び出される前の話なのだが、こっちの住民にしてみれば関係ない。俺は普通のアジア人って顔だ。この世界では珍しい顔立ちだから、すぐばれた。ここでも俺への冷たい処遇は変わらなかった。
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